BBS2 2007/10 過去ログ


二人の妻 50
桐 10/31(水) 21:21:50 No.20071031212150 削除
「あっ、駄目っ!」
「何が駄目だ」

隆一はセパレーツのウェア越しに江美子の胸を荒々しくまさぐる。

「こんな格好で俺の前で出てくるなんて、江美子は俺を誘ったんだろう」
「ち、違うわ。隆一さん。私はダイエットを……」
「何がダイエットだ。江美子が体重を気にしているなんて聞いたことがないぞ」

隆一はウェアを引き上げると江美子の乳房を丸出しにすると、激しく揉み立てる。

「あ、あんっ! や、やめてっ」
「本当のことを言え。俺を誘ったんだろう」

隆一は江美子のスパッツを引き下ろす。Tバックの白いショーツに覆われた江美子の尻が露わになる。

「なんだ、この卑猥な下着は」
「だ、駄目よっ。見ては駄目っ」
「何が見ては駄目だ。散々見せつけやがって」

隆一はパシンと江美子の尻をたたく。

「い、痛いっ」
「下着の線が見えないと思っていたら、こんなものを履いていたのか」
「こ、これはスポーツ用のショーツよ」
「嘘をつけ」
「嘘じゃありませんっ、あっ、痛っ!」

隆一は再び江美子の尻を平手で打つと、スパッツを完全に脱がし、江美子の身体をリビングの床の上に押し倒す。

「駄目っ、隆一さん」

隆一は江美子のTバックショーツを引き下ろし、秘裂に指を入れる。

「濡れてるじゃないか、江美子。これはどういう訳だ」
「そ、それは汗ですっ」
「嘘をつくなっ」

隆一の指は江美子の秘裂の奥をまさぐる。

「ああっ……」
「自慢の尻を見せつけて、俺を誘って、ここをびしょびしょに濡らしていたんだろう」
「そんな……」
「正直に言うんだ。言えっ」

隆一は江美子の豊かな双臀にパシッ、パシッとスパンキングを浴びせる。そのたびに江美子はああっ、ああっと悲鳴をあげながら身悶える。

隆一はパジャマのズボンを引き下ろす。信じられないほど高々と屹立した隆一の肉塊が飛び出し、江美子は目を見張る。

隆一は亀頭をすっかり濡れそぼった江美子の秘口にあてがうと、ぐいと押し込む。身体が引き裂かれるような圧迫感と、子宮が震えるような激烈な快感に江美子は裸身をのけぞらせる。

「ああっ、りゅ、隆一さん」
「俺を誘っていたんだな、江美子」
「は、はいっ、誘っていました」
「誘いながら身体を濡らしていたんだな」
「はいっ、濡らしていましたっ」
「淫乱女めっ」

隆一の言葉は乱暴だが、怒りは感じられない。江美子が思わず隆一の唇を求めると、隆一は微笑を浮かべて江美子に接吻を施す。舌と舌をからめ合うような接吻の後、隆一は江美子の耳元でささやく。

「抱いて欲しかったのか」
「そうですっ、抱いて欲しかったですっ」
「そうか」

隆一は微笑すると腰をぐいと突き上げる。

「ひ、ひいっ!」
「淫らな女めっ。江美子はこんな淫らな女だったのか」
「そ、そうですっ。江美子は淫らな女ですっ」

隆一は江美子の中で激しく荒れ狂う。快感の波に翻弄される江美子は何度も絶頂近くに押し上げられ、すぐに落とされる。

「どうだ、江美子。どんな気持ちか言ってみろ」
「き、気持ち良いっ……ああっ、狂いそうっ」

切なさとじれったさ、そしてかつて経験しなかったほどの快美感にのたうつ江美子は、隆一の首にしっかりと腕を回し、荒々しい律動に合わせて狂ったように腰を揺らせている。

『娼婦になって、これまでの自分から本来の自分を解放させるの。その先には目が眩むような快感が江美子さんを待っているわ』

江美子は頭の中にそんな麻里の声が聞こえてくる。隆一はついに江美子の中に欲望を解放する。江美子は身体の深奥に隆一の迸りをはっきりと知覚しながら、快楽の頂きへと上り詰めるのだった。


(第一部 了)



二人の妻 49
桐 10/31(水) 21:20:50 No.20071031212050 削除
「どうした、江美子。その格好は」
「最近ちょっと太りぎみだから、ダイエットしようかと思って」
「そうか……」

隆一は興味なさそうに頷くと再び新聞に目を落とす。

江美子は気がくじけそうになるが、ここであきらめるのは早すぎる。江美子は麻里から借りたDVDをプレイヤーの中にセットする。

休日の朝、パジャマのままで新聞を読んでいる夫の目の前で、肌に張り付くようなセパレートのトレーニングウェア姿の妻がストレッチを始める。

(まるで安手のコントだわ)

江美子は自分がやろうとしていることの滑稽さと恥ずかしさにそう自嘲する。

モデルとしても有名な米国の映画女優が演じるワークアウトのビデオである。これに合わせて身体を動かせば、多少は恥ずかしさも紛れると麻里から勧められたものだ。

軽快な音楽とともにレオタード姿の女優が現れ、ストレッチを始める。江美子は画面の女優の動きを真似始める。テレビから流れる音が気になったのか、隆一が再び顔をあげて江美子の方を見る。

「ごめんなさい、うるさいかな?」
「いや、かまわないよ」

隆一はそう言うと再び新聞を読み始める。

江美子は出来るだけ隆一のことは気にしないようにしながら、ワークアウトに集中する。どうやら初心者向けのコースのようだが、日頃の運動不足のせいか、江美子にはかなりハードである。江美子は次第に夢中になって身体を動かし始める。肌が徐々に汗ばみ、ウェアの薄い生地が江美子の素肌に張り付いて行く。

画面の中の女優は大きく身体を前傾させ、お尻を思い切り突き出しながら背筋の運動を始める。手を床に付けて、身体をゆっくりと前に倒す。まるで猫が伸びをするような動作を繰り返す江美子は、いつの間にか隆一が自分の身体に時折視線を送っていることに気づく。

(こっちを見ているわ)

隆一に見られていることを意識し始めた江美子の身体が、急にかっと熱くなる。

(馬鹿なことをしている、と思っているかしら……でもここまで来たら恥のかきついでだわ)

硬い身体が徐々にほぐれていくのに従って、江美子の動きはより滑らかになっていく。DVDはストレッチの段階を終了し、ダンス音楽に乗った本格的なワークアウトが開始される。

10分もしないうちに江美子の息があがっていく。江美子は「はっ、はあっ」とリズムに合わせて息を吐きながら懸命に身体を動かす。

隆一はもはや新聞をテーブルに置き、江美子の動きに見とれている。江美子はそんな隆一の視線が、ウェアの薄い生地を通して肌に突き刺さってくるような気がする。

(隆一さん、気づいているかしら。私が挑発していることを)

激しい運動のせいか、江美子の頭は次第にぼんやりと霞んでくる。江美子は麻里の言葉を思い出す。

『貞淑な妻でよき母親、そして奔放な娼婦。男は二人の妻をほしがるのよ』

(私は隆一さんの前ではずっと貞淑な妻でいた。麻里さんに代わって理穂ちゃんの良い母親になりたいと思っていた。それなのにこんなことを……)

K温泉で有川と麻里に出会ったことが自分を変えたのか。それとも自分にもともとそういった素質があったのだろうか。

『娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』

(娼婦……そう、私は娼婦だわ。あられもない格好で隆一さんを誘う娼婦)

江美子は次第に夢中になって、画面に合わせてダンスを踊る。グラマラスな金髪美女が踊るダンスは不必要なまでにエロチックである。江美子は隆一の熱い視線を感じながら、次第に陶然としてくるのであった。

ワークアウトの映像が一時中断される。床に崩れ落ちそうになった江美子を、いつの間にかリビングに入って来た隆一がいきなり背後から抱き締める。



千代に八千代に
信定 10/31(水) 10:22:53 No.20071031102253 削除
第三十一章

「ああ、食った食った」
鰻屋で一杯ひっかけて上機嫌の留造を先頭に庄次郎、そして一歩うしろに千代がつづく。
とりあえず留造の部屋に戻って飲み直しということに相成った。
どうやら今夜は留造からは、放免を言い渡すつもりはなさそうだ。
庄次郎としても今夜は留造とはとことん飲みたい気分なのである。
庄次郎たちは近くに宿を取った。
どう考えても一間の留造の部屋に二人が泊まるのは無理である。
何としても泊まらせたいのだが、困った顔で見合わせる庄次郎と千代に留造は頭を掻いた。
「まあ、しょうがねえか、これじゃぁな」
鰻屋に出向く前に寂しそうな顔で、ウサギ小屋のような一間を見渡していた留造であった。

「ああ、夜風が気持ちいいぜ。こんないい夜はねえや」
庄次郎は、口に笑みを浮かべ満天の星空を見上げながらふらふらと歩く留造を見ていた。
訳の分からない小唄をを口ずさむ留造に、庄次郎は涙ぐみそうになった。
「あの二杯目に飲んだお酒、とっても美味しかったです」
千代が言った。
「おう、さすがだねぇ。あの味が分かるかい。いいねえ、ショウジよう、御新造さんに惚れちまいそうだぜ、へへへ」
千代は酒を飲むのは初めてだと言う。
庄次郎との祝言の時も千代は飲まなかった。
社長の屋敷でも口を付けた程度だった。
今回ばかりは留造のお勧めで、さすがの千代も断り切れなかったのだ。

「鰻とっても美味しかったです。皮がパリパリで香ばしくて、脂がのって」
ほんのり顔を染めた千代が留造に言った。
「だろう、あそこは絶品よ。関東一いや日本一の鰻屋だぜ。俺が言うから間違いねえ。
俺と一緒にいれば毎日でも食わせてやるぞ。な、そうしろよ」
笑いながら礼を言う千代に、留造は頭をパチパチと叩きながらヘラヘラと笑う。
自分以外のものも自分のことのように自慢する。

 長屋に近づいた頃、カランコロンと、おっとりとした下駄の音が聞こえた。
前方右手の曲がり角から女が現れた。
左手に桶を持ち、右手で濡れた髪を梳かし、豊満な姿態をくねらせながらこちらに近づいてくる。
「あーら、留造さん、ご機嫌ね」
浴衣の胸元を少し乱れさせた女は、大げさな手振りで声をかけた。
「おう、お湯屋かい?」
留造は女の体を無遠慮に見ながら返事を返す。
「遅いから人が少なくってゆっくり浸かれたわ」
「おお、そうかい、いい色じゃねえか。しかしよぉ、相変わらずいい艶だねえ姉さん。
あんな野郎と所帯もちやがってよぉ。俺の女になってくれって言ったじゃねえか」
「はいはい、分かったわそのうちね」
「なんだい、姐さんの夜の声だけじゃ堪らねえや」
「イヤねぇ、子供みたいに拗ねちゃって。うふふ」
女は恥じる様子もなく口に手を当て艶然と微笑んだ。
「毎晩じゃねえかよ。もっともよ、その体じゃあ、一日おきってぇ訳にはいかねえだろうがよぉ、へへへ」
「しょうがないじゃない。うちの宿六あっちだけは強いんだから。あら、お客さん?」

 婀娜っぽい四十がらみの女と留造との、あまりに艶めかしい会話に千代は顔を赤くしていた。
「まあ、綺麗な人ね。ごめんなさい、毒だわねこんな話、うふふ」
会釈する千代を見て女は対抗するように艶めかしく体をくねらす。
僅かにはだけた着物の胸元からは、白い豊満な乳房の一部が見え隠れする。
「本当に綺麗ね、あなた。やっぱし若い娘には敵わないわねぇ、留造さん」
「おおよ、この御新造さんにはさすがの姐さんもなぁ」
「まあ、御新造。あら、いいわね、こんな若い別嬪さんを・・・・・・」
隣の庄次郎に目を流したとき、女は息を呑んだ。

「あんた・・・・・・」
女は分厚い唇を大きく開き真っ赤な口の中を見せ驚愕する。
「あ、どうも」
「あんた、庄次郎さんじゃない!」
庄次郎を見つめる見開いた女の目は潤んでいた。
「お久しぶりです。お元気そうで、良かったです」
言っていて庄次郎も鼻の奥がツンとした。
「ああ、ほんと、庄次郎さんだわ。逢いたかったんだから」
女はいきなり庄次郎に抱きついた。
「ずっと惚れてたんだから、あんたのこと。どうして出て行っちゃたのよぉ・・・・・・」
あとは声が詰まって出てこない。
女は庄次郎の頭を抱え、頬ずりをし、体をべったりと押し当ててくる。
豊満な女体であることを改めて認識し、石鹸の香りと、艶めかしい体臭に庄次郎は狼狽した。
「こりゃぁ参ったぜ」と声をあげる留造は、嬉しそうに額をピシャピシャと叩いてた。
ようやく泣きやんだ姐さんも留造の部屋で一緒に飲むと言い張った。
千代は呆気にとられていた。

「あの・・・・・・」
と、薄く戸を開け、ひょろっとした背の高い男が一升瓶を持って顔を見せた。
男は青白い顔をしている。
「あんたも入りなさいよ」
留造にお伺いをたてることなく、姐さんはその男を引っ張り込んだ。
どうやらこの軟弱そうな男が姐さんの宿六らしい。
最近所帯を持ったと、姐さんが酒をあおりながらノロケた。
留造は例によって頭をパチパチと叩いて喜んでいる。
死んだ亭主もそうだったが、どう見ても姐さんより年下だ。
あっちの方が強いのは、この青びょうたんの男なのだ。
庄次郎はまじまじと男の顔を見つめた。
隣を見ると千代が少し口を窄め、男の顔を盗み見ていた。
さあ、今夜は宴だ。





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羞恥07
風水 10/31(水) 08:50:28 No.20071031085028 削除


「ふぅ」
 ため息をひとつ 意を決した様にキャミソールを頭からゆっくり抜きます。
贅肉の付いて無い やや細身の上半身が現れます。

 続けて黒のTバックの両脇に親指を入れ左右少しずつ下ろす妻
伸縮性が強いのか 小さな黒い布きれはを自然には落ちません。
太股から膝 ふくらはぎへと妻の手が下ろしていきます。 
上体を少し傾け 片足を少し上げ 妻は小さな布きれを右手に持ちました。

 片足を上げた時 淫裂がほんの一瞬見えました。
体毛の濃い女性なら後ろからでも陰毛に覆われ淫裂は見え無いでしょう 
もともと体毛の薄い妻の陰毛は 淫唇の合わさる部分から上に生えているだけです。
小陰唇も小さめなので ふだんは1本のたてすじ状態です。

 右手に小さな布きれを持ったまま立つ妻に
「裕美子 前も見せて」

「ぁぁぁぁ・・・」
 手で胸と下半身を隠しながら こちらを向く妻
「ぁぁぁ ゾクゾクしちゃうよぉ」
 首をすくめ上目使いに私を見る妻

「手をうしろで組んでよ」
 うつむきながらも素直に手を後ろに回す妻 
見慣れた妻の全裸が目の前にあります。
直立して足を閉じていますが 淡い繊毛の下部に淫裂がはっきり覗いています。

 私の股間の一物は痛いくらいに勃起しています。
たまらずスウェットの上から左手で握っている私に
「あなたぁ 興奮してる? あとでいっぱい愛してねぇ。」

「ああ 凄く興奮する    風呂屋の山下さんもこの姿見たんだね。」
「いやっん 言わないで・・・もういいでしょ あなたの前でも凄く恥ずかしいの」

「もう少しだ裕美子 後ろを向いて・・・」
 少しほっとしながら後ろを向いた妻に
「足を開いてごらん」

 華奢な肩がぴくっと震えるのが分かりました。
何も言わず30センチ程足の間隔を広げる妻

「上半身を前に傾けて・・・」
のろのろと両手を膝に当て上半身を傾けます 
「おまんこ見えてきたぞ裕美子」

 おしりに力を入れてるのか 肛門は顔を出しません。
妻のより恥ずかしい姿が見たい私は
「膝を曲げて  そう」
「おしりをもっと突きだしてよ」

 震えながらも膝を少しだけ曲げ 大きめのおしりを私の方に突きだす妻
白熱灯の元 肛門と淫裂が私の眼前1メートルに全貌を見せます。

 少しだけ開いた淫裂は照明を受け濡れ光っています。
「裕美子 おまんこも肛門も丸見えだよ 濡れてるのも分かるし」
 私の言葉に震える声で
「あーん こんな恥ずかしいの・・・ おかしくなっちゃいそう」

 すぐにでも抱きしめたいのを我慢して 私は次の姿勢を指示しました。



・・・・川辺にて・・・#1
ヘンリーミラー 10/31(水) 00:45:15 No.20071031004515 削除
*****#1

6時過ぎになって東京東部は激しい夕立に叩たかれ
帰り道を急ぐ人々はプラタナス並木の下、地下鉄へと
追い立てられた。
地下鉄へと下りる通路口を挟んで向かいに建つブラウンのビルの2階から
山田一朗は先ほど携帯にかかってきた声を耳に留めたまま
傘の群れを眺めていた。
救急車のサイレンが雨音を潜り抜け、遠くから聞えたが、やがて又消えていった。
10分もすると、傘の群れは消え、ビルの窓ガラスに触れている
プラタナスの葉が、灯り始めた夜景を球形の包み込み、雨雫となって落ちていた。
「課長・・JPOの図面出来ましたので・・ここにおいておきます・・」
振り向くと、部下の一人が背中を向けたまま遠ざかっていた。
網膜で止まったままの図面を見ながら、携帯を取り出し、着暦をみた。

5時50分、マナーモードの携帯が胸のポケットの中で震えた。
サブディスプレイに表示された着信名を見たとき、一瞬、大脳の血流が止まり
思考の空白がおきた。
・・田中S・・・半年前・・私たち夫婦とスワップをした相手だった。
「覚えていますでしょうか?・・以前ご一緒させて頂きました田中です」
・・女の声だった。
「あ・・・その時はどうも・・」
条件反射の応答に女が答えた。
「明日の土曜日・・もし・・ご都合つけば逢って頂けませんでしょうか・・」
「・・・・・・・・・・」
10秒ほどの沈黙の後、激しい心臓の鼓動の中で答えた。
「ええ・・・かまいませんが・・・」
「では・・・この前と同じ、渋谷の喫茶店で・・12時でよろしいですか」
「私一人ですので・・・奥様には内緒で・・お願いしたいのですが・・」
「は・・はい・・」
「では・・失礼します・・」私の返事に殆ど間を置かずに電話は切られた。
・・奥さんだ・・・奥さんからかけて来たのだ・・・
深呼吸したが、心臓の鼓動は益々激しくなった。
・・・・・・・・・・・・・
半年前の2月の日曜日、妻を数年の説得の末、山田夫婦は
掲示板で知り合った夫婦とスワップをした。
その夫婦と逢う2週間前、妻とではどうしても勃起しなくなった私に向かって
「いいわ・・・そのかわり・・・どうなっても・・しらないから・・」
妻は背を向けるとスタンドの明かりを消した。



二人の妻 48
桐 10/30(火) 21:21:25 No.20071030212125 削除
次の日、土曜の朝、理穂が学校へ行った後、隆一と江美子はマンションで二人きりになる。孝之の件が後に引いているのか、隆一との間は相変わらずぎこちない。ダイニングで無言で新聞に目を落としている隆一を見て、江美子は小さくため息をつく。

(このままではいけない……)

悪気はなかったとは言え、孝之の件を黙っていたのは自分に責任がある。なんとかこの状況を打開しなければ――江美子はそう思い定めると寝室へ向かう。

江美子は姿見の前で裸になると、昨夜麻里から手渡された紙袋から白いTバックショーツを取り出して身につける。

(これは……)

江美子はこれまで実用度の高い、地味な下着しか身につけたことがない。余分な飾りのないスポーツ用のTバックは実用本位だが、それを履いた自分の姿は思いがけないほど扇情的である。

白い布地がいわゆるVゾーンに食い込み、股間の筋までが浮き出しているようである。江美子は顔を赤らめながら、脇からはみ出した陰毛をショーツの中に押し込める。

次に身体を反転させた江美子は、自らの後ろ姿を見ていっそう狼狽する。ショーツの布地は江美子の双臀の割れ目に食い込み、豊かな両の尻肉はすっかりあらわになっている。

(これなら裸の方がずっとましだわ)

江美子は慌てて麻里から渡されたスポーツウェアを身につける。オレンジ色のウェアは、江美子の小麦色の肌に良く映えているが、セパレーツタイプの上衣の薄い生地には江美子の乳首がくっきりと浮き出しており、肌に張り付くスパッツも江美子の羞恥を和らげる役割はほとんど果たしていない。

(こんな格好で隆一さんの前に出たら何と思われるかしら……)

隆一はこれまで自分に対して清楚な印象を抱いていたのではないかと江美子は思う。そんな自分のイメージをぶち壊しにして、隆一を失望させることにならないかと江美子は懸念する。

(やっぱり私、とんでもない馬鹿なことをしようとしているわ)

そう考えた江美子がオレンジ色のウェアを脱ごうとした時、昨夜の麻里の声が蘇る。

『心配ないわよ、江美子さん。たまには貞淑な女の殻を打ち破り、娼婦みたいに隆一さんを悩殺してあげなさい』
『私は……そんな』
『あら、Tホテルの露天風呂で、有川さんの目の前で裸を晒したところなんか、私は感心したのよ。なかなか大した度胸だし、娼婦としての素質は十分だわ』
『あれは……麻里さんが先に……』
『私は有川さんに命じられたからだし、そもそも私は平気で不倫が出来る女よ』
『そんな……平気だなんて、思っていませんわ』
『気にしなくてもいいわ、江美子さん』

麻里は大きな瞳を妖しく光らせる。

『男は自分の妻に淑女と娼婦の、二つの役割を求めるものよ。昼は貞淑な妻でよき母親、夜は奔放な娼婦。二人の妻をほしがるのよ』

(二人の妻……)

江美子は鏡の中の自分の姿を改めて見つめる。

(そういえば、孝之も同じようなことを言っていた。自分には二人の妻がいるのだと。私は孝之の欲求を満たすための娼婦だったのだろうか)

そこまで考えた江美子は、急に胸が締め付けられるような感覚に陥る。

(もし、隆一さんが同じように二人の妻を求めたら、私には耐えられない。罪を犯した身だからわかる。利己的と言われようが、孝之の奥様のようには絶対になりたくない)

(隆一さんは私の不倫の過去を知ってしまった。私は隆一さんにとって、貞淑な妻の仮面をかぶり続ける訳には行かないのだ。奔放な私を愛してもらわないと……)

江美子はそう心に決めると姿見に向かい、薄く化粧を施す。そして黒髪をヘアバンドでまとめると思い切って寝室を出る。

オレンジ色のトレーニングウェアを身につけた江美子が、リビングルームに現れると、隆一は読んでいた新聞から顔をあげて江美子を見る。



二人の妻 47
桐 10/30(火) 21:19:58 No.20071030211958 削除
「江美子さん、この前この店で飲んでいる時に、私にそのことで悩んでいるといっていたじゃない?」
「私、そんなことを言ったんですか?」
「あら、覚えていないの?」
「ええ……」

江美子はちらりとカウンターの向こうのバーテンダーに視線を向ける。バーテンダーは素知らぬふりでグラスを磨いている。

「そんなに酔っていたかしら……そう、確かに酔っていたわね。あの時は私も、調子に乗ってお酒を勧めて、悪かったわ」
「いえ、いいんです」

江美子は首を振る。

「それより私、何を言っていたんですか?」
「ちょっと言いにくいわね……やっぱりもう少し飲みましょう」

麻里はカクテルのお代わりを注文する。2つのグラスがカウンターに並べられると、麻里はそれが癖なのかグラスを掲げて「乾杯」と声を上げる。

麻里が一気に3分の1ほどグラスを空けるのに釣られて、江美子もレモンライムの爽やかな味が利いたカクテルを飲む。少し酔いが回るのを感じ始めた江美子の耳元に、麻里がそっと囁く。

「もっと隆一さんにベッドの中で愛されるにはどうしたらいいか、って私に聞いていたわ」
「えっ……」

江美子は頬が一気に赤くなるのを感じる。

「私、そんなことを麻里さんに聞いたんですか」
「そうよ、本当に覚えていないのね」
「ええ……」

麻里は困惑する江美子を楽しそうに眺めている。

「それで……」

江美子は羞恥に頬を赤らめながら口ごもる。

「それで、何なの?」
「麻里さんは何と答えたんですか」
「まあ、やはりそれが悩みだったのね」

麻里は小さく笑うと、足元に置いた紙袋を持ち上げると、中から紙の包みを取り出す。

「その時は私も酔っていたせいか名案が浮かばなかったの。後でいろいろと考えたのだけれど、これが一番手っ取り早いわ」
「何ですか、これは」
「開けてみて」

麻里はそう言って包みを江美子に手渡す。江美子が包みを破ると、そこからオレンジ色のトレーニングウェアが現れた。

「これは……」
「セパレーツタイプで、下はスパッツになっているの。身体にぴったりフィットするようになっているから、これを着る時は普通の下着は駄目よ」

麻里はさらに小さな紙の包みを手渡す。江美子がそれを開こうとすると麻里は「ここでは開けないで」と止める。

「スポーツ用のTバックよ」
「まあ……」
「ストレッチやヨガ、エアロビクス、なんでもいいからあの人の前で動き回りなさい。思い切りお尻を突き出すのを忘れないでね」
「そんなこと……」
「K温泉で言ったでしょう。隆一さんは女性のお尻が大好きなの。特に大きくて形の良いお尻が」

確かに自分と麻里は胸はそうでもないが下半身が豊かなところが似ている。有川はそれが隆一の変わらない好みだと指摘したが、隆一がそんなに女性のお尻に対する執着があったとは、江美子にとっては意外なことだった。

「それじゃあ、健闘を祈るわ。これは私から江美子さんへのプレゼントよ」



羞恥06
風水 10/30(火) 13:07:29 No.20071030130729 削除


 私は玄関に入ると寝室に行くのも待てずに 妻の下着に手を差し込みました。
「裕美子 やっぱり濡れてるね。」
「いゃん あなた こんなとこじゃイヤ 寝室に行きましょ・・・」

 ふたりでまっすぐに寝室へ入り 立ったまま妻を抱きしめます。
「ぁぁぁ あ な た 」
 唇を合わせると妻から舌を入れてきました。

 しばらく舌を絡ませ抱きしめた後 妻の耳元にささやきました。
「裕美子 頼みが有るんだけど・・・」
「なぁに あなた?」

「俺の目の前で ゆっくり服を脱いで 裕美子のハダカを見せてくれ。」
「えぇっ 恥ずかしいなぁ・・・」

「でも あなたが見たいなら・・・しょうがないわね。」

 照れながらも納得した妻は ドレッサーの前の空いたスペースへと進みます。
私は備え付けの冷蔵庫からビールを出し ベッドに腰掛け一口飲み
「俺に特等席から鑑賞させてな。」

「あなたったら 凄いイヤらしい目してるわよ。」
 明らかに欲情した目つきで妻がこたえます。

「風呂屋で脱いだ様にに脱ぐんだぞ。」
「・・・うん わかった」
 妻は私に背を向けトレーナーを脱ぎ出します。
薄いキャミソール1枚 ノーブラの上半身が現れました。

 見慣れてるはずの妻の脱衣シーンがこんなに興奮するなんて・・・
「裕美子 ゆっくりな」

「お風呂やさんでは さっと脱いだのよ。 ゆっくり脱ぐのってなんか・・・。」
 言いながらスウェットのズボンに手を掛け おしりからゆっくり下ろしていきます。
黒のTバックが見えます 私が見ても十分にセクシーです。
足を抜くために片足を上げた時 細い布に隠れた股間も覗けます。

「裕美子 凄くセクシーだよ ストリップ見てるようだ。」
「・・・いやだぁぁぁ そんなこと言わないで」

「そのまま こっち向いて前も見せてよ」
 妻は下着の前を手で隠しながら私に向き直ります。

「手をどけて・・・」
 口をとがらせて恥ずかしそうな顔をしながら両手を後ろで組む妻
黒い下着から薄い陰毛が透けて見えます。
乳首もキャミソール越しに分かります。

 ビールを一口飲み 喉の渇きを鎮め
「よし 裕美子 続けて」  
 妻はゆったりした動作で私に背を向けキャミソールの裾に手を掛けました。



二人の妻 46
桐 10/29(月) 21:09:44 No.20071029210944 削除
(私の時と同じだ)

江美子は言葉を失い、麻里の話を聞いている。

「おまけに一度だけのことなのに、そのメールには私はもう何度も有川さんに抱かれると書かれてあったの。私はパニックになったわ。絶対に秘密を守ってくれると約束してくれたのに、有川さんに裏切られたと思った」
「それで、麻里さんは認めたのですか?」
「否定したわ。でも、私の青ざめた顔色やうろたえた態度が私の言葉を裏切っていた。その日は週末だったから、携帯電話を取り上げられた私は寝室から一歩も出ることを許されず、有川さんに連絡を取ることもできなかった」
「その間もメールは次々に届いた。私が有川さんと……口には出せないような卑猥なことまで行っているという内容のものーー普段の私は貞淑そうな仮面を被っているだけで、実態は淫らな牝猫だと。それらのメールにももちろん写真が添付されていて……」
「厳しく責め立てられた私はついに有川さんとの関係を認めた。隆一さんは有川さんをすぐに呼び出し、問い詰めた。有川さんは一切の言い訳をせず、すべて自分が私を隆一さんから奪いたくてやったことだと認めたの」
「そんな……」

麻里の衝撃的な告白に江美子は息を呑む。

「麻里さんは弁解しなかったのですか。メールの内容は嘘だと」
「そうしたかったわ。でも、一度だろうと何度だろうと、私が隆一さんを裏切ったのは事実よ。その時の彼の悲しそうな顔を見ると、その時の私は何も言えなかった」
「そんなこと、変です。有川さんにメールのことを抗議しなかったんですか」
「もちろん後になって問いただしたわ。どうしてあんなメールを送ったんだって。でも彼は約束は破っていない、メールを送ったのは自分ではないと言ったの」
「えっ……」

江美子は驚きに目を見開く。

「それじゃあ、一体誰が」
「隆一さん自身よ」
「そんな……まさか……」
「私もまさかと思った。でも、そうとしか思えないの」

麻里は静かに首を振る。

「私が有川さんとその……関係を持った時、写真を撮られることはなかった。有川さんもそんなことを要求しなかったし、要求されたとしても私は絶対に拒んだわ。私が眠っている間に撮られたのかとも思ったけれど、どう考えてもその……無理なポーズがあったわ」

麻里は頬を薄赤く染めて口ごもる。

「目の前にどんな証拠が突き付けられようとも、私は断固として否定すべきだった。そうすれば、隆一さんは私のことを信じたと思うの。私は彼が差し出した踏み絵を踏むことが出来なかった。いえ、平然と踏めばよかったものを、ひどく狼狽してしまった。それが隆一さんの不信感を決定付けたのよ」

江美子は麻里の告白を、言葉を失って聞いている。

「江美子さん、これからもし、隆一さんがあなたに対して同じようなことをすることがあったら、全力で否定するのよ」
「えっ」

江美子は麻里の言葉に虚を突かれる。

「たとえその中に真実の一端があったとしても、すべて否定するの。そうすれば隆一さんは安心するわ。あなたを試すようなこともいずれしなくなる」
「……」
「まあ、こんなことを言わなくても江美子さんは心配ないわね。私のように隆一さんに対して隠さなければならないことは何もしていないだろうから」

麻里はそう言うと微笑する。江美子はそんな麻里の表情に気圧されるものを感じながら頷く。

「隆一さんとはその後うまくいっているの」
「え、ええ……」
「何だかはっきりしない返事ね、何か心配があるの?」
「いえ……」
「やっぱりセックスのことかしら?」
「えっ……」

麻里の唐突な問いかけに江美子は狼狽する。



二人の妻 45
桐 10/29(月) 21:08:06 No.20071029210806 削除
「それは前も言った通り、私が有川さんと浮気をしたからよ」
「それが原因だということは分かるのですが、それだけなんでしょうか」
「どういうこと?」
「麻里さんが理穂ちゃんのことをとても大事に思っているのは、今の話をお聞きしてもよく分かります。たとえば、理穂ちゃんのためにでも離婚を思い止どまって、やり直すことはできなかったのですか?」

麻里は当惑したような顔で江美子を見つめている。

「すみません、立ち入ったことをお伺いしていると思うのですが、どうしてもわからなくて」
「江美子さんは、私達が離婚したことは隆一さんにも原因があったと思っているのじゃない?」
「えっ」

逆に麻里から問いかけられて、江美子は言葉を詰まらせる。

「江美子さんが単なる好奇心で私達の離婚の原因を知りたがっているとは思えないわ。どうなの?」
「それは……」

麻里は江美子にまっすぐ視線を注ぎ込み、江美子は目を伏せる。

「隆一さんのことで何か不安があるんじゃないの?」
「……はい」

重ねて問われた江美子が思わずうなずくと、麻里は急に真剣な表情になる。

「江美子さん、これから私が話すことは誰にも……隆一さんにも言わないと約束できる?」
「えっ」
「あなたが私のような過ちを犯してほしくないから話すのよ。私は理穂が悲しむ姿をもう見たくないの」

江美子は麻里に引き込まれるように「わかりました、誰にも言いません」と頷く。

「江美子さん、私が言うのも説得力がないけれど、人間って間違いを犯すことはあると思うの。それを許せる人もいれば許せない人もいて、仮に許せるとしてもそれぞれに許せる範囲と許せない範囲がある」

麻里は少し笑ってカクテルを口にする。

「私は、自分がした過ちがことが許せる範囲だというつもりはない。でも、世の中には妻の浮気を許すことができる人もいるとは思うわ。隆一さんは自分に厳しい人だけれど、その分相手にも厳しいところがあるから。江美子さんは彼と仕事をしたこともあるそうだから、そのあたりは分かるんじゃない?」
「はい」

確かに麻里の言う通りだ。隆一は他人の過ちに対して容赦がないところがある。もちろんそれ以上に自分に対して厳しいため周囲は容認しているが、そのせいでいらぬ軋轢を生んだこともなくはない。

「それと、隆一さんにとって私は過ちを許すことの出来ない相手なんだと思う。もし結婚前から私が彼一筋だったとしたら、かえって一度の過ちを許すことができたんじゃないかしら」
「それは、どうしてですか?」
「隆一さんは、私が自分のもとを去るのではないかと恐れていたんだと思うの。かつて私が有川さんのもとを去り、隆一さんを選んだように。だから私は絶対に彼を裏切るべきではなかった。それなのに私は……」

そのころの辛い記憶がよみがえってきたのか、麻里は悲痛に顔を歪める。

「有川さんはずっと私のことが引っ掛かっていて独身を通していて、前を踏み出せないでいた。一度だけ私を抱くことができたらふっ切れると言われて……私も学生時代に有川さんの気持ちを踏みにじった罪悪感からつい彼に身体を許したの。それはほんとに一度だけのこと」
「絶対に隆一さんに知られないで、それこそ墓まで持って行こうと思っていた。でも、やはり悪いことはできないものね。ある日、隆一さんの携帯にメールが届いたの」
「えっ」

江美子は驚きに息を呑む。

「私と有川さんが浮気をしているという内容のものよ」
「誰から送られてきたのですか?」
「わからない、でも、メールの最後には必ず『有』と記されてあった。隆一さんは有川さんからのものだと思ったわ」
「メールの内容は……」
「自分が奪われたものを奪い返した。本来自分のものだったものをやっと手に入れた、というようなことが書かれてあった。メールには……私の裸の写真や、寝顔が添付されていたの」





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千代に八千代に
信定 10/29(月) 12:00:17 No.20071029120017 削除
第三十章

 男はすれ違いざま、「おっ、こりゃ別嬪さんだねぇ」と言い、庄次郎の背後にトトンと走り抜ける。
が、三歩ほどで男の足がピタリと止まった。
庄次郎はゆっくりと振り向いた。
反して男は弾けるように振り返った。
無意識に手拭いを外す男の顔は無表情だった。
この顔がこの男の驚いた表情であることを、たった今知った。

「お前・・・・・」
男の声はかすれていた。
「お前・・・・・・か」
「ああ、まさか、本当に・・・・・・」
男の顔はたちまち泣き笑いの顔になる。庄次郎も同じような顔で言った。
「ショウジか、お前、ショウジか」
「ええ。お元気でしたか、トメさん」
留造の声は既に泣き声だった。庄次郎も語尾を震わせていた。
「あたぼうよ、元気だけが取り柄じゃねえか」
「そうだったね。トメさんいつもそう言ってたっけ」
「ば、ばか野郎、お前何してたんだ、今までよう・・・・・・」
留造の目から涙が溢れた。庄次郎は手の甲で目を擦っている。
庄次郎の肩に両手を置いて、留造は地面を見つめてポロポロと涙をこぼしていた。
留造が落とした手拭いを拾い、千代は鼻をすすりながら丁寧に折りたたんでいた。

「あの件があったあと、ここを借りたのよ。お、御新造さんすまねえな」
台所に立って茶を淹れている千代はニッコリと微笑んだ。
「ずっと空き家になってたんでな。ここに居りゃあ、お前が戻ってくると思ってよ」
「そうだったんだ。俺のことを・・・・・・悪かったねトメさん」
畳に視線を落とす庄次郎に、留造は少し照れながら頭を掻いた。
「あそこ閉山になっちまってよ、で、どうだったんだ。そん時」
庄次郎はかいつまんで、あの時のことを話した。

「そりゃぁ、てーへんだったな。暴動を起こした奴ら、金目の物をごっそり持ってちまって、相当行方知れずよ」
千代は二人分の湯飲みをちゃぶ台に置いて、少し後ろに正座した。
「御新造さんも茶を飲んでくれ。よ、ショウジ、遠慮なんぞはいっさいなしだぞ」
既に手の中にある小振りの湯飲みをちょっと掲げ、千代は白い歯を見せた。
「お、そうかい。へへ・・・・・・」
前歯の抜けた黒い歯を見せて、にんまりと笑った。
「それにしてもこんな別嬪さん、とんとお目にかからねえぞ。ショウジもなかなかやるじゃねえか。
俺だったら腰砕けになっちまって、仕事もできねえや。おっと、すまねえ、下品だったな」
へへへ・・・・・・と笑い、茶を啜った。
「なんだ、こりゃ!」
留造が頓狂な声をあげたので、千代と庄次郎は何事かと顔を見合わせた。
「何か入っていましたか」
「いやいや、うめーんだよ、この茶がよ。ん?いっつも飲んでる茶だよな」
留造はヒョイと立ち上がり茶筒を手に取り、蓋を開けて中身を覗き込んでから匂いを嗅ぐ。
江戸っ子はいい意味で腰が軽い。
「ありゃ、いつものじゃねえか。どうなってんだ、こりゃ。ああ、御新造さんが淹れたからかい。驚いたな」
ずっとここに居て欲しいくれえだ、などと言いへへへと笑った。
「ショウジのこと助けてくれてありがとうな。俺からも礼を言うぜ」
真顔で頭下げる留造に千代は顔を赤くした。

「噂で聞いたがよ、ショウジお前は・・・・・・」
庄次郎はチラッと千代を見て、「俺は日本人だよ、トメさん」そう言った。
「俺は櫻井庄次郎、これは櫻井千代だよ」
「そうだろう、だから俺は言ったんだ、社長によぉ。ショウジは絶対に違うってな」
そう言って茶を啜った。
庄次郎の心が痛んだ。
千代がサッと立ち上がり、留造のために旨い茶を淹れてやる。
「ま、もっともどっちでもいいんだがな。ショウジはショウジだからよ。俺には関係ねえよ」
注いで貰った茶を啜り、あーうめえ、とにんまりする。
「その後のことは何か聞いてないかな、トメさん」
あの時丸坊主の男が、ぐったりした李の妻を抱えていたことがずっと気になっていた。
「うーん、何人か日本人の野郎がとっ捕まったって聞いたよ。
ああそう言えば、朝鮮人の野郎が日本人の人足のひとりをよ、半殺しにして逃げちまったって聞いたぜ。
何でも朝鮮人野郎の女房を寝取ったとかでよ。何考えてんだかよ、まったく」
そう言って額をヒタヒタと叩いた。
「そうですか、そんなことがあったのですか」
「おおよ、その女と一緒に逃げと聞いた。その後は知らねえけどな」
庄次郎は複雑な気持ちだった。

「朝鮮人の野郎も何人か捕まったらしいが、説教されてすぐに釈放されたようだ。
たぶんショウジのことも話に上がったと思うけどよ、なんせ監督さんだからな、へへ。
でもよ、そのうちうやむやになっちまったよ。そこいら中で揉め事があったからな。ごたごたとよ。
こんなこたぁウンザリだったんじゃねえか、警察はよぉ。うちの会社には一回こっきり来ただけで二度と来なかったよ」
庄次郎の顔を見て小さな目を見開きながら、へらへらと笑いながら話した。
留造はしかし、その時の、またその後のことを根掘り葉掘り聞くことはしない。

「それはそうと、お前ら晩飯はどうするんだ」
「あ、そうだ、トメさんどこかへ行く予定があったんじゃないの?」
「ん、ああ、まあな、ちょっとこれを買いにな、へへ・・・・・・」
留造は照れくさそうに小指を立てた。
嘘のつけない男だ。
千代は頬を赤くしていた。

「今日は泊まってけよ、な、ショウジ」
「いや、そんな厚かましいことはできないよ」
「いいじゃねえか。お、そうだ、ちょいとこの先にうめえ鰻屋ができたんだ。おごるからよ、な、酒でもよぉ」
巻き舌になる留造は強引だ。
親切の押し売りは江戸っ子の特徴であることも理解している。
悪気があるわけではない。むしろその逆だ。
自分を犠牲にしてでも他人に喜んで欲しいのだ。
他人のことを第一に考える江戸っ子かたぎは庄次郎は好きだ。

「ショウジ、隣がよ、四十がらみの年増でよ・・・・・・」
千代が台所に立つと、留造はニヤニヤしながら庄次郎に耳打ちした。
庄次郎は心臓がドキリとした。
「これがまたすんげー艶のある体してやがるんだ」
と続いた。
「夜が激しいのなんのって。壁が薄いから丸聞こえだぜ」
前に住んでいたとき、目鼻立ちの派手な、妙にクネクネした体つきの奥さんがいた。
この薄い壁の向側から聞こえる、その奥さんの夜の声で悶々としていたことを思い出した。
その壁を見つめていた庄次郎は慌てて千代の後ろ姿に視線を投げた。
その後、あの震災で夫を亡くし、庄次郎の腕の中で号泣していた。
あの奥さんはどうしているだろう。
元気に暮らしているといいのだが。
「・・・・・・堪んねえぜ」
と、庄次郎の憂いも知らず留造は続けた。



羞恥05
風水 10/29(月) 10:34:56 No.20071029103456 削除


 私が家の鍵を掛けると 妻は寄り添って腕を組んできました。
妻と腕を組んで歩くなんて 何年ぶりの事でしょう。
「裕美子から腕組んでくるなんて 珍しいね。」

「たまには いいでしょ 誰も見て無いし・・・」
 腕に当たる妻の胸のふくらみが やけに新鮮です。
妻の心の高鳴りが組んだ腕を通して感じられます。
私も下半身に微妙に血液が集まって来ているのを意識せずにはいられません。

 左右の暖簾をくぐり 妻が二人分の料金を払いながら
「こんばんわぁ 昼間はどうも。 主人が挨拶したいって言うんで一緒にきました。」

「ありゃ けんちゃんのおかあさん こんばんわ」
「ご主人初めまして 山下です 息子が同じクラスだそうで よろしくお願いしますね」
 番台を挟んでの三人の会話が続きます。

「始めまして矢野です うちの健太はまだ友達が居ないんで こちらこそよろしくお願いしますよ。」
 私が頭を下げると ご主人は満面の笑みで
「いやぁ 元気そうなぼっちゃんに 若い奥様 矢野さんが本当にうらやましい。 これからも ご贔屓にお願いします。」

「いやだ 山下さんこそ かわいい奥様居るじゃないですか。」
 嫁が軽く突っ込みを入れます。

「いえいえ うちの家内は色気ってもんが無いですから・・・ まあ そんなことより ごゆっくりどうぞ うちの電気風呂は健康にいいんですから」
「この時間は空いてますから のんびりできますよ。」

 妻がおつりを貰ったのをきっかけに会話は終わりました。
脱衣籠に服を脱ぎながら番台の方を横目で見ると ご主人は女湯に顔を向け 誰かと話をしています。
近所のおばあさんのようです しかし その視線の先には妻が居るはずです。
雑念が頭をよぎりますが 帰ってからの妻の話を楽しみに 洗い場に行きました。

 古い銭湯の割には改装したのでしょうか とても綺麗な洗い場でした。
電気風呂やジェットバスにゆっくり浸かると とても満ち足りた気分になります。
なぜかちょっと贅沢な気分です 家の風呂ではこんな気分は味わえません。

 壁に描かれた富士山の絵も十分にレトロで味があります。 
私には ちっょと熱すぎる湯でしたが 久々の銭湯を堪能しました。

 風呂から上がり 脱衣籠の前で身体を拭いていると ご主人が近寄ってきました。
右手には 何年ぶりかに見る ビンに入った牛乳を持ってます。
「矢野さん お近づきのサービスです どうですか?」

「おおぉ これは珍しい 久々に見ましたよ ありがたく頂戴します」
 牛乳を受け取りながら聞きました
「うちのやつ もう出ましたか?」

「奥様はまだのようですよ・・ ゆっくりしてるんでしょ 奥様にも牛乳サービスしておきますね」
 山下さんは微笑みながら番台に戻っていきます。

 私は貰った牛乳を一気に飲みました。   
蛇足ですが なぜ人はビン入り牛乳を飲む時 腰に手を当てるのでしょう?

 無料のマッサージチェアーにもたれてタバコに火をつけました。
2本目のタバコを吸い終わった頃 女湯から 山下さんと妻の声が聞こえてきます。
山下さんが妻に牛乳を持って行ったのでしょう。
会話の中身が気になりますが 詳細は聞こえません。

 10分ほどして 番台に座っている山下さんが私の方を見て
「矢野さん 奥様お帰りですよ。」
「あっ そうですか・・・  女は長湯で困りますね。」
「わははっ 矢野さん どこの家でも同じですよ。」
 笑ってる山下さんの前でサンダルを穿き
「とてもリラックスできました また来ますね 牛乳ありがとう。」
 外に出て妻を待ちます。

 暖簾をくぐって出てきた妻は ほんのり上気した顔で
「あなた おまたせ   さっ帰ろっ」
 と腕を組んできます。 

 妻にいつもは無い色気を感じながら 短い家路を無言で歩きました。

  



卒業後 20
BJ 10/28(日) 17:15:20 No.20071028171520 削除

「伯父さんの家、夕食の時もテレビつけないよね」

 あらかじめ食べやすい大きさに切られたハンバーグをフォークに突き刺しながら、遼一が呟くように言った。
「そうだな。昔からあまりテレビを見る習慣がなくてね」
「うちではいつもつけてたよ」
「見たい番組があれば見てもいいのよ」
 妻が穏やかに口を挟んだ。
 その横顔を盗み見るように、私は見つめた。
 昼間の赤嶺との電話が、私に重くのしかかっていた。
「ううん、僕もあんまりテレビは好きじゃないんだ。母さんは暇さえあればごろごろしてテレビ見てるけどね。僕よりも流行りモノに詳しいよ」
「京子は昔からそうだったよ。ちょっとミーハーなところがあるんだ」
「気持ちが若いのよ。いいことだわ」
 咎める目で私を見ながら、妻がたしなめた。

 ―――俺は会おうと思えばいつでも奥さんに会えたんだぜ。今までずっと。

 こくりと喉が動いた。

「伯母さんだって若いよ」
 遼一が言った。奇妙なほど真面目な顔で。
「ありがとう」妻は言って、気羞ずかしげに少し笑う。
「伯父さんもそう思うでしょ?」
「―――そうだね。思うよ」
 妻は何を言っていいのか分からないふうで、黙って箸を動かした。
「だから伯母さんももっと自信を持って、ずんずん外へ出て行って、色んなことに挑戦すればいいと思うよ。母さん、普段はあんなだけど、あれで行動的なんだ。最近じゃ韓流ドラマの影響で韓国語を習ったりしてる」
「それは初耳だな」
 私の呟きに遼一は照れたように笑って、別に伯母さんがハングル覚える必要はないけどね、と言った。
「何だっていいと思うんだ。母さんだってハングル講座行きながら、その実、そこで知り合った人とお喋りして帰ってくるだけだったりするし。でもそれはそれで楽しいことだし、意味もあると思うよ」
 普段の冷静な彼には似合わない熱っぽい調子で語った後、遼一は若干気まずそうな顔になって「生意気言ってごめん」と謝った。
「そんな・・・・謝ることないのよ」妻は愛しげに遼一を見つめた。「ありがとう。気を遣ってくれて。本当に、遼一君は私なんかよりよほどしっかりしてるわ」
「まぁ、伯母さんが昼間外出するようになると、伯父さんは心配事が増えるかもしれないけどね」
 冗談めかした口調で遼一は私に向かっておどけて見せた。邪気のないその笑み、その言葉に、しかし私は短剣で背筋を撫でられたような心地を感じていた。

 妻が台所で後片付けをしているタイミングを見計らって、私は洗面所へ行った。
 遼一が歯を磨いている。
「ごめん。もうすぐ終わるから」
「急がなくていい」
 私はゆったりと壁にもたれた。
「―――さっきの話だけれど」
「え?」
 正面の鏡越しに遼一が私の目を見た。
「いや、伯母さんは昼間、特に外出したりすることはないのか?」
「うーん、僕も最近は午後から図書館へ行くことが多いからその間は知らないけど、たいていは家にいるんじゃないかな。買い物とか何か用事がないと、外出はしないように思うけど」
「そうか」
「家にいるときは四六時中掃除したり、あれやこれやマメに働いているけどね。よくあんなにやることを見つけだせるなって感心するくらい」
 遼一は笑った。
「感心するけど―――思うんだ。タイプが違うから母さんみたいに、とは思わないけど、伯母さんももう少し人生の楽しみみたいなものを味わってもいいんじゃないかって。・・・人生経験15年の分際で、また生意気なこと言っちゃったけど」
 笑ってはいたが、遼一の目は真剣だった。彼は本気で妻のことを心配し、妻のためによかれと思うことを口にしている。
 しかし、対する私はどうだろう。自分に隠れて妻が赤嶺に会っているのではないか、という疑惑にとり憑かれて、汲々としている私―――
 そのあまりにも決定的な差が、私をひどく孤独な気持ちにさせた。

「今晩の夕食、あまりお箸が進んでいなかったようですけど・・・」
 寝室の鏡台の前に座り、櫛で髪を梳きながら妻がぽつりと言った。
「・・・食欲がなくてね。夏バテかな」
 ベッドに寝転がったまま、髪を梳く妻の後ろ姿を眺め、私は答える。
 目に映る妻の背は頼りないほど細く小さい。結婚した当初からその印象は変わらない。もう何年も、私はこの場所から妻の背中を眺めてきた。けれど、今ほどその距離が遠く感ぜられたことはなかった。
 遼一の話では、妻は普段からあまり外出はしないとのことだった。それは私の印象と合致する。けれど、遼一は妻のすべての行動を見ているわけではないし、私のほうはもっとそうだ。
 赤嶺は知るはずのない遼一のことを知っていた。誰から聞いたかと言えば、妻からでしかありえない―――のだ。

 
 ―――奥さんは今でもお前を愛していて、お前のことを決して裏切らないと信じているのかね。

 ―――それはムシのいい話だな。


 分かって―――いるさ。
 胸の内で吐き捨てる。私はあまりにも自分勝手な夫だった。優しいフリを装っては、自らのエゴを妻に押し付けてきた。
 それでも、今まで妻は静かに―――諦めたように―――私についてきた。
 鏡の中の妻の顔を見る。無心に髪を梳る妻の顔。いったい何を考えているのだろう。私には分からない。


 ―――お前の前ではそうかもしれない。抑えているんだろうな。俺と二人だけのときは泣いたり怒ったり、もっと人間らしいよ。


 私にはとうに見せなくなった表情を、あいつの前では見せているのだろうか。妻の心の中、かつて私がいた部分に今はあいつがいるのだろうか。
 妻に聞きたかった。ただ、聞きたかった。
「食欲がないのなら、明日はお素麺にしましょうか」
 独り言のように、妻の背中が呟いた。



二人の妻 44
桐 10/28(日) 14:56:44 No.20071028145644 削除
「江美子さんが今後、理穂と付き合って行くためには役に立つと思うの」
「でも、こんな……これは麻里さんにはとても大事なものじゃ」
「私は理穂から距離を置かなければならないの。そのためにはそのノートはむしろ邪魔になるわ」

麻里の意外な言葉に江美子は胸を衝かれた思いがする。

麻里は江美子にわざと自分が昔していたヘアスタイルを勧めたりして、隆一と江美子の間にさざ波を立てたいのではなかったのか。それでは、あれはまったく麻里の悪気のない行為で、麻里は隆一と江美子がうまく行くことを望んでいたというのか。

「ノートの後ろの方に理穂が私によく聞いてくる事柄もまとめて置いたわ。それがあれば、理穂が私にと細々したことで連絡を取る必要はほとんどなくなると思う」
「麻里さんは、それでいいのですか?」
「言ったでしょう、私は隆一さんに今度こそ幸せになってもらいたいの」
「でも……」

江美子はノートに目を落とす。江美子が、麻里と理穂を引き離したいと思っていたのは事実である。しかしだからと言って麻里にとって理穂との思い出が詰まっているノートを本当に受け取っていいのか。

「心配しないで。こんな偉そうなことを言っても実はちゃんとコピーを取ってあるのよ。私も未練がましいでしょう」

麻里はにっこり笑う。

「それで、改めてノートを見返しているうちに思い出したんだけれど……」

麻里はそう前置きして、理穂が幼いころの様々なエピソードを披露する。幼稚園で男の子二人を相手に喧嘩して泣かせたこと。しかしそのうちの一人とはその後大の仲良しになって「大きくなったらお嫁さんになる」とまで言い出して隆一を慌てさせたこと。

ある年の大晦日、いつもは早く寝かせられるのに、その日は特別に遅くまで起きていいと言われたので夕方から大はしゃぎをして、かえっていつもより早く眠り込んでしまったこと。眠ったまま隆一に抱かれて初詣でに行って、初日の出とともに目が覚めてきょとんとしていたこと。

初めて寝返りを打ったとき、つかまり立ちをしたとき、回らない舌で「ママ」と呼びかけたとき──幼いころの理穂のことを楽しげに話し続ける麻里を江美子は認識を改める思いで見ている。

(こんなに理穂ちゃんに愛情を注いでいたなんて……麻里さんは誤解されやすいけど、本当は心の優しい人なんだ。やはり、隆一さんが愛した人だけあるわ)
(でも、それならなぜ隆一さんと別れたのかしら。このノートを見ても、家庭を顧みなくなるような浮気をする人とはとても思えない。隆一さんにとってどうしても許せないことがあったのか)
(それともひょっとして隆一さんの方に原因が……)

「ごめんなさい、昔話ばかりしちゃって。退屈だったでしょう」
「いえ、とんでもないです」

江美子は首を振る。

「理穂ちゃんの話が聞けて、よかったです。隆一さんはあまり話してくれませんから」
「あの人は、理穂の事になると照れくさがるから……本当は理穂のことを溺愛しているのよ」

麻里はそう言うと微笑する。

その後しばらく、江美子と麻里は理穂と隆一の話題で盛り上がった。もっとも、話す量は二人との付き合いが長い麻里の方が圧倒的に多かったが。麻里の口調には二人に対する家族としての愛情や懐かしさなどは感じられるが、隆一への未練や執着というものは窺えない。

いつの間にか江美子はカクテルのグラスを重ねていた。今回はバーテンダーが気を遣ってくれているようで、量を飲んだ割りには酔ってはいない。麻里も気分の良い酔い方をしているのか、饒舌に話しながら時折声をあげて笑ったりしている。

今なら酒の力を借りて聞けるかもしれない。江美子は思い切って、一番聞きたかったことを麻里に尋ねる。

「あの、麻里さん」
「何?」
「隆一さんと離婚した理由はいったいなんだったんですか?」

麻里の目が一瞬、暗闇の猫の目のようにキラリと光る。



二人の妻 43
桐 10/28(日) 14:55:35 No.20071028145535 削除
「この前江美子さんの髪型を見て、素敵だなと思ったの。だから少し真似をしてみたのよ」
「真似って……これはもともと麻里さんの髪型じゃ」
「そうだったかしら」

麻里は軽く首をかしげる。

「昔のことなのでよく覚えていないわ。でも、今はすっかり江美子さんのものといっていいわ。とてもよく似合っているわよ」
「……」

江美子が自分の服に視線を向けているのを感じたのか、麻里は微笑を浮かべたまま続ける。

「たまにはこんな硬めの服もいいかなと思って、これも江美子さんの影響かしら」
「そう……ですか」
「江美子さん、とても素敵なんですもの。あの人が惚れ込むのも無理はないわ」

麻里はそう言うと手に持った大きめの紙袋を足元に置き、カウンター席に座る。

「あら、まだ頼んでいなかったの」
「ええ」
「ねえ、この前の、何といったかしら。ペパーミントのカクテルをお願い。江美子さんは何にする?」
「あ、同じものでいいです」
「かしこまりました」

バーテンダーは微かに江美子に目配せする。それが、酒にあまり強くない江美子が酔い過ぎないようにラム酒の量を調節するという意味だと解釈した江美子は了解したというように目で合図する。

「どうぞ」

カウンターに2つのグラスが並べられる。麻里はグラスを取ると「乾杯」と声を上げる。江美子も釣られて「乾杯」とグラスを合わせる。

「でも、よかったわ」
「何がですか」
「あの人のところに江美子さんのような人が来てくれて」

ペパーミントのモヒートを口にした麻里は邪気のない表情で江美子に話しかける。

「これで私も安心できるわ」

江美子は麻里の意図が図りかねて黙り込む。

「あら、おかしな意味じゃないのよ。変に気を回さないでくださいね、江美子さん」
「私は、別に……」
「そうそう、今日は江美子さんにお渡ししたいものがあったの」

麻里は鞄の中から古いノートのようなものを取り出し、江美子に渡す。

「これは」
「中を見て」

江美子はノートをめくる。几帳面な手書きの文字でびっしりと埋められたそれは、理穂の誕生から成長の過程を綴った育児日記というべきものだった。

いつどんな病気をしたのか、接種済みの予防注射は何かというような実際的な記載だけでなく、育児の過程での苦労やささやかな喜びがこと細かく記載されている。麻里は仕事と育児の両立、およびそれに伴う義母との確執に苦心していたと聞いているが、そのような記述はほとんどない。そのノートの中の麻里の視線はまっすぐに理穂に向けられていた。

ところどころ隆一に関する記述もある。そこには理穂が慕い、麻里が頼りにしている一家の大黒柱である父親としての隆一が描かれている。あくまで中心には理穂が置かれているため、男性としての隆一の姿は希薄だが、それがかえって江美子にとっては新鮮だった。

ノートの最後の方には最近まとめられたのか、比較的新しい筆跡がある。理穂や隆一の好物と思われるメニューのレシピ、入居しているマンションに関する注意書き、親戚付き合いや冠婚葬祭に関する簡単な記述ーー。

江美子は驚いて麻里の顔を見る。江美子にとって麻里は良く言えば奔放、悪く言えばルーズな印象しかなかった。しかしそのノートの記述から伺える麻里の姿は典型的な良妻賢母である。

「江美子さん、そのノート、もらってくれないかしら」
「えっ」

江美子は驚いて麻里の顔を見る。



羞恥04
風水 10/28(日) 10:26:44 No.20071028102644 削除


 シャワーを浴び戻ってきたちょっと照れ顔の妻に
「今日の裕美子 凄かったね。 初めて自分で逝くとこ見たよ。」
「・・・・・いやだぁあなた もう寝ようょ」

「たまに自分でしてるんだろ?」
「  ひ・み・つ そんなこと聞かないの。 もう寝るね。」

 疲れたのか すぐに寝息を立て始めた妻の顔を見ながら 銭湯での妻の姿を想像してると 
先ほど精を放ったばかりの下半身に再び力が蘇る感覚に驚きを覚え
様々な事を妄想しながら いつのまにか夢の世界に落ちていきました。


 翌朝の妻は 昨夜の出来事がウソの様にいつもの母親の顔に戻っていました。
私は子供が席を外したのを見計らい さりげなく
「今日 銭湯行こうか?」
「バカな事言ってないで 早くしないとバス乗り遅れるよ。」
「・・・・・」
一蹴された私は すごすごと退散です。


 何事も以前と変わらない日々が続き 翌週の入学式の日
普段通りの仕事を終え 部下と居酒屋で軽く引っかけて帰宅した私
「ただいま 入学式どうだった?」

「綺麗な学校だし 担任も年輩の男性だけど やさしそうな先生よ。」
「天気も良かったし おかあさん方も なんか品の良さそうな人ばっかり」

「夫婦で来てた人も結構居たわよ あなた 写真 見る?」
 妻は言いながら デジカメを差し出しました。

 ちょっと大きめのブレザーを着た息子と白いスーツ姿の妻の写真を見ると バカ息子の成長を 改めて実感します。
他の写真を見ていると 妻が小さな声で
「山下さんちも夫婦で来てて 挨拶されちっゃた・・・」

「・・・山下さん?? 誰だっけ?」
 記憶の片隅からその名前を探し出そうとしながら 私は尋ねました。

「お風呂屋さん 山の湯のご一家よ。 次男の祐二君 けんと同じクラスだったの。」
「気さくでかわいげのある奥さんだったわ あなた好みかもね。」

「そうか あの銭湯 山下さんって言うんだ。」
 私は納得しながら しかし内心の動揺を悟られないように
「で 旦那さんも来てたの? いいなぁ自営業は・・・」

「なんかねぇ 旦那さんの視線が気になってしょうがなかったわ。」
 ささやく妻の目は少し潤んでるように見えました。

 妻も先日の出来事を思い出したのでしょう。
少しドキドキしながら私は妻に聞きました。
「あそこって何時までなの? まだやってるかな?」

「11時までって書いてあったから まだ大丈夫だと思うけど・・・」

「俺も挨拶したいし 裕美子これから一緒に行こうか?」

「えぇーっ これから行くの? もう10時過ぎよ。
 でも・・・けんも寝たみたいだし 行こうかなぁ お風呂広くて気持ちいいし・・・」

「よしっ じゃ早速用意して・・・でな裕美子。」
 私は妻に耳打ちしました。
「以前に俺がプレゼントした黒のTバック有っただろ あれ穿いて行けよ。」

「あなたったら まじで言ってるの?」
「恥ずかしいなぁ でもこの前みたいな おばさんパンツは嫌だし・・・」
 まんざらでも無い顔つきです。

「いいじゃない セクシーな方が絶対いいよ。」
 妻は私の目の中の怪しい光に気が付いたようです。

「・・・・・・・・・・どうしよぅ」
「分かったわ そうする。  ちょっと待ってね 用意しちゃうから」
パタパタと走り出し 二人分のお風呂セットを用意してきました。



二人の妻 42
桐 10/27(土) 20:48:41 No.20071027204841 削除
「あの……」

江美子は気になってバーテンダーに問いかける。

「この前ですが、私、酔っ払っておかしなことを話していませんでした?」
「いえ」

バーテンダーは再び微笑して首を振る。

「お客様の会話は聞かない様にしていますので」
「そうですか……」
「どうかされたんですか?」
「なんだか、酔っ払って、その……とてもプライベートなお話をしたような気がして……後悔していたんです」

バーテンダーは少し考えるように首をかしげていたが、やがて口を開く。

「でもたぶん、ご心配は要らないと思いますよ」
「えっ」
「お客様は店の中ではとてもしっかりされていました。だから私も強めのカクテルをお勧めしていたのです」
「そうですか」
「ただ、途中でお手洗いに立たれて、それから急にご気分が悪くなられたようですね。まもなく中条様に抱えられるようにしてお帰りになりました。それで、少し心配していたのです」
「そうなんですか……」

すると、自分は突然酩酊状態になったのであって、その後は少なくともバーでは麻里との会話は交わしていないということか。

それまでどうもなかったのに、急に酒がまわるということは考えられないことではない。まして、バーテンダーの作るカクテルが美味しく、もともとそれほどアルコールに強くない江美子がついつい飲みすぎてしまったとしても不自然ではない。

「麻里さん……中条さんはこの店は良く来られるんですか」
「はい、ご贔屓にして頂いています」
「あの、麻里さんは私のことに関して、何か前もってお伝えしていたのでしょうか」
「大事なお友達だからよろしくとおっしゃっていました。お料理もお酒もお好きだと」
「そうですか」

江美子は考え込む。麻里がバーテンダーに伝えたことは単なる社交辞令で、それほど意味のないことかもしれない。しかし、なぜか江美子にはひっかかるものがあった。

(わざと酔わせようとしたのかしら……でも、いったい何のために)

いや、それは考えすぎだろう、と江美子は思い直す。江美子は自分が酒に強いとも弱いとも麻里に対して伝えた覚えはない。江美子がもし酒に強ければ、数杯のカクテル程度で正体をなくすほど酔わせることは不可能なのだ。計画的に酔わせるなど、予め江美子の酒量を知っていないと出来ないことだ。

江美子がそんなことを考えていると、バーテンダーの「いらっしゃいませ」という声がする。顔を上げると麻里が微笑しながら江美子に近づいてくるところである。

「お待たせ、江美子さん」

麻里の姿を目にした江美子は、思わず息を呑む。

(髪型が変わっている──)

以前の麻里の髪型は短めの黒髪とはいえ、江美子のものとは違いウェーブが強めにかかったものだった。しかし、今は江美子の髪型とそっくりというわけではないが、かなり近いものになっている。

服装もそうである。前回会ったときはインテリアコーディネーターという職業柄か、明るめでファッショナブルな装いだったのだが、今日の服はそれに比べるとスクエアなもので、銀行の営業に就いている江美子が着るものに近い。

要するに、麻里の外観は、前回に比べて江美子に非常に似てきているのだ。

(どういうつもりなのだろう──)

江美子はすっと背筋が寒くなるような気がする。

「麻里さん、その髪型は……」

思わず江美子が尋ねると、麻里は微笑を浮かべたまま平然と答える。





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二人の妻 41
桐 10/27(土) 20:47:39 No.20071027204739 削除
あれ以来隆一との関係はぎこちない。夫婦のそんな不自然な様子が理穂にも伝わったのか、以前のような笑顔は見られない。

(このままではいけない。隆一に疑いを解いてもらわなくては)

江美子が昔、水上と不倫の関係にあったこと、そしてそれを隆一に話していなかったことから、江美子の言葉は隆一には素直に受け入れることが出来ないものとなっている。どうすれば以前のような信頼関係を回復することができるのだろう。

(いっそ、昔の不倫の償いをすべきなのか……)

水上の妻に詫びを入れ、しかるべく慰謝料を払ったら、隆一は江美子を許してくれるだろうか。

(……いや、それは駄目だ)

江美子はすぐにその考えを否定する。それは一見潔いことのように見えるが、実は単なる江美子のエゴに過ぎない。知らなくてすんだ夫の不倫を知らされた水上の妻の苦しみはどれほどのものだろうか。水上の妻から要求されるのなら別だが、こちらからわざわざ過去を暴き立て、平和な家庭に波風を立てるのは愚の骨頂だ。

(それならどうしたら……)

江美子が頭を悩ませていると、携帯にメールの着信の音がした。発信名には「中条麻里」と表示されている。

『この前のお話の続きをしませんか。金曜日、同じ時刻で例のバーで待っています』

(この前の話って……)

江美子がバーで麻里に対して「主に隆一さんとの」セックスのことまで話したという。江美子は酒に酔っていておりはっきりとした記憶がないため、いったい何を話したのか問いただしたが、麻里は口元に微妙な笑みを浮かべて言葉を濁すだけだった。

(でもこれは、いい機会かもしれない)

前回は結果的に酒の力で麻里に対して本音をさらけ出すことになった。麻里も江美子に対する警戒を解いているだろう。麻里から、隆一との別れの真相をなんとか聞き出すのだ。それによって隆一との関係修復の方法が見えてくるかもしれない。

(隆一さんに話しておいた方がいいだろうか)

今回のことは結婚前の孝之との関係を、隆一に対して正直に伝えていなかったことが原因の一つになっている。内緒で麻里と連絡を取っていることが後になって隆一に知られれば、かえって問題を悪化させないだろうか。

(いや、今はやはり言うべきではない)

江美子はそう思い直す。隆一と麻里が別れた原因については、夫婦の間のすれ違いや育児と仕事を両立し難いことのジレンマから、麻里が有川に悩みを打ち明けるうちに深い仲になったとは聞かされた。しかし、それだけでは本当のことは分からない。二人の間に何があったのか、麻里の言い分はまだ聞いていないのだ。

『心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部』

麻里の言葉が頭の中によみがえった江美子は、承諾のメールを返した。

江美子が麻里と再び会うことを決めたのは、この時、結婚前の孝之との関係を隆一に責められることが辛くて麻里との話の中から隆一の失点を見つけ、自らの立場を回復したいという気持ちがあったのも否めない。しかし、それがこの後の江美子にとって予想もしなかった結果をもたらすのだった。


その週の金曜日、江美子は指定の時間に六本木通りのバーを訪れた。少し早めに着いたため麻里はまだ来ていない。バーテンダーは江美子の顔を覚えていたのか、会釈をして声をかける。

「いらっしゃいませ。この前は申し訳ありませんでした」
「えっ」
「強いカクテルばかりお勧めしてしまって。お気分を悪くされたでしょう」
「いえ……」

江美子は首を振る。

「私の方こそ、調子に乗って呑みすぎて、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、とんでもありません」

バーテンダーは微笑する。



羞恥03
風水 10/27(土) 10:03:03 No.20071027100303 削除


 私は身体を離し
「どうした 今日は凄い感じ方じゃないの?」

 妻は思い出した様に話し出します。
「脱衣籠の前で服を脱ぎだした時ね・・・  ご主人の視線を感じたのよ」
「ちょっと恥ずかしかったけど 銭湯なんだから当たり前って思うようにしたんだけど 
 視界のはじっこにご主人が見えるのよねぇ  ジーパンを脱いでから・・・」

 妻はつばを飲み込み一息ついて続けます 右手はまだ元気な私の一物をさわっています。
「下着を下ろした時 ゾクゾクっとした感覚が襲って来たの。」
「急いでタオルで前を隠して洗い場に行ったんだけど・・・」
「アソコ ちょっと濡れちゃってた・・・  あんな感覚初めて。」
「出てきた時も ご主人近くをうろうろするし
 ずっと見られてる気がして あわててパンツ穿く時足を上げたら・・・」
「アソコからクチュって溢れてきちっゃった。」

「あぁん 恥ずかしいよぉ」  

 裕美子の話に心臓の高鳴りを覚え
「ねぇ裕美子 おまんこ開いて見せてごらん。」
「あーん 見たいの? あなた」
 両足を軽く開き ためらいがちに両手が淫唇をくつろげます。
クチュっという淫靡な音とともに 先ほどまで私が入っていた秘穴が顔を覗かせます。
幾重にも重なった肉壁がピクピクと蠢いていました。

 久々に見る妻の秘穴を凝視しながら
「いやらしいおまんこだな 裕美子」 
「見える? 中まで見てるの?  ぁぁぁ」
「クリちゃんも 剥いてごらん。」
「ああぁぁぁ・・・」
 裕美子の両手の人差し指がクリトリスの皮を剥きあげ 小さめのピンクの小粒が露出します。
今まで開いていた両足が自然に閉じ 太股に力が入り 
いつのまにかその指が 控えめに しかしリズミカルにクリトリスを刺激しています。

「裕美子 そのままオナニーで逝く所見せて!」
「いやぁぁ 見ないでぇ    あぁーん また いきそぅ・・・」
つま先までがピーンと突っ張りました。

 私は右手で一物を上下させながら 妻が他人に裸を晒している事を想像しました。
妻も自分の恥ずかしい姿を見られた事を思い出しているはずです。

「逝っていいよ よーく見ててあげる」
「あなたぁ だめぇー いっちゃいそぅ いく いく いいぃぃ」
 自らの刺激によって2度目の絶頂を迎える妻を見ながら 妻の太股に久々の白い精を放ちました。



悪夢 その86
ハジ 10/27(土) 00:42:00 No.20071027004200 削除

 秋穂の目が暗く深く沈んでいきます。吸い込まれるようだった瞳からは潤いが失われ、硬く干上がっていく―――。
 妻は立ちくらみに襲われたようにその場にしゃがみ込みました。

 今更ながらにその言葉に秘められた威力に私は戦慄を禁じ得ません。

「案外学習能力ないんだな、あんた」

 悠然とした足取りで近づいてくる少年を前にしても、妻は顔を上げることさえできません。そして、心なしか、肩を上下させるように呼吸をしはじめていました。

「なんかトラウマでもあるのかよ。あんたの息子への肩入れの仕方は異常だぜ」

 シャックはうずくまったままの秋穂の周囲をまわりはじめました。

「まあ、こっちにとってはそれは好都合なんだけど」

 ちょうど一周したところで、シャックは秋穂のほうへ指先を伸ばしました。彼女が額に当てていた手をつかもうとしたのです。
 しかし、強引につかんだ手首は振り払われました。彼女の手は再び表情を隠すように目の位置に戻ります。
 少年は気弱げに微笑みました。

「いいよ、あんた―――。でも、いきがっていられるのも今のうちだよ」

 再度、秋穂のまわりをシャックは周回しはじめます。今度は半周もしないうちに足が止まりました。

「おしおきだよ」

 少年は年齢の割りにニヒルな笑いを口もとに刻んでいました。

「オナニーしろよ。先生の感じているところ、もっと俺たちに見せてくれよ」

 秋穂のくちびるが渇きを訴えるようにゆっくりと開きました。



「これほどまでとは―――さすがに興醒めだな」

 息を殺すようにして、ディスプレイをのぞいていた羽生がそこから目をはずしていました。
 太り気味で本来は暑がりのはずの彼が汗ひとつかいていない。その彼が妻を見る目は辛辣かつ冷ややかなものでした。

「女が性に貪欲になるのは結構だが、壊れていく姿を鑑賞する趣味は私にはない」

 羽生に正面から見据えられて、私は全身からドッと汗が噴き出すのを感じました。

「―――もっとも、すでに手遅れかもしれませんが―――」

 しかし、体調とは別に私は羽生の言葉を比較的冷静に受け止めていました。

「役不足は承知のうえで、あなたが彼女を止めてやるべきだ。言っておくが、それは私や校長の役目ではないし、これ以上恥を晒したところで我々の同情を買えるわけでもない―――」

 このときの私は羽生のことを小うるさい蝿程度にしか思っていなかったのかもしれません。彼の説得に耳を傾けるふりをしながら、画面から目を離すことができなかった。誰にも邪魔されたくなかったのです。

「さあ、はやくタオルを投げるんだ」

 一向に彼の言葉を聞き入れない私に、羽生が苛立ったように声を上げました。もちろん、私は取り合いません。
 秋穂がこれからおこなう全てを見届けるつもりです。それを彼女が望んだから―――

 背後で靴が床を鳴らします。さすがの彼女も平常心ではいられないのでしょうか。

「狂ってるよ―――救いのない夫婦だ」

 吐き捨てるような羽生のセリフの後に訪れる重い沈黙。
 しかし、私がみつめるのは過去の―――あの日の秋穂だけ。

 その彼女がゆっくりと頭をもたげました。



悪夢 その85改
ハジ 10/27(土) 00:36:41 No.20071027003641 削除

「舐めるな。このまま、おとなしく帰すと思ってんのかよ」

 シャックが伸ばした指先はしかし、秋穂の肩口に触れる寸前で止まりました。
 妻が肩ごしに送った冷たい一瞥―――それに少年は射すくめられたようでした。

「まだ何か用なの」
「ふざけんな。俺たちの小便まで浴びて……おまえはもう俺たちの奴隷なんだよ」

 秋穂の針のような視線を受けても、シャックは引き下がりませんでした。しどろもどろになりながらも、彼女を睨み返します。

「こっちにはあんたがやられているあいだの映像もある。なかったことにはできないんだよ」

 秋穂は半ば呆れるようにため息をつきました。

「行為には必ず結果がともなう―――そう言ったわ」

 白い美貌に厳しさを滲ませると、不思議な迫力に見舞われます。それは少年も決して例外ではないようでした。

「どういう意味だよ?」
「自分で考えなさい」

妻の冷たく言い放つ言葉に少年の顔がはがゆげに歪みます。おそらく戸惑っているのでしょう。これまで彼には自分の思い通りにならないことはそう多くはなかったのかもしれません。相手が抵抗の意志を示すと、途端に傷ついたような表情を浮かべます。

「家や職場に写真を送りつけてやる」

少年は尚も息巻いて挑発をつづけましたが、妻は無視を決め込んでいました。そのうち面倒になったのか、少年の憎悪を軽く受け流しながら泥の付いたブラウスに袖を通しはじめます。
 シャックの表情は次第に険しいものへと変わっていきました。

「教師をつづけられなくなるぞ」
「あんたがよがっている絵をネット上にばらまいてやる」

少年はせいぜい悪ぶった様子で恫喝を試みましたが、 秋穂はあくまで泰然とした態度を崩しません。
 対峙はそれ以上長くは続きませんでした。そのうちシャックは苦々しげに妻をみつめるだけになってしまったのです。



 秋穂は上半身にシャツを羽織ったあとも、しばらくそこを動きませんでした。そのとき、彼女の胸に去来する想いがなんだったのか。それを推し量ることはできません。
しかし、同じクールを装っていても妻がいつもとちがっているのは確かでした。気だるげな―――投げやりな態度から発する言葉の端々から、秋穂の気の荒みを垣間見ることができましたし、それと同程度に自らを嘲っているように私にはみえました。

 踵を返そうとした妻が訝しげに瞳を細めました。彼女の視線の先で少年が肩を震わせているのです。
 最初泣いているのかと思ったそれは実は忍び笑いを堪えたものでした。

「取り澄ましても無駄だよ、先生。あんたの弱点はわかっているんだ」

 思わず漏らしたといった感のそれはすぐに大きな声となって辺りに響きわたりました。

「浩志だよ。ヒ・ロ・シ。ヒロシちゃんのためなんだよ」

 ―――羽生の言った魔法の呪文。

「ぜーんぶ、ヒロシちゃんのためにやってんだよ」

 秋穂の目が大きく見開かれ―――剥きだしになった瞳が激しく揺れ動きます。
 まわりから景色が消えていくような錯覚。私は彼女だけをみていました。

「あんたは逆らえないんだよ」

 ひび割れた風を思わせる声。
 そのなかを黒い髪が墨のようにあたりを漂っていました。



二人の妻 40
桐 10/26(金) 23:23:53 No.20071026232353 削除
「江美子から呼び出すとはどういう風の吹き回しだ」

孝之はいつものように約束の時間を大幅に遅れて待ち合わせの喫茶店に到着すると、江美子の前の椅子に腰掛ける。

「少し痩せたんじゃないか。仕事のし過ぎは美容によくないぜ。それとも愛する亭主が寝かせてくれないか」

孝之はニヤニヤ笑いながら江美子を見る。スーツのスカートの裾の辺りに孝之の視線を感じた江美子は、苛立たしげに膝を閉じる。

「水上さん、あなた、この前私が言ったことを忘れたわけじゃないでしょうね」
「どういうことだ」
「夫におかしなメールを送り付けているのは、あなたじゃないの?」
「おかしなメール?」

孝之はけげんな顔付きをする。

「どんなメールだ」
「私とあなたが、まだ付き合っているようなメールよ」
「俺がそんなものを送るはずがないだろう」

孝之は口元に笑いを浮かべる。品のない笑いだ。この男は昔からこんな笑い方をしただろうか。

「この前江美子に脅されたせいで気が弱い俺は震え上がった。そんな恐ろしいことはしない」
「写真もついているわ」
「写真だと?」

孝之は眉を上げる。

「どんな写真だ」

孝之に聞かれて江美子は口ごもる。

「ふん、言いにくいところを見ると、人には見せられないようなものか。なにか卑猥な写真だな」
「違うわ」

江美子は慌てて否定する。

「隠しても無駄だ。昔から嘘が下手だな。この前俺を引っかけて盗み録りしたのは江美子としては上出来だ。しかしそれはそれとして、疑われるのは心外だな」
「私にあんな手紙を送ってくるくらいだから、疑われても当然でしょう」
「どんな写真だか知らないが、俺の手元には江美子との写真は残っていないぜ。それに、そもそも一度江美子の裸を撮ろうとしたら、思い切り拒否したじゃないか」
「あなたはメールも写真も送っていないというの?」
「当たり前だ。それに俺は江美子の亭主のアドレスも知らん」

孝之はそう言って首を振ると、珈琲を一口すする。

「本当ね? 嘘を言っていたらこの前の事を実行するわよ」
「そんなことをしたら江美子だってただじゃすまないぞ。俺とのことが亭主にばれてもいいのか」
「馬鹿ね。もうばれているのよ」
「……」

孝之はじっと江美子の顔を見る。

「メールに送信人の名前が入っていたのか?」
「はっきりとではないけれど、あなたを思わせるようなものがね」
「それじゃあ尚更だ。江美子との関係は俺にとって切り札だ。どうしてその切り札を、無駄に使わなきゃならん?」
「……」

確かに孝之の言う通りだ。孝之は江美子との昔の関係を隆一や理穂にばらすということをちらつかせながら、江美子と関係を持ちたいのであって、ただ単に江美子に嫌がらせをする理由はない。もともと自分の得にならないことは興味がない男である。

「わかったわ、呼び出したりしてごめんなさい」
「せっかくだからこの後食事でも付き合わないか」
「冗談はやめて」

江美子はそう言うと伝票を取り上げ、レジに向かう。背中に水上の視線を感じながら江美子は店の外に出た。江美子は孝之に対する疑いを完全に解いた訳ではないが、今日話した感触では白に近いグレーといったところである。孝之でないのなら、一体誰があのようなメールを隆一に送ったのか。



二人の妻 39
桐 10/26(金) 23:22:54 No.20071026232254 削除
「……いえ」
「その後どれくらい続いたんだ」

駄目だ、全部知っている。もうごまかすことは出来ない。

「……一年くらいです」
「その間、水上の奥さんや子供に悪いとは思わなかったのか」
「もちろん悪いとは思っていました。早くやめようと……」
「嘘をつくな。本当に悪いと思っていたらどうしてそんなことが出来る」
「水上さんが、夫婦生活はもう破綻していると言ったから」
「それを信じたのか。本当はどうだったんだ」
「……破綻していませんでした。私と付き合っている間に次のお子さんが出来て……結局それが別れる決定的なきっかけに……私、馬鹿でした」

隆一は土下座をしている江美子にじっと悲しげな視線を向けている。

「麻里も有川にそう言っていたそうだ。俺との夫婦生活は破綻していると。おまえは有川や麻里と同じ種類の人間だ。平気で人を裏切ることが出来る」
「……そんな……違います」
「どこが違うんだ。おまえがやったことと有川がやったことは男と女の立場を変えれば全く同じだろう。違うのはおまえは水上の奥さんにばれなかったが、有川は俺にばれた」
「隆一さん……」
「いや、違うところは他にもあるな。有川と麻里は俺に償いをしたが、おまえと水上は水上の奥さんに何の償いもしていない。そういう意味ではおまえ達の方がたちが悪い」
「そんな……」
「江美子、おまえは不倫相手のことも恋人というのか?」
「えっ」
「この前水上からメールが来た時、おまえは水上のことを昔の恋人としか言わなかった。不倫の関係にあったことを隠していたのはなぜだ」
「……」

隆一の追求に江美子は言葉を詰まらせる。

「隆一さんに……嫌われたくなかった」
「俺は嘘をつかれるのが嫌いだ」
「嘘をついた訳ではありません」
「夫婦の間で、大事なことを黙っているのは嘘をついているのと同じだ」
「隆一さん、聞いてください」

江美子は必死な目を隆一に向ける。

「私が水上さんと不倫の関係にあったのは事実です。でも、最初は水上さんが結婚していることを本当に知らなかったのです。さっきもお話したとおり、知ったのは彼との結婚を意識した、付き合い始めてから一年ほどたってのことです」

「そこできっぱり彼との付き合いをやめるべきでした。私に対して一年もの間、大事なことを話していなかった彼が、今さら奥様とは破綻している、いずれ離婚するなどと言っても信じるべきではなかった。それは頭では分かっていたのです。そう出来なかったのは私の未練です。その時の私は彼を本気で愛していたのです」

「隆一さんの言うとおり、確かに私は不倫の罪を犯しました。奥様に償っていないと言われればその通りです。でも、私は私で苦しんだのです。その後ずっと男性不信になり、結婚も諦めていました。でも、隆一さんに出会ってから私は変わりました」

「事前にお話しておくべきでした。でも、その時はそれがそれほどまでに重いことだと思っていなかった。隆一さんと奥様の離婚の原因が、奥様の裏切りにあるとは知らなかった。もし知っていれば……」

駄目だ、何を言っても言い訳になる。私は本当は何を言いたいんだろう。

「私はあなたを愛しました。本当は、私の醜い過去が知られることであなたに嫌われたくなかった……」

そこまで言った江美子は振り絞るような声で泣きじゃくる。

「……今は本当に、水上とは何もないのか」

江美子はこくりとうなずく。

隆一はしばらく黙ったまま江美子を見下ろしていたが、やがて口を開く。

「すまないが、江美子の言うことをすぐに信じることは出来ない」
「隆一さん……」
「乱暴なことをして悪かった」

隆一はそう言うと寝室を出て行く。残された江美子は裸のまま床にしゃがみこみ、いつまでもすすり泣いていた。



卒業後 19
BJ 10/26(金) 21:41:44 No.20071026214144 削除

 虚空から手が伸びている。
 ―――白い手が。
 私に向かって伸びている。
 救いを求めるように。

 私はその手を握り返さなければならないと思う。
 私はその手を握り返さなければならないと思う。

 けれど石の彫像と化したように、私はその場から動けない。
 いや、本当はそうではなく―――


 ―――私は目覚めた。
 眼前に妻の顔があった。私をじっと見ている。
「・・・おはよう」
 昨晩の気まずさを押し殺しながら、私は努めて普段の口調で言った。
「おはようございます。・・・それ」
 妻は私の肩先についた傷を指差した。
「私が・・・噛みついた傷ですか?」
「気にしなくてもいい。俺が悪いんだ」
「本当です。あなたが悪いんですよ」
 つんとした口調で妻は言い、腰を上げて部屋から出て行ったが、すぐに救急箱を抱えて戻ってきた。
「もう傷は塞がってるよ」
 私の言葉を無視して、妻はベッドに上がりこんで消毒液を浸したガーゼを傷口に付けた。
「沁みますか?」
「いや」
 妻の髪の香りがする。
 その香りに誘われるように、ついさっきまで見ていた夢の中の光景を思い出した。
 あれは幻想でも何でもない。
 去年の夏、天橋立の宿で現実にあったこと―――なのだ。
「早く顔を洗って支度しないと、会社に遅れますよ」
 ガーゼを絆創膏でとめて、妻は立ち上がる。
 もう一度、私の顔を見た。
「どうかしましたか?」
「ん・・・何でもない」
「そう。早く起きてくださいね」
 出て行く妻の後ろ姿を見送りながら、私は起き上がった。

 リビングには遼一の姿があった。
「おはよう、伯父さん。―――眠そうだね」
「おはよう。遼一は朝に強いな。昨夜は何時ごろに寝たんだ?」
 ダイニングテーブルに皿を並べていた妻が、ちらりと私を見た。
 遼一はけろりとした顔で「分からないな。伯父さんの書斎、時計がないもの。でもそんなに遅くじゃないよ」と答えた。その顔を見るかぎり、昨夜私と妻の間に起きたことには気づいていないらしい。
「いちいち時間を気にする生活が嫌いでね。時計はあまり置かないんだ」
「僕も嫌いだけど、学校の試験には制限時間があるからね」
 大人びた表情で遼一は答え、立ち上がって妻を手伝いだした。

 夏の盛りに外回りの仕事はこたえる。
 取引先の会社から一歩出た途端に額に浮き出した汗を拭って、駐車場に停めた車へ急いだ。むし暑い車内に入り、クーラーのスイッチをひねる。
 吹き出す冷気が身体の正面ばかりを冷やす。

 来月はもっと忙しくなるだろうな。

 私は思い、憂鬱な気持ちになった。九月には転勤―――といっても短期だが―――があるので、来月末は現在の仕事の引継ぎも含め、雑務に追われることになるだろう。
 それに―――片付けなければならない問題は、仕事だけではない。

『試験には制限時間があるからね』

 ふと今朝の遼一の言葉を思い出した。ちょうどそのとき、懐の携帯が鳴った。
 赤嶺だった。
「今、大丈夫か」
 低く艶のあるバリトンが耳元に響く。
「ああ。何だ?」
「第一声から不機嫌そうな声で迎えてくれてありがとう。このところ無沙汰していたから拗ねているのか」
「勘違いもはなはだしい推理だな」
「そうかね。奥さんに関しては的外れでもないんじゃないのか? 俺に会えなくて淋しがってはいないか?」
「・・・あいにくだが、普段お前の話なんかしないよ、俺たちは」
「ふうん。相変わらずの夫婦ごっこを続けているってわけか。奥さんも大変だね」
 夫婦ごっこ。
「何が―――言いたいんだ?」
「別に。言葉のアヤだよ」
 あっさりと赤嶺は答える。
「無駄話をしている時間はないから切るぞ」
「今年の夏休暇の話をしたい」
 私が吐き捨てた言葉にかぶせるように、赤嶺は話を切り出した。
「夏休暇?」
 私は口中の唾を飲み下した。
「ああ。信州に行くという話だったろ」
「―――その件だが」私は低く言った。「悪いけど、キャンセルにしたいんだ」
「どうして? 急な仕事でも入ったか」
「違う。お前には言っていなかったが、今、甥っ子が家に来ている。あと一ヶ月は家にいる予定だ。だから家を空けられない」
「甥っ子はいくつ?」
「15歳だ」
「なんだ。そんなに大きいなら家に大人がいなくても平気だろ」赤嶺は呆れたように言った。「15歳といえば盗んだバイクで走り出してもおかしくない歳だぜ」
「面白くもない冗談だな。―――そんなわけにはいかない。妹の息子を預かっている以上責任があるんだ」
 赤嶺はしばし沈黙した。
「―――怖いのか」
 不意に受話器から飛び出してきた言葉に、私は思わず「えっ?」と声を上げた。
「今頃になって怖くなってきたのかね。このまま俺たちの関係を続けていくことが」
「・・・・・・・」
「だから、わざわざ甥っ子のことを持ち出して旅行をとりやめにしたいんだろう」
「違う。そうじゃない」
 声を荒げる私に動じる様子もなく、受話器の向こう側から赤嶺の含み笑いが聞こえる。
「そうかね。何ならお前が残って、奥さんだけ旅行へ来ればいいさ。後でたっぷり話を聞かせてやるよ」
「ふざけるな。俺の休暇中の話だぞ」
「だからってお前と俺で二人旅してもしょうがないだろ」
 くすくすと赤嶺はまた笑った。
「それにしても煮え切らない男だよ、お前」
「・・・・・・・」
「それに肝心なところでどこか抜けているのも昔からだな」
「―――何が言いたいんだ」
「別に旅行の機会などとらえなくても、俺は会おうと思えばいつでも奥さんに会えたんだぜ。今までずっと」

 携帯を持つ私の手が震えた。

「お前は疑問に思わなかったのか?」
「・・・何を?」
「奥さんのカラダのことだよ」
 妻の、カラダ―――
「どんどん感じやすく、ちょっとした刺激でもすぐにオルガスムを迎えやすくなっているだろ?」
 昨夜の妻を思い出す。
 肩の傷が―――疼く。
「月に1、2度の俺とのオアソビ。それだけで女のカラダがああも変わるものだと思うか? 不自然だとは思わないのか?」
 それはつまり―――
「会って―――いたのか? 妻と」
 私のいないところでも。
 そんな―――
「そんなバカな、と思うか? 奥さんは今でもお前を愛していて、お前のことを決して裏切らないと信じているのかね。それはムシのいい話だな。今までさんざん奥さんを裏切っておいて、それでも向こうから裏切られることはないなんて」

 ―――私はあの白い手を握り返さなかった。

「あの奥さんのことだ。お前に愛想を尽かしていても、露骨に態度に出すことはないだろう。だけど、お前だって感じていたのじゃないか? 奥さんの変化を」

 ―――この一年、妻は私の前で感情を露わにすることがほとんどなくなった。

「お前の前ではそうかもしれない。抑えているんだろうな。俺と二人だけのときは泣いたり怒ったり、もっと人間らしいよ。俺相手じゃ変な見栄も遠慮も通じないからな。―――どーせ、もうとっくにすべて見られているんだし」
「――――――」
「俺もそんな奥さんのほうが好きだよ。生身の女って感じでね。可愛くて可愛くてもっと苛めてやりたくなる。お前がいるときも最近はいい声をあげるようになったけど、本当はあんなものじゃない。ずっと激しいのさ。一度昂るととめどないんだ。そんな情態になってしまえば、どんなことでもしてくれるしね。・・・実際、可愛い女だよ、奥さんは」

 もうやめてくれ。

 心の叫びは声とならず、言葉は私の胸で死に絶えた。
 私が黙ると、赤嶺もまた黙った。
 そのまま一秒、二秒と時間が過ぎる。
 不意に―――
「どうだ。今の話は楽しかったか?」
 そんな声がした。
「冗談だ、冗談。嘘っぱちだよ。お前に隠れて奥さんと会ったことはない」
「・・・・・・・」
「冷や汗でもかいたか。急に黙りこんじまって。相変わらず、すぐに騙されるな」
「―――心臓に」私はようやく胸の奥から声を引っ張り出した。「心臓に悪い冗談を言うな!」
「おおげさな奴だな」
 また、くっくっと赤嶺は笑った。
「さて、俺もそろそろ仕事に戻らなにゃならん。話が脇道に逸れちまったけど、信州行きのこと、考えておいてくれ」
 じゃあな、と赤嶺は言い、それから最後に付け足した。
「甥っ子の遼一君にもよろしく言っておいてくれ。せいぜい受験勉強を頑張ってくれとな。俺のような大人にならんように」

 電話が切れてからも、私はしばらく呆然と車の座席に沈み込んだ。
 言葉にならない違和感が私を覆いつくす。
 今、赤嶺は何と言った?

『遼一君』『受験勉強』

 なぜ―――あいつが遼一の名や受験のことまで知っているのだ?

 最後に赤嶺に会ったのは、遼一がまだ家に来ることが決まっていなかった頃で、それ以前にも以後にも遼一のことを話題にしてはいない。
 けれど、あいつは知っていた。知っていながら、とぼけていたのだ。
 知らず知らず肩の傷を押さえていた。今朝、ベッドの上で妻はその傷をガーゼで覆い、絆創膏でとめた。私は静かに身を任せて、妻の流れるような黒髪を見ていた―――

 誰かが遼一のことを赤嶺に話した。そして、その誰かとは妻以外にはありえない。





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千代に八千代に
信定 10/26(金) 16:32:10 No.20071026163210 削除
第二十九章

 復興から漏れた場所が所々点在するが、役場周辺はきれいに整備されていた。
前から比べると見違えるほどだ。
「あの、私ちょっと聞いてきます」
「聞くって、何を?」
「すぐに戻ってきます。それまでここで待っていてください。お願いします」
千代は真摯な眼差しを庄次郎に向けた。
庄次郎が了解すると下唇を噛みながら頭を下げて走り出す。
役場の中に消えるまで千代の後ろ姿を見つめていた。
ババ様のところで居候をしているとき、千代の走る姿を見て美しいと思った。
そしてその姿に密かに疼きを感じていた。

 身の危険から山中に逃げ込み方向を見失ったせいもあるが、任されていた鉱山を放り投げた後ろめたさは常にある。
多くの人が行き交う道で庄次郎は佇んでいた。
全ての人が自分を見ている気がする。
行き交う人々を盗み見るが、誰一人こちらに視線を向けていない。そしてホッとする。
それでも自分の視線から外れた人たちが、こちらに目を向けている気がする。
杞憂であることは分かっているが、顔を俯かせ帽子のツバに隠し、忙しなく動かしている自分の目に気付きハッとする。
誰も庄次郎に目を向ける者などいないし、ましてや感心を持つ者などいるはずもない。

 千代が入っていった役場の方角にずっと視線を向けていたが、目の前に千代がいた。
いつの間に・・・・・・
今まで何を見ていたのだろう。
「登録は自己申告だそうです」
「え、どういうこと?」
庄次郎は戸惑った。
「あの震災で書類が全部焼失してしまったそうです。もう一度住民票などを作り直してるそうです」
「焼失、全部・・・・・・」
「はい、ですから庄次郎さんの登録証の原本は焼失して無いそうです」
「無い・・・・・・俺のが、無い・・・・・・」
信じられない出来事に庄次郎は唖然とした。

 千代が言っていた事はこれだったのだ。
何という洞察力。自分は気付きもしなかった。
千代の目は真っ直ぐ庄次郎を見つめている。
役場に二人で入る前に千代は一人で入った。
確認の意味もあるが、庄次郎が考える時間を作り出すためだった。。
重い枷を背負っている愛する者への思いやりだ。
”千代はどう思う?”
声に出す寸前で思いとどまった。
千代に聞くべきではない。
千代は答えないだろう。いや、答えられないのだ。
庄次郎に委ねているから。身も心も。

 母は本当は自分を朝鮮国籍にしたくなかった。
祖父母にはその事は言えず、仕方なしに自分の籍に入れた。
そうだろうか?
母からの告白を受けた祖父母は、自分を日本国籍にしたらどうかと提案した可能性もある。
そうに違いない。
だが、母は敢えて息子を朝鮮国籍にしたのかもしれない。
もちろん母国を誇り思っているからだ。

 朝鮮国籍であることが知られると、やはり幼い子にとっては辛いことになる。
将来の問題もある。
母は、そして祖父母は、そのことをひた隠しにしていた。
母の死後、祖父母は庄次郎を密かに自分の籍に入れた。

 朝鮮人の夫を持つ日本人の妻が幸せになれる時代ではない。
庄次郎は決意した。
書類に名前を書く手が震えた。
櫻井庄次郎。
櫻井千代。旧姓藤村千代。
たった今から日本人となった。
なんという呆気なさ。
清々しい気持ちの裏に、後ろめたい気持ちはある。
どちらかというと後者の気持ちが強い。
天国の母は何と言うだろう。
果たしてこれで生まれ変われるのか。

 かろうじて震災から難を逃れた長屋はそこにあった。
ここへ足を運ぶのも目的の一つだった。
中央に井戸もある。
新生活の第一歩を踏み出した地である。
庄次郎が十年以上も生活をしてきた安住の地でもあった。
三年ちょっとしか経っていないが、胸に懐かしさが込み上げてきた。
「全く変わってないじゃないか」
「ここに住んでいたのですか・・・・・・のどかな場所ですね」
感じ入った様子の庄次郎に、ここには初めて来た千代も感慨深い声で反応した。
「うん、川も近いし、なかなかいい所だよ」
庄次郎は河川の方角に細めた目を向けた。
震災の時、あの川は多くの人を呑み込んだ。
殆どの人が助からなかったはずだ。庄次郎は目を瞑り冥福を祈った。
そう言えば、あの時の子供たちはどうしているだろう?
ちょうど自分の目線くらい背丈の千代を振り返る。
「ここは庄次郎さんの故郷と似ているのですね」
「え、どうして分かるの?」
はにかみながら少し唇に笑みを浮かべ、目線を庄次郎の目から胸にゆっくりと落とす。
「顔を見て、なんとなくです」
そんな千代を見る庄次郎は驚きの顔であった。

 震災の難を逃れ、そのまま帰ってこない人もいた。
こんな恐ろしいところ住めるわけがない、と言って多くの人が出て行った。
震災後は復興作業で多忙を極め、庄次郎も長屋に帰れる日は少なかった。
戻れたとしても夜遅くで、疲れ果て寝るだけだった。
震災のあと、ずいぶんと人が入れ替わったのだろう。
何人か長屋に住んでいる人を見かけるが、知った顔はいない。
向こうも胡散臭そうな顔でこちらを見る。
夫婦連れと思われる夫の方は、振り返ってまで千代を見ている。
あんた、と言う妻の叱咤の声が聞こえた。
叱られた夫は照れくさそうに、こちらに向かってチョコンと頭下げた。

「あの一番端に住んでいたんだ」
庄次郎の示した指先の方向を見る。
「鉱山に行く前に引き払ってね」
愁いを帯びた瞳を揺らし、ため息混じりに言った
「空き室じゃないみたいですね」
千代がそう言ったのは、ガラガラと音を立てて庄次郎の住んでいた引き戸が開いたからだ。
手拭いで頬被りした庄次郎よりずっと年輩者と思われる、小柄の男が勢いよく飛び出してきた。
酒を飲んでいたのか、顔がほんのり赤い。
懐にしまい込んだ両手の掌だけを袖口からだし、男はそれをヒラヒラさせて、
体を左右に振りながら、軽やかな足取りでこちらに向かってきた。
「あらよっ」という掛け声と共に、道ばたに落ちている壊れた桶をヒョイと飛び越えた。
その男を見て庄次郎の胸が震えた。



羞恥02
風水 10/26(金) 11:19:57 No.20071026111957 削除

「どうした? 珍しいんじゃないの。」
 どちらかというと淡泊な妻から求めてくる事など めったにありません。

 妻は私のパジャマのズボンに手を入れ 萎えた状態の一物を静かに上下させながら
「だってぇ・・・ お風呂屋のご主人に見られちっゃたし・・・」
「なんかね いやらしい目で見られてた気がするの。」

「銭湯なんだから普通じゃないの  他にもお客さん 居たんだろ? ご主人も見慣れてるはずだよ。」
 私は言いながら 妻の下着に手を差し込みます。
驚いたことに 妻の秘唇はすでに濡れています。

「ちょうど私が脱衣室にあがって来た時 籠の片づけしながら 回りをうろうろするのよ。」
「背中向けてたけど・・・ 前も見られちっゃたかも。」

「なんだ おまえ 見られて興奮したの?」

「だってぇ・・・ けんの同級生だし」
「学校とかで会ったら どうしょぅ。」

 私は正直 ドキッとして 眠気が覚めました。
銭湯とはいえ 妻が他人に裸体をさらし その状況を思いだして興奮している。

 この瞬間 私の心の中の何かが蠢き出したのです。

「どれ 俺にも見せてよ」
 私は妻の下着を脱がせます。
陰毛の薄い妻の秘唇は足を閉じていても上の方が覗いています。
「裕美子は毛が薄いし おまんこも見られちっゃたかもよ」

「いゃん・・・ どうしょう。」

 足を開かせると 妻の淫唇は明るい照明の下で濡れ光っていました。

「今頃 風呂屋のご主人 裕美子の事 思い出してたりして・・・」
 私の言葉に妻は反応します。
「あぁぁ いゃん。   あなた 舐めてぇ」

 妻の反応に 私は確信を持ちました。
今まで妻の中に隠れていた性を解放するもの それが羞恥だった事に。

 妻のクリトリスを舐めながら
「裕美子 今度一緒に風呂屋行こうな。」
「旦那に俺も挨拶しておくし おまえも また裸見せてあげなよ」

「あぁーん あなた 平気なの? 私が見られても。」

「うーん 平気じゃないと思う でも正直なんか興奮する。」
 正直に話します
「他人がおまえの裸を見て オナニーなんかしたら めっちゃ興奮すると思う。」

「いゃーん あなた入れてぇー 早くぅ!」

 限界まで興奮状態の一物を裕美子の中に一気に埋めます
「あぁーん なんか今日のちんちん おっきぃ!!!」
 あっという間に妻は絶頂を迎えました。



二人の妻 38
桐 10/25(木) 21:55:30 No.20071025215530 削除
その言葉に江美子は諦めたように唇を開く。笠の張った隆一の亀頭が江美子の口中に押し込まれていく。

「もっと気を入れて嘗めろ。江美子の舌技は風俗嬢並みじゃなかったのか」

江美子の目尻からポロポロと涙がこぼれ落ちる。恨みがましい目で見上げる江美子に、隆一は決めつけるように言う。

「この男の時も、そんな風にいやいやしてやっていたのか。どうなんだ、江美子」

そんなことを言われても、隆一の怒張で口の中を塞がれた江美子には答えようがない。隆一が催促するように腰を突き出し、肉棒の先端で江美子の喉の奥をぐいと突く。

「ごほっ」

江美子が咳き込み、隆一の肉塊を吐き出す。隆一は江美子の頭を苛立たしげに押さえ付け、口内に再び肉棒を押し込む。

「ごほっ、ぐっ、ぐふっ……」

激しく咳き込む江美子の口の端から泡のような涎が噴きこぼれる。江美子は涙と涎でその顔をどろどろにしながら、隆一から強いられる苦行から一刻も早く解放されようと、必死で舌を使う。

「うぶっ」

その努力の甲斐あってか、ようやく隆一に射精感が訪れる。隆一の腰部がブルブル痙攣したかと思うと、江美子の口内が生臭い隆一のもので満たされる。

「吐き出すんじゃないっ! そのまま口の中に溜めているんだ」

江美子は命じられるまま、込み上げる嘔吐感を必死でこらえ、隆一のものを受け止めている。ようやく射精が終わり、隆一は江美子から肉棒を抜く。

「口を開けて見せてみろ」

人形のようになった江美子は静かに口を開く。江美子の舌の上には大量の白濁がたまっている。

「そのまま飲み込め」

江美子はゴクリと音を立てて飲み込む。あまりの汚辱に肩先を小刻みに震わせていた江美子は、やがて声をあげて泣きじゃくる。

「ひどい……ひどいわ……隆一さん」

江美子はしゃくり上げながら隆一に抗議する。

「水上さんとのことは昔のこと。全部終わったことなのに、どうして信じてくれないの。私をそんな女だと思っていたの?」

隆一はそんな江美子を冷めた目で眺めていたが、しばらくたって口を開く。

「江美子、水上という男のことで俺に隠していることはないか?」
「えっ……」
「俺と知り合う前に江美子がどんな男とどんな風に付き合っていようが俺にどうこう言える筋合いはない。それを言い出せばバツイチで子持ちの俺の方が分が悪いに決まっている」
「……そんな」
「しかし俺は不倫はしなかった」
「……」
「水上との付き合いは、誰に対しても恥じるものではないものか? ええ、どうなんだ」
「それは……」

詰問するような隆一の口調に江美子は愕然とする。隆一は知っている。自分が妻子ある男と付き合っていたということを。

「答えろ、江美子」
「ごめんなさい」

江美子はベッドから降り、床の上に頭を擦り付ける。

「私、知らなかったんです。水上さんに奥様やお子さんがいたということを。後になって聞かされました」
「それならそうと聞かされてから、すぐに付き合いをやめたのか」



二人の妻 37
桐 10/25(木) 21:54:48 No.20071025215448 削除
「もう一枚残っているぞ」
「許して……」
「素っ裸になれと言っただろう」
「お願い、せめて電気を消して」
「駄目だ」

隆一の声に江美子は諦めたようにパンティを引き下ろす。江美子の頬に一筋、二筋涙がしたたり落ちる。

「嘘泣きしやがって」
「嘘泣きなんて、ひどいわ……」
「有川との関係がばれた時の麻里もそうだった。俺の前でメソメソ泣くばかりで……泣いていれば男はそのうち許してくれると踏んでやがる」
「そんな……私は違います」
「何が違うんだ」
「私は、隆一さんを裏切っていません」
「それが本当かどうか今から調べてやる」

隆一は江美子の手を強く引く、いきなりベッドの上に引き倒す。

「何をするのっ。乱暴しないでっ」

隆一は両手で江美子の両腿の付け根を押さえ付けるようにすると、鼻先を江美子の秘部にうずめる。

「やめてっ!」

あまりのことに江美子は両肢をばたつかせる。

「男の匂いがするかどうか、調べてやっているんだ。じっとしていろっ」

江美子は必死に身体の動きを止める。シャワーも浴びていないままで隆一のその部分の匂いを嗅がれるのは死ぬほど恥ずかしい。隆一は鼻先を江美子の秘裂にすりつけるようにしていたが、やがて顔をあげ、今度は江美子の上半身に近づける。

「キスマークがないか調べてやる」
「私は……潔白です」
「口先だけで騙されるのはもうたくさんだ」

隆一は江美子のうなじから胸元、乳房、腹部、脇腹と言った辺りをまさになめるように点検する。ようやく確認し終えた隆一は江美子に「背中を向けろ」と告げる。

「な、何をするの」
「言うとおりにするんだ」

隆一の目が狂気を帯びているようで、江美子は恐怖さえ感じながら言われたとおりにする。隆一がうつ伏せになった江美子の双臀をいきなり桃の実を割るように両手で押し開いたので、江美子は悲鳴をあげる。

「い、嫌っ」
「じっとしていろといっただろうっ」
「で、でもっ、あんまりですっ」

露わになった江美子の肛門に、隆一が鼻先を擦り付けて行く。江美子は毎朝便通があるが、マンションのトイレはその部分を洗浄出来るタイプであるためほとんど汚れていないはずだが、それでもシャワーも浴びないまま排泄器官を隆一の目の前に晒す羞恥は言語に絶するものと言ってよい。

この時の江美子の頭には、隆一の行為は自分が隆一に苦しみを与えているためだという自覚はほとんどない。どうしてこんな恥ずかしい、屈辱的な目にあわなければならないのかという怒りに似た思いに満たされているだけである。

隆一はいったん江美子の身体から離れると、せかせかと服を脱ぎ始める。江美子はベッドの上でうつ伏せになったままハア、ハアと荒い息を吐いている。素っ裸になった隆一は江美子の豊満な尻をパシリッと平手打ちする。

「嘗めろ、江美子」

江美子は顔をあげ、脅えたような目を隆一に向ける。

「この男にしてやったように嘗めるんだ」

嫌々と首を振る江美子の唇に、隆一が屹立した肉棒を押し付ける。

「この男にはしてやれて、俺には出来ないというのか」



羞恥01
風水 10/25(木) 19:33:31 No.20071025193331 削除
 息子の中学入学に合わせこの町に越してきて 荷物の整理が一通り済んだ最初の日曜日 
私は朝から久々のゴルフに出かけ 夕食を済ませ 午後10時頃帰宅しました。
アルコールとゴルフ疲れで11時には寝室でビールを飲みながらテレビを見ていました。

 Tシャツとスウェット いつもの色気の無い格好でベッドに入ってきた妻・裕美子が言います。
「ねぇ 今日 夕ご飯のあとね けんと一緒に近所のお風呂屋さんに行ってきたのよ。」
 [けん] は私たちの一人息子健太 出来の悪い12才。 

 うとうとしていた私は タバコに火をつけ 一息大きく吸い込み眠気を追い払いながら
「昔ながらの風呂屋みたいだね。どうだった?」

「私もけんも 銭湯って初めて行ったわ。」

 私は子供の頃よく銭湯に行きましたが 妻もけんも一度も行った事が無く 
この家を初めて見に来た時から 
「いい雰囲気の銭湯が近くに有るし 引っ越してきたら一度行ってみたいわ。」
と 言っていた事を思い出しました。

 妻は続けます
「でね 番台のご主人に 『近所に越してきました矢野です よろしくね。 
 そっちが今度○○中学に入学する息子です』 って一応あいさつしたら・・」
「ご主人のせがれさん けんの同級生なんですって。」

「へー けんも友達これから作るのに ちょうどよかったじゃないか。」
 私はほんの軽い気持ちで答えました。

 妻は布団の中で私の方に向き直り 私の下半身に手を伸ばしてきます。
「ねぇあなたぁ・・・ ちょっとさわっていいでしょ。」

「えっ???」
 ちょっとびっくりして妻を見ると 
ほんのり上気した顔を私に向け 右手を私のパジャマに入れてきました。


 私は東京近郊の某市に暮らす ありふれた中間管理職50才  妻裕美子 専業主婦38才 一児の母 
仕事の関係でこの町に越してきて6年が経ちます。
 以前は郊外の公営住宅に住んでいて 私たち夫婦の性生活もごくありふれたものでした。
セックスレスと言うわけでも無く 月に1〜2回のペースで極めて淡泊な夜の生活を送っておりました。

 妻は年齢相応の 派手でも無く かといって生活疲れの見える地味な主婦でもありませんでした。
ただ 若くして子供を産んでるので 息子の同級生の母親の中ではもっとも若い方でした。

 こんなどこにでも居る私たち夫婦の6年間の話です。
 
 駄文ではありますが 暫くおつき合いくだされば幸いです。



二人の妻 36
桐 10/24(水) 21:45:32 No.20071024214532 削除
「どういうことか説明してくれ」
「これは……」

言葉に詰まる江美子に、隆一がメールの本文を見せる。

『今日も奥様をいただきました。相変わらず奥様の舌技は風俗嬢並で、あっと言う間にいかされてしまいました。奥様も寝取られ男のチンポより、僕のチンポの方が美味しいと何度も言いながら喉の奥まで使って咥え込んでくれました。水』

メールの本文も衝撃的であったが、もっと驚いたのは添付されている写真での江美子の髪の形と色が今のものと同じだったことである。メールの文章はさらに続く。

『追伸:前回は間違えて、昔の奥様の写真を送ってしまいました。今回の写真が現在の奥様のものです。水』

(嘘だ)

水上との関係は五年前に終わっている。こんな写真を撮られることはありえない。

また、水上と付き合っている時も、江美子はこのような写真を撮らせた記憶は一切ない。こんな写真が存在する訳がないのだ。

「江美子、説明してくれ」
「これは……嘘です」
「嘘だと?」
「デタラメです。こんなことはあり得ません。私は隆一さんを裏切ったことはありません」
「それならどうして水上という男がこんな写真を持っているんだ。前回の物は髪形が違うから、昔の写真だろうということはわかる。しかし、これは今の江美子だろう」
「……」
「それとも、水上と付き合っている時にも、こんな髪形をしていたのか?」
「いいえ……」

江美子は首を振る。こんなところで嘘をついても意味がない。隆一が当時の江美子を知る人に確認すればわかってしまうかもしれないのだ。

「私は、今の髪形にするまでは大きく変えたことはありません。あの時は本部勤務だったので、髪も明るい栗色でした」
「それなら、これは今のものじゃないのか」
「こんな小さな写真ではわかりません。デジカメで撮った写真は後で色の修正が可能だと聞きました」
「苦しい言い訳だな」

隆一が口を歪め、江美子を見つめる。

(疑われている……)

状況から判断して仕方ないとは言え、隆一が自分に対する信頼をなくしているという事実が江美子の心に突き刺さる。夫婦の信頼というものはこんなに簡単にが失われていくのか。何があろうが妻を信じるという気持ちにはならないのか。

「今日はどうして遅くなった」
「残業です」
「本当か」
「本当です。上司に聞いてもらってもかまいません」

隆一は少し考えるがやがて首をかしげる。

「そんなみっともないことができるか。同じ銀行で女房が働いていて、その上司に対して女房の素行確認をするなんて、いい笑い者だ。江美子も出来るはずがないとわかっていてそんなことを言うのだろう」
「そんなこと……」
「服を脱げ」
「えっ?」
「聞こえなかったか? 服を脱げと言っているんだ。全部脱いで素っ裸になれ」
「大きな声を出さないでください。理穂ちゃんに聞こえます」
「えらそうに俺に指示をするな。愚図愚図言わずに脱ぐんだ」

隆一がこんな風に怒鳴るのを、江美子は初めて見た。江美子はショックで顔を引きつらせながらジャケットを脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始める。

ブラウスを肩から外し、スカートを降ろすと江美子は下着のみの半裸となる。

「全部脱ぐんだ。素っ裸になれといっただろう」

江美子は恨みがましい視線を隆一に向けるが、すぐに目を伏せ、パンティストッキングを脱ぎ、ブラジャーを外す。



二人の妻 35
桐 10/24(水) 21:44:21 No.20071024214421 削除
次の週の半ばになっても、江美子は孝之に連絡が取れないでいた。

いや、こちらから連絡をしていないのである。あの後落ち着いて考えてみたが、孝之が今になって江美子の卑猥な画像を隆一に送ってくるのはいかにも不自然である。確かに孝之は卑劣な人間だが、半面小心で計算高い。自爆テロのような愚かな振る舞いは孝之にはどうにも似つかわしくないのだ。

さらに江美子には、孝之からあのような写真を撮られた記憶はない。子供の付き合いではないのだから孝之とは肉体関係があったし、彼に妻子がいると判明するまでは恋人だと思っていたから、行為の後で寝入ってしまうことはあった。その際にあのようなしどけない姿を撮影された可能性はないとはいえない。

しかし、孝之の軽躁な性格上、そういったことをしたら江美子に対して黙っていられないのではないかと思うのだ。

それに江美子が見せられた二枚の写真、そのうち下半身を撮影したものは江美子のものだとは限らない。ネットから拾ってきた卑猥な画像を送ってきただけかもしれない。

(孝之でないとすると、いったい誰が……)

残業でかなり遅くなった江美子は会社から帰る電車の中で、窓に映る自分自身の姿をぼんやりと見つめながら考える。

だからといって孝之以外の「犯人」も江美子には思いつかない。江美子に対して、または隆一に対して恨みを抱いている人間がいないか思い巡らせてみたが、見当がつかない。また、もしそうならもっと直截的な方法をとるのではないかとも思うのだ。

(ひょっとして……)

江美子は麻里の顔を思い浮かべる。

麻里なら出来るだろうか──江美子はその可能性を考える。

先週の金曜に、うかつにも酒に酔って麻里のマンションに泊まったとき、寝顔を撮影された可能性はある。それを麻里は、自分の携帯を使って隆一の携帯に送ったのではないか。

(しかし、それなら『水』と記されていたのはなぜ? どうして孝之さんと私の関係を知っている?)

麻里は江美子が酒に酔って「主に隆一とのセックスの話」をしたと告げた。その時は水上との不倫の関係まで喋ってしまったかと慌てた江美子だったが、いくらなんでも自分がそこまで自制心を失うとは思えない。

(それに、メールに添付されていた写真の髪の色が栗色だったことが理屈に合わない)

もし麻里が自分を撮影したのなら、当然髪の色は今のもの──黒であるはずだ。ウィッグを使って撮影すれば、栗色の写真も撮れるが、そんなことをしたら少なくとも現在は江美子が水上と関係を持っていないことを証明しているようなものである。

(いずれにしても、私と隆一さんの関係に水を差したい人間がいることは確かだ)

確信が持てない以上、こちらから動くのは禁物だ、と江美子は考える。水上との関係について隆一にきちんと話せていないのは、江美子にとってウィークポイントでもある。

(いずれは話さなければならない。だけど、今はその時ではない。今の隆一さんは、麻里さんがと久し振りに再会し、おまけにそれが自分から麻里さんを奪った有川さんと一緒だったからかなり動揺している)

結論がでないまま家に着く。玄関に隆一の靴があるところを見ると、先に帰っているようである。

「ただいま」

声をかけるが返事がない。江美子が戸惑っていると、寝室から隆一が顔を出した。隆一の顔は今朝見た時と比べてすっかり憔悴していたので江美子は驚く。

「隆一さん……」
「入れ」

隆一に促されて江美子は寝室に入る。

「さっきまたメールが届いた」
「えっ」

驚く江美子に隆一が携帯を突き付ける。そこには裸の江美子がうっとりと目を閉じ、硬化した男の肉棒を咥えている写真が表示されていた。





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千代に八千代に
信定 10/24(水) 14:06:56 No.20071024140656 削除
第二十八章

 横山から仕事についての講義を受けて会社の概要は分かった。
いわゆる商社であり、いろいろなことを手広く行っている会社である。
船舶関係の機械部品、広告、食品、繊維など何でもありだ。
道路工事の人足や紡績工、または鉱夫として送り込む作業人の手配なども行っていた。
今で言う人材派遣のような仕事である。
また、原材料などの輸出入も行っている。
駅で見かけた異国人とのトラブルはこれだろう。

 道路工事や鉱山などの仕事で扱ってきたせいもあり、重機については横山が目を丸くするほど庄次郎は精通していた。
社長も頼もしげに庄次郎を見つめていた。
「これは良い人材を得たぞ、横山」
そう耳打ちした。

 庄次郎にとってまさに好運であり、感謝してもしきれないほどだ。
だが雇って貰うには言わなければならないことがある。
自分が朝鮮国籍であることを告げなくてはならない。
社長や横山に何度か告げようとしたが、機会を得なかった。
というより、言い出せなかったのだ。
だが恩人に対して嘘をつくわけにはいかない。
偽ったとしても戸籍を見れば分かる。
これにより今回の話は御破算になる可能性もある
そのことを千代に話すと、「そうですね・・・・・・」と言い、俯いたまま少し押し黙った。
二、三回繰り返された弱い瞬きは、整った細い睫毛を揺らした。
やや細めていた切れ長の目がしっかりと開いた
「言うのは待ってくれませんか。私に少し考えがあります」
千代は顔を上げ、庄次郎の目を見つめた。
「考え・・・・・・どんな?」
庄次郎は驚いた顔で聞いた。
「それは秘密です」
少し視線を落としてそう言った千代は、庄次郎の胸に顔を埋めた。

 しばらく屋敷で暮らしてはどうか、と言う社長の提案はさすがに固辞した。
町の少し外れに集落が散開した閑静な場所がある。
横山の推薦もあり、そこの平屋の一軒家に落ち着くことになった。
長屋でも良いと言ったのだが、横山が譲らなかった。

 数日の間、社長の家で厄介になり、横山に探して貰った家に入った。
前に住んでいた人が大切に使っていたため、少々年月は経っているが外観も内装も思った以上に荒れてない。
物は何もないので部屋の中はガランとしたままだが、ここが生活の拠点となる。
千代と二人の新生活が始まるのだ。
期待とそして漠然とした不安とがない交ぜとなる。
陰の気持ちはできるだけ千代には悟られないようにしたい。
ババ様から預かった大切な人だ。
何としても幸せにしたい。
千代と二人で幸せな人生を歩んでいきたい。
「お掃除しましょうか」
千代の弾んだ声が聞こえた。

 引っ越した次の日に新品の家財道具が運び込まれた。
「これはどういうことです!」
驚いた庄次郎は荷物を運ぶ人足の後ろから指示をしている、腕まくりで頭に手拭いを巻いた横山に問いただした。
「これは社長からです。どうぞ、お受け取りくださいませ」
額の汗を拭う横山は、庄次郎の剣幕にたじろぐ。
「受け取れるわけがないですよ」
千代も呆れた顔で庄次郎と顔を見合わせている。
「ご結婚のお祝いでございます」
「ここまでしていただくわけにはいきません。どうぞお引き取りを」
「で、では、こうしましょう。お二方のお給金から天引きにと言うのは。あの、ほんの少しずつ」
こういったことでは横山はなかなか強引な男だと言うことが分かった。
庄次郎と話している合間も人足に指示を与え、家の中にさっさと家具を運んでしまった。
運び終えると横山は手を振って慌てて帰っていった。
ありがたいというのが正直な気持ちである。
ここは甘えることにした。
天引きと言っていたが、そうしないような気がした。
身の回りのことを考えて、仕事は数日後からとなった。
しなければならないこと、また、したいことがあったので、そんな横山の配慮はありがたかった。

 故郷を捨てて東京へ出てきた庄次郎は転籍届を出してあった。
本籍を東京に移してあった。
横山のツテで家屋を借りたため、謄本が必要となった。
会社からもそれは請求されているため、庄次郎は千代を連れて東京へ向かった。
そして何より千代を自分の籍に入れなくてならない。
嬉しいことでもあったが、気が重いことでもある。
そのことを昨夜話し合ったが、朝鮮人の妻となることに千代は全く意に介していない。
庄次郎の籍に入ることを純粋に喜んでいた。
そして、そのことで千代に考えがあるという。
いったいどんな考えがあるというのだ。

 東京は庄次郎の人生の再出発の拠点である。
自分を見知っている人間がいやしないかと緊張しているせいもあり、
久方ぶりの東京の空気は肌にピリピリと感じられる。
庄次郎は帽子を目深にかぶり直した。

 未曾有の大災害から三年ほどしか経っていないが、町の様相はすっかり様変わりしている。
東京だけでも七万人以上の死者と三十万戸以上の家屋が焼失した。
そして流言により、罪もない多くの朝鮮人が惨殺された。
一家皆殺しのケースも多数あったという。
全て震災以後のことである。
壊滅的状態からこうも早く立ち直ることができるとは誰が予想しただろうか。
人類とはげに逞しい生き物であるということを庄次郎は改めて痛感した。
惜しむらくは将来の車社会を過大に想定すべきことだった。

 庄次郎自身も生死を彷徨った悲惨な状況からこうして生還している。
全てはここにいる千代のおかげだ。
「人が多いですね」
千代は驚きの声を上げ辺りをキョロキョロと見回している。
地方と違い、人の多さは桁違いだ。
「紛れ込んだら誰が誰だか分からないですね」
そう言う千代に庄次郎は微笑んだ。



卒業後 18
BJ 10/23(火) 22:31:21 No.20071023223121 削除

 遼一がやって来てしばしの日が流れた。

 平日の昼間は自宅のマンションで妻と遼一ふたりきりだ。私以外の人間とふたりだけで生活することは今までの妻にはなかったことだが、それなりにうまくいっているようである。

 その夜、私は遅く家に帰った。
「遼一はもう寝た?」
「部屋にいます。まだ勉強しているのじゃないかしら」
 受け取った背広をハンガーにかけながら、妻は答えた。
「遼一君は本当に努力家で、勉強熱心で、見ていていつも感心してしまいます。本当は近くに勉強の分からないところを教えてあげられる人がいるといいのでしょうけど。私にはとても無理だし・・・」
「あいつなら一人でなんとかするよ」
 あっさりと無責任な発言をする私。妻の瞳に少しだけ非難の色が映る。けれど、それを悟らせまいとするようにせかせかと動き、背広の皺を伸ばしてクローゼットに閉まった。
「・・・中学三年生ならまだまだ遊びたい年頃でしょうに、どうしてあんなに頑張れるのかしら」
 独り言を言うように、妻の背中が呟いた。
「遼一は昔から気を遣う子だったからね。自分のためというより、母親の京子の期待に応えるためにやっている部分が大きいんじゃないかな」
「無理をしている―――ということですか?」
「なんでそんなふうに極端にとるかな。遼一は賢いし、自分の力量をよく知っているようだ。期待に応えられる力が自分にあると思うからやっているんだろう」
「でも―――そうやって周囲の人も“あの人なら大丈夫”とばかり思いこんで、そのことが結果的に本人のプレッシャーになってしまうということもあると思います」
 私はようやく妻の様子が普段と違っていることに気づいた。いつになく感情を露わにしている妻。こんな妻を見るのは久しぶり―――ほとんど一年ぶりだった。
 私はしばし沈黙した。妻自身、自分がいつもと違っていることに気づいたのか、不意に暗い表情になった。
「―――ごめんなさい」
 小さく言って、妻は部屋を出て行った。

 私が帰ってくる少し前に湯をいれかえたらしい風呂につかり、ゆったりと四肢を伸ばした。
 風呂の中で考えた。
 遼一という名の日常が私たちの生活に入り込んでくること―――
 京子から息子を預かって欲しいと頼まれたとき、引き受けようと私が思った理由―――
 それは次第に崩れていく日常のバランス感覚を回復させようという、内面からの働きかけだったかもしれない。

 風呂を出て、寝室へ戻った。妻はすでに床につき、ぼんやりと天井を見ていた。何故だろう。近頃の私はこんなふうに物思いに耽っている妻を見るたびに、何とも言えず落ち着かない気分になる。

 赤嶺とは6月に会ったきり、しばらく交流が途絶えていた。けれど、そんなことは無関係なのだ。彼の存在は常に私たちの日常に深く食い込み、非日常との境界を曖昧にする。
 現実感が溶けてなくなっていく。これが赤嶺の言う私にとっての悦びなのか、私が心の底で望んでいたものなのか。それすらも曖昧にぼやけて、絶え間ないフラッシュバックが白刃のように私の脳裏に閃き、乱舞する。
 最後に会った神戸の夜、赤嶺に言われるままに私は妻を残し、部屋を出た。何ともいえない圧迫感でいっぱいの私とは対照的に、赤嶺は悠然とラウンジで酒を飲み、普段そのままの口調で笑い、話した。
 ホテルの部屋へ戻った。妻は私たちが出て行ったときそのままの体勢で吊られ、失神していた。秘部に埋められていたバイブレータは、妻の意識がなくなると同時に抜け落ちて床に転がっていた。周囲の床には大量の愛液が隠微に濡れ光っていた。
『どうも最近、失神癖がついたようで困るな』
 苦笑とともに赤嶺は言い、ようやくのことで妻の自由を奪っていた縄をフックから外した。妻の瞳が薄く開いた。『約束を守れなかったな』赤嶺はむしろ優しげな口調で言ったが、妻はもう何も考えられない様子で気だるげに頸を振った。そして、また瞳を閉じ、自分から赤嶺の頸に腕を回して口づけをした―――

 そのときの光景を思い出して、無意識のうちに低く呻いていた。傍らの妻が私を見た。
 腕を回して妻の胸に触れた。妻は目をドアのほうに向けた。遼一がいる、と言いたいのだろう。しかし、私は無視した。あくまでじっとしている妻の右手を取って、私の股間に導いた。すでに熱を持っているその部分を握らせる。妻は黙ったままもう一度私を見て、2、3度まばたきをした後、諦めたようにゆっくりとその部分をさすり始めた。

 闇の中で白く冷えた手が私の欲望を撫でる。私の心を撫でる。妻はそのまましばし手の愛撫を続けていたが、私の硬度が最高潮に達したとき、ひっそりと躯をずらして口に含んだ。

 横たわったまま私は、妻の頭が上下するのを見つめ、私の一部に妻の舌がからむのを感じた。奉仕、か。文字にすればなんと厭な言葉だろう。しかし、今、私は妻に奉仕させている。赤嶺の顔が闇に浮かぶ。あの男はセックスの始まりと終わりに必ず妻に奉仕をさせる。

 苦しいのがイイのだ、と赤嶺は言った。妻に対する赤嶺の責めはどんどん激しくなる。赤嶺に責められているときの妻は本当に苦しそうで辛そうで、普段の彼女にはありえないくらいに泣き叫ぶこともあって、私のほうがしばしば怖くなる。でも本当に怖いのは、その苦しみから解放され、赤嶺の手によって高みを極めるときの妻の貌である。吊り上がらんばかりに見開かれた目、ひくひくと痙攣する鼻孔。その瞬間、現世との繋がりがふつりと切って落とされたように、妻の顔は妖しいような微光にかがやき、さっと色づく。相が変わる、とはあんな状態のことを言うのだと思う。私はとても不安になる。そのまま妻が赤嶺とともにどこかに消えてしまうのではないかという、ありえない妄想の虜になる。そのくせ、肉体のほうは猛っている。天上人と化す妻とは裏腹に、私は徹底的に地べたを這いずりまわっては、いつまでも乗りこなすことの出来ない矛盾の泥のなかで濁っているのだ。

 横たわったまま手を伸ばして妻の顔に触れた。私を咥えたまま、黒目がちの瞳が私を見つめる。この瞳を同じような体勢で赤嶺はもう何度も見ている。私は強い憎悪を感じる。そして今この瞬間、その憎悪の矛先は赤嶺ではなく妻を向いていた。
 妻を引き寄せ、強引に服を脱がせる。妻は必死な目でドアの外を見て「駄目」と言う。けれど私の意識にすでに遼一の存在はなかった。無理やりにネグリジェをまくりあげ、ショーツをずらして妻の中に指先を入れた。
 花びらをかきわけ、幾重にも折り重なった花層をまさぐる。妻の身体はどこもひんやりとしているのに、この部分だけはいつも熱い。
 赤嶺に抱かれるようになって、妻の躯は変わっていった。私に抱かれるときも、どうしてこんなに感じているのだろう?と不思議になるくらいの反応をしばしば見せるようになった。時には愛撫を少しして、挿入した瞬間に達してしまうことがある。こんなに異常なほどの感度でありながら、赤嶺とのときは簡単に気をやらせてもらえない。常に昂りをコントロールされ、とろ火で炙られるような状態に留められる。妻にとってはそれだけで拷問めいた感覚であるようだ。逆に言えばその繰り返しが、今の妻の感じやすさに繋がっているのかもしれない。

 今も妻は緊張した状態にありながら、性器に触れる私の指に敏感に反応して、冷静さを失いつつあった。声を出せない状況で、息ばかりが荒く、熱くなる。そして私の身体の上に折り重なるように崩れた。

 息を喘がせながら、妻は垂れ落ちた前髪をかきあげた。私を非難するような、哀しんでいるような漆黒の瞳。どうしてそんな顔をするのだろう。
 こんなに感じているのに。
 不可解な怒りを覚えながら、妻を裏返してのしかかり、挿入した。私のそれがはいった瞬間、妻の喉がくうっと鳴った。もう十分に妻のそこは溢れていた。熱い肉の襞がからみつく。肉の輪が私をぎゅっと締めつける。私たちは繋がっていた。
 叩きつけるように腰の動きを繰り返した。妻の顔が歪み、がぶりと私の肩に噛み付いた。声をあげないための必死の策だった。それでも私は獣の動きをやめない。妻の歯が食い込み、気をやる寸前で最も深くなってから、がっくりと離れた。

 暗い室内にはぁはぁという息の音のみがこだまする。
 妻は意識を失って、シーツの海に沈みこんでいた。

『どうも最近、失神癖がついたようで困るな』

 闇の中から男の声がする。
 妻の歯型がついた肩口から、血が流れていた。



卒業後 17
BJ 10/23(火) 22:12:08 No.20071023221208 削除

 手術が決まり、遼一が夏休みに入る頃を選んで、京子は入院した。

 京子が入院したその日、見舞いがてら病院から遼一を私の家へ連れ帰った。
「でも、久しぶりだな。伯父さんのお宅にお邪魔するのも」
 私の家のあるマンションへ向かう車の中で、助手席に座った遼一がぽつりと言う。
「少し前まではよく来ていたものだけどな。遼一も、お母さんもね」
「伯父さんの家、好きだよ。いつも綺麗だし。うちなんか母さんがテキトーだから、いつもけっこうごちゃごちゃしてる」
 言いながら眉をしかめて見せるその仕草は、言葉とは裏腹に母親の京子によく似ていた。15歳。まだ幼い少年っぽさも残っているとはいえ、この年頃の子供には似合わない知性的な瞳をしている。顔立ちも両親のいいところばかり受け継いで、形良く整っていた。
「遼一はモテそうだな。学校の女の子にきゃーきゃー言われてるんじゃないか」
「きゃーきゃーって表現が古いよ、伯父さん」遼一は可笑しそうに笑った。「それに、そんなことないよ。だいたい、僕のほうも興味ないもん」
「女の子に?」
「そう。まだガキなのかな」
 この歳で自分のことをガキだと自己分析出来るガキはいないだろう。つまり、遼一は同い年の女の子では子供っぽすぎるように感じているのではないだろうか。―――余計なお世話だが。
「伯母さんは元気にしてる?」
「ん? 元気だよ。前と変わりない」
 言いながら、無意識にハンドルを堅く握りしめていた。
 窓の外を流れる初夏の木々の色が眩しい。
「懐かしいな。この辺りの景色」
 窓を開けて風を浴びていた遼一が呟くように言った。
「懐かしいというほどには昔じゃないだろう。最後に来たのは一年とちょっと前くらいじゃないか」
「15年の人生からしたら、一年前はけっこうな長さだよ」
 真面目な顔で遼一は妙な理屈を言う。私は思わず声を立てて笑った。

「お帰りなさい。―――お久しぶり、遼一君」
 私とともに自宅のマンションへ足を踏み入れた遼一に、妻は優しい微笑で出迎えた。

 妻の実家とも疎遠な私たちが唯一まともな親戚づきあいをしているのは、京子の家くらいである。近頃は間遠になっていたが、今でも妻にとって親戚の子供として馴染み深いのは遼一くらいのものだ。遼一はバランス感覚に優れた聡明な少年だし、気持ちも優しい。私には決して言わないが、実は京子のことを苦手にしているらしい妻も、遼一のことは好いていた。
「お久しぶり、伯母さん」
 遼一は挨拶し、それからさらに何か言いかけて言葉に詰まったようだった。妻を前にしてなんだかぎこちない様子である。いつも年に似合わない落ち着きのある子なので、その様子が逆に微笑ましかった。
「どうした、遼一? いつものお前らしくないよ」
 意地悪くからかうと、妻は私に向けて子供をたしなめるような顔をして、「あなた。遼一君はお母さんのことで大変なんですから・・・・」と言った。
「まったく今日はひどい暑さだな。冷たいお茶をくれないか」
「すぐご用意します。とりあえず早く居間に入って、涼んでください。遼一君にはジュースのほうがいいかしら?」
「ジュースがいいです」遼一が答える。

 夏の暑い盛りにクーラーの効いた部屋で涼むことほど、些細な幸せという言葉を実感する瞬間はない。
 ソファに沈み込んだ私と反対に、遼一は久々に訪れた部屋を懐かしそうにあれこれ眺めていた。
 ふと―――
「これ、何ですか?」
 遼一が指差したものを見て、私はわずかに動揺した。
「ん・・・・ああ、それは天橋立の模型だよ。天橋立は聞いたことあるかい?」
「京都の名所でしょ」
「そう、去年の夏に旅行へ行ったんだ」
「伯母さんとふたりで?」
「そう・・・だよ」
 最初はたしかにそのつもりだった。赤嶺という予定外の闖入者がやってくるまでは。
 そして―――あの旅行以後、赤嶺はずっと私たち夫婦の間にいる。

 飲み物を載せた盆を抱えた妻は部屋へ入ってくるなり、私の顔を見て頸をかしげた。
「どうしたの? 変な顔をなさって」
「いや―――別に」
 曖昧に言葉を濁しつつ、私は茶の入ったコップを受け取る。
「どうぞ、遼一君」
「ありがとうございます」
「そんなに気を遣わなくていいのよ」
 窘めつつ淡く笑う妻は、まるで歳の離れた優しい姉といった感じである。

 もしも私たちに子供がいたならば、彼女はどんな母親になっただろうか。
 歳よりずいぶん若く見えるとはいえ、妻もそろそろ30代の半ばに差し掛かる。これまで子供が出来なかった原因は私にあるのか、妻にあるのか―――それは分からないが、本気で子供が欲しいと望むなら、すでに焦らなくてはならない時期である。
 私はといえば、子供はあってもなくてもよいという宙ぶらりんな気持ちでこれまでずっと生きてきて、未だにその気分を引きずっている。自分が子供を持つということに現実感が湧かないのだ。
 妻は―――どうだろうか。彼女は欲しいとも欲しくないとも言わない。
 いや、一度だけ、それらしいことを仄めかしたことがあった。あれはそう、去年の夏休暇の旅行中のことだった。以来、妻は私に子供の話題を出したことはない。
 あれは妻の本音だったのか。それともあのときの情緒的な不安感が言わせた言葉だったのか。
 判断がつかない。そして今さら、妻に聞くことも出来ない。
 今、妻はピルを服用している。



二人の妻 34
桐 10/23(火) 21:50:22 No.20071023215022 削除
「確かにこの携帯は、仕事の連絡にも使うことはあるが……しかし、もしそんなことをしたとしたら個人情報保護法違反だな」

苦笑した隆一を見て、江美子はほっと胸をなでおろす。

「江美子は昨夜、どこに泊まったんだ?」
「美弥子のマンションです」

江美子は思わず、学生時代からの友人の名を告げる。

ここで麻里の名を告げたほうがよかっただろうか、と江美子は一瞬後悔する。

(だけど、昨夜私は隆一さんに、友達のマンションに泊まると連絡をしている。隆一さんは、友達というのが麻里さんだとは思っていないだろう。ここで実は麻里さんのマンションに泊まったと告げれば、私は隆一さんに嘘をついたことになる)

ひとつ嘘をついたことが分かれば、孝之とのことも再び疑惑を招くかもしれない。

「そうか、それならアリバイがあるって言うことだな」

隆一は微笑する。

「疑って悪かった」
「信じてくれるのですか、隆一さん」
「当たり前だ。女房を信用しないでどうする。ちゃんと説明してくれたのだからな」
「ありがとうございます」

そう言いながら江美子はちくりと胸の痛みを感じる。

「しかし、その水上という男には一度釘を刺しておかないといけないな」
「それは、私がやります」
「こんな卑劣な手段を平気でとる男だ。何をするか分からないぞ」
「大丈夫です。それに、これは私と彼との問題ですから」
「そうか、江美子がそこまで言うなら……しかし、何か困ったことがあったらすぐに相談してくれ」

隆一の顔つきが穏やかになったので江美子は安堵する。

「よし、この話はこれで終わりにしよう。正直いって、この写真を見てから江美子が帰って来るまでは、嫉妬で頭が変になりそうだった」
「すみません」
「江美子のせいじゃないさ」

やはり隆一に自分の過去のことは言えない。それにしても水上はどういうつもりか。自分を甘く見ているのか。

(もう一度お灸を据えた方がいいかもしれない)

江美子は改めて水上に対する嫌悪感が込み上げて来るのを感じるのだ。


その夜、隆一は江美子の身体を求めた。江美子が髪を切ってから初めてのことである。

(前よりも激しいわ)

素っ裸で隆一に組み伏せられた江美子は、込み上げる快楽を懸命にコントロールしながらそんなことを考える。

「愛している、江美子」
「私もよ、隆一さん」
「気持ち良いか」
「……」
「気持ち良いと言ってくれ」

どうしてそんなことを確認したいのだろう、と江美子は考える。

そういえば孝之もそうだった。江美子にしきりに恥ずかしい言葉を言わせたがった。あの時は意地になって拒否していたが、そんなことで征服感が満たされるのなら付き合ってあげても良い。

(そう……隆一さんになら付き合ってあげても良い)

江美子は両腕を隆一の背中に回し、強く抱きしめながら「気持ち良い……」と小声で告げる。江美子の中に深々と突き立った隆一の肉塊がその大きさを増し、たちまち身体の奥から波のような快感がこみ上げてくる。江美子は声が漏れるのを恥らうように、その花びらのような唇を隆一に押し付けるのだった。



二人の妻 33
桐 10/23(火) 21:47:33 No.20071023214733 削除
「ちょっと話がある。寝室へ来てくれ」
「はい……」

江美子は胸騒ぎを覚えながら隆一についていく。扉を閉めた隆一は、ポケットから携帯電話を取り出す。

「この写真に心当たりはあるか?」

差し出された携帯の画面を見た江美子は、息が止まるほど驚く。そこには裸の女の下腹部が映されており、恥丘のあたりは精液とおぼしき白い液体によって汚されていた。メールには『今夜、奥様を美味しくいただきました。どうもご馳走様でした、水』と書かれている。

「どうだ、江美子」
「知りません……何かのいたずらでは……」
「それならこれはどうだ」

隆一はキーを操作し、次のメールを表示する。それにも写真が添付されており、目を閉じた江美子の顔のアップであり、口元にはやはり精液らしいものが垂れている。

『奥様はおしゃぶりのテクニックも抜群ですね、水』

メールのメッセージを読んだ江美子は、頭がカッと熱くなるのを感じる。

「これは江美子に間違いないな」
「……」
「どういうことなのか説明してくれ」
「それは……」

江美子の顔色は蒼白になり、言葉を失う。

「水」というのは水上孝之のことに違いない。しかしこんな写真は、江美子には撮られた覚えはない。孝之との情事の後、眠っている江美子に気づかれないように撮影したのだろうか。江美子は懸命に落ち着きを取り戻し、隆一に説明する。

「……この顔は、確かに私のものだと思います。でも、もう一枚の写真は……わかりません」
「すると昨夜、友達のマンションに泊まったというのは嘘か?」
「違います。これは昨夜のことではありません。写真をよく見てください」

江美子は携帯の画面を必死な思いで指さす。

「髪の色が栗色です。もし昨夜撮ったのなら、黒い髪をしているはずです」
「……」

隆一は改めて写真を見直す。

「……確かにそうだ」
「昔、私が知らない間に撮られたものだと思います」
「水というのは誰だ」
「それは……水上孝之という男性です」
「江美子の昔の恋人か?」

江美子はこくりと頷く。

「でも、彼との関係はもう五年も前に終わっています」
「……今頃になっていやがらせか」
「そうだと思います」
「しかしどうやってその水上という男が俺の携帯のアドレスを知ったんだ?」
「それは、私にも分かりません」

江美子はその時、最近水上にあったことを話すべきかどうか一瞬迷う。

(しかし、もし会ったことを話せば、どうして呼び出しに対して自分が応じたのかを隆一は疑問に思うに違いない。まだ男と切れていないか、それとも会わなければならない弱みがあったのかと隆一は考えるだろう)

(それに、孝之が隆一のアドレスを知った理由は私自身も分からないのだ。孝之と会った時、もちろん携帯電話は持っていた。私は携帯にはロックをかけていないから、メールの履歴やアドレス帳から、隆一のアドレスを知ることは可能である。しかし、私は携帯を手元から離さなかったはずだ)

「水上さんも私たちと同業ですから」
「銀行員か?」
「はい、ですから、首都銀行にも知り合いは多いはずです」
「その知り合いから、俺のアドレスを聞き出したというのか?」

隆一は首をかしげる。



二人の妻 32
桐 10/22(月) 22:00:56 No.20071022220056 削除
「すみません……麻里さんにすっかりお世話をかけてしまって」
「私の方こそごめんなさい。江美子さん、あまりお酒がお強くなかったのね。バーテンダーが随分恐縮していたわ。そうとは知らずに強いカクテルを勧めてしまったって」
「いえ、調子に乗って飲みすぎた私が悪いんです」
「とにかく、珈琲でもお飲みになったら?」
「有難うございます」

動揺していた江美子は熱い珈琲を飲んでようやく落ち着きを取り戻す。

「あの……麻里さん」
「何かしら」
「昨夜私、何を話していました?」
「何って……」

麻里は明らかに戸惑ったような表情をする。

「随分長く話したから、お互い色々なことを話したわ」
「色々なことって……」
「全然覚えていないの?」
「いえ、お手洗いに行ったあたりから……」
「そうなの」

口元に意味ありげな微笑を浮かべる麻里に、江美子は胸騒ぎめいたものを感じる。

「セックスのことよ。主に隆一さんとの」
「そんなことを話したんですか……」

麻里は依然として微妙な笑みを浮かべている。

「私はうれしかったわ。江美子さんが私に心を開いてくれたような気がして」
「具体的には……どんな……」
「本当に覚えていないの?」
「はい」
「困ったわね……」
「教えてくれませんか」
「ちょっと素面では言いにくいわ。また今度お話しましょう」

江美子は顔からさっと血の気が引くような感触を覚える。麻里は「主に隆一さんとの」と言った。と、いうことは隆一以外の男との経験についても話したのだろうか。

江美子は基本的には酒のせいで大きな失敗したことはないが、これまで多少飲み過ぎて饒舌になることはあった。麻里に対してそんな微妙な話までしたとしたら、この前のK温泉での出来事、孝之と望まない再会をさせられたこと、そして麻里そっくりの髪型のことなどで気持ちが不安定になっていたためだろうか。

(まさか、孝之と不倫の関係にあったことまでは話していないと思うけれど……)

自分がそこまで自制心を失うとは思えないが、麻里の謎めいた微笑を見ていると、ついそんな恐れを抱いてしまう。三十二歳で結婚した自分が、過去にまったく男性経験がなかったとは隆一も思っていないが、それが不倫だったとすれば話は別だ。

麻里に裏切られたことによる心の傷がいまだに癒されていない隆一が、江美子にも不倫の過去があったと知ったらどうなるだろう。孝之には「隆一は分かってくれる」と強がったが、正直言ってその自信はない。

まして、父親を裏切った母親に対して憎しみさえ抱いている理穂は、江美子が「同類の女」であることが分かったら、決して受け入れることはないだろう。自分と麻里が離婚したことによって娘を傷つけたことを悔やんでいる隆一は、理穂をとるか、江美子をとるかという選択を迫られたら躊躇なく理穂を選ぶだろう。

珈琲を飲み終えた江美子は、不安な気持ちを抱えながら帰宅する。江美子が横浜の自宅に着いたときはすでに土曜日の昼近くになっていた。

「遅かったな」
「申し訳ありません」

玄関で出迎える隆一に、江美子は頭を下げる。

「理穂ちゃんは?」
「学校だ。今日は部活動で遅くなるそうだ」
「そうですか」
「江美子」

そこで江美子は初めて、隆一の表情が妙に強張っていることに気づく。



二人の妻 31
桐 10/22(月) 21:58:42 No.20071022215842 削除
「すみません、少しお手洗いへ……」

椅子から立ち上がった江美子は急にふらつき、麻里に抱きとめられる。

「大丈夫、江美子さん」
「だ、大丈夫です」

手洗いに行った江美子は鏡の中の自分の姿を見つめながら考え込む。

(麻里さんの言うとおりなんだろうか……本当に隆一さんは私の中に麻里さんの面影を……)

鏡の中の自分の姿が、隆一に見せられたアルバムの中の麻里の顔と一瞬重なるような気がした江美子は、再び軽い眩暈を知覚する。

(いけない……落ち着くのよ、江美子)

江美子は必死で気持ちを落ち着けようとする。ふと腕時計を見た江美子は、すでに11時近くになっていることに気づき慌てる。

(隆一さんにメールを打たなくちゃ……)

江美子は携帯電話をカバンから取り出し、キーを打ち始める。その夜のその後の江美子の記憶はすっかり抜け落ちていた。


目を覚ましたとき江美子は自分が見慣れないベッドの上に仰向けに横たわっていることに気づく。下着姿の江美子は反射的にシーツを胸元まで引き上げる。

(しまった……)

ここはどこだろう。少なくとも自宅ではない。いったいゆうべ、あれから自分はどうしたのだろうか。

江美子が混乱していると、麻里が珈琲が入ったカップを持って入ってくる。

「あら、やっと起きたのね、江美子さん」
「ここは……」
「私のマンションよ」

麻里がにっこりと微笑む。

「江美子さん、昨夜すっかり酔ってしまって、とても一人では帰れそうになかったから、このまま泊まっていただいたの」
「えっ……」

麻里がカーテンを開ける。朝の光がさっと差し込み、江美子はまぶしさに目を細める。

「ごめんなさいね、私が調子に乗って泊まっていったら、なんて勧めたせい……」
「いけない、隆一さんが……」

江美子は自分が帰ってこないことに隆一が心配しているのではないかと、慌てて携帯電話を取り出し、送信メールの履歴をチェックする。

『隆一さん、ごめんなさい。つい友達と話し込んで遅くなってしまいました。今夜は彼女のマンションに泊めてもらいます。先に休んでいてください』

(これは……)

確か手洗いで携帯を取り出し、隆一にメールを打ち始めた記憶はある。しかし、こんな内容だっただろうか……。

(帰りが遅くなると打ったつもりだったんだけれど……)

次に受信メールを見る。江美子からのメールを受け取った隆一からの返事である。

『たまには女同士でゆっくり話をしてくるといい。友達にあまり迷惑をかけるなよ』

結果として隆一には心配をかけていないことがわかり、江美子はほっとする。一方で江美子は「友達」というのが実は麻里のことだということを隆一に告げていないことに罪悪感を覚える。

「大丈夫?」

麻里が江美子に声をかける。江美子はそこで改めて、昨夜麻里に対して醜態を見せたことによる恥ずかしさがこみ上げる。





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千代に八千代に
信定 10/22(月) 10:57:24 No.20071022105724 削除
第二十七章

 この洋館の内外の雰囲気から、畳の部屋があるとは思わなかった。
だだっ広い部屋の中央に、一本の大木から彫り上げたと思われる大きな膳がいくつか並んでいる。
特別に作らせた物に違いない。
その一つの膳に四人が座っている。
遅い夕食に呼ばれたのだ。
庄次郎たちは始めは断ったが、既に用意されてしまっていることと、
床に頭を付けんばかりの横山を止めるためにも、夕食に呼ばれることにした。
千代が山のようにこしらえた昼の残りの握り飯を、横山と社長はどうしても食いたいと言う。
こんな物を食べさせるわけにはいかないと始めは断っていたが、二人の熱意ほだされ手渡した。
二人は豪華な料理はそっちのけで「旨い、旨い」と連呼して頬張っていた。

「いやぁ、しかし、別嬪さんですなぁ」
社長は先ほどからそればかり言っている。
「妹さん、いやいや、娘さんかと思いましたぞ。のう横山」
「はい、聡明で美しい奥様でございます」
今日千代がいなかったことを考えると、横山はゾッとしているに違いない。
私は飲めませんからと言う千代に、横山は満面の笑みでいそいそと酌をしている。

「それにしてもご主人もそうだが、訛がまったくありませんな」
「田舎で育ったのですが、母の影響もありまして」
「ほう、母上は東京方面のお人でしたか」
「ええ、まあ・・・・・・」
庄次郎はお茶を濁した。
「奥さんも綺麗な標準語を話される」
庄次郎のことは深くは追求せず千代に顔を向けた。
「祖母がそうでしたので」
チラッと庄次郎を見る。
「ほう、そうでしたか」
「そのうち都会へ出るときのために、と言って」
横山はウンウンと大げさに頷いていた。
そう言えば、三人の中で千代だけは完全な標準語を話す。
ババ様や堀田のように訛った言葉を聞いたことがない。
今更ながら不可解に思う。
「顔も言葉も綺麗なら言うこと無しですな、ご主人。ワシが若ければ人妻といえど、こんな美人放っておかないのだが」
わはは、と豪快に笑う社長に対し、横山も口に手をやり、ほほほ、と上品に笑った。

「紫陽花が綺麗に咲いていますね。お庭にいっぱい。百合ももうすぐ咲きそう」
自分のことを褒めちぎる二人に閉口し、千代は話題を変えようとする。
「そうですな、特に雨が降った時の紫陽花はそれは見事です」
日本原産の紫陽花はのちに西洋に渡り、交配交雑を繰り返され、色や形、
大きさなど変化に富んだ多くの西洋アジサイが生まれ、日本に逆輸入されることになる。

 庄次郎はふと気付いた。
千代は紫陽花が咲いていると言った。
真っ暗で何も見えなかったが、道の左右にあったのか?
千代はあの暗闇で見えたのか、花が・・・・・・どこに?・・・・・・
庄次郎が口を開こうと思ったとき、「のう、ご主人」と社長が先に口を開いた。
この社長と出会った当初から、圧倒されるような威圧感を感じていた。
目の前に立つだけでこの男が発散する圧力に気圧された。
庄次郎は思わず姿勢を正した。
「お二方は仕事を探しておられるとのことでしたのう。どこぞであてがおありですかな?」
「いいえ、こちらへ来たばかりで、これから探そうと思います」
隣でコクリと頷く千代の顔を見る。
「そうですか、うん、ご主人はなかなか骨のある面構えをしておる。うちで働いてみる気はありませんかな?」
ここぞとばかり、横山は膝を叩く。

「えっ、あなたのところで、ですか」
庄次郎は千代と顔を見合わせる。
「ここまでしていただいて、これ以上甘えるわけにはいきません」
「奥さんも一緒にお二方ではいかがですかな。昨今、優秀な人材が不足しておりまして、我が社も例外ではありません」
社長はちらりと横山を睨んだ。
横山は慌ててポケットをまさぐっている。
額を拭うハンケチを探しているのだろう。
「いかがかのうご主人」
「それは、願ってもないことですが。優秀かどうかは別にして・・・・・・」
「いやいや、顔を見れば分かります。じゃあこれで決まりということで、のう奥さん」
「はあ・・・・・・」
当惑する千代を見つめ、横山が満面の笑みで頷いている。

「あの、お家の方はいかがいたしましょう?」
横山は手を擦りながら社長に顔を向け、おずおずと聞いた。
「そうだのう・・・・・・しばらくここに住んで貰うのはどうかの、うん、それがいい、な横山」
「は、それはもう」
もちろん自分の口からは言えないが、始めからそのつもりだった横山は、小さな体を更に小さくし、
そのうち煙が出てくるのではないかと思えるくらい手を擦っていた。

 ようやく食事が終わり、疲れ果てた庄次郎はベッドの上で大の字になる。
なんと寝心地の良いベッドだろう。体が沈んでゆくようだ。
横山に案内され、千代は風呂をいただいている。
まさに棚ぼたの話ではあるが、庄次郎は少々複雑な心境だった。
社長としては千代の語学力が欲しいのだ。
それは確かに驚くべき能力である。
そして庄次郎はそのおまけと言うわけだ。
やはり面白くない。
戻ってきた千代にそれとなくその事を話したら、
「切っ掛けはどうでもよいと思います。問題は今後の仕事の中身だと思います。庄次郎さんなら大丈夫です」
千代はきっぱりと言い切った。
石鹸の仄かな香りを漂わせ、濡れた髪で真っ直ぐ庄次郎を見つめる千代に欲情した。



卒業後 16
BJ 10/21(日) 15:53:01 No.20071021155301 削除

 両手を頭上でひとつにまとめあげられた格好で、手首に食い込んだ縄がフックに固定されている。さらに右足の膝にも縄はかけられ、斜めに別のフックに吊るされている。
 そんなふうに強制的に躯を開かされた格好で結わえ付けられた妻は、衣服をまだ身につけたままだ。しかしオフホワイトのサマーセーターはまくりあげられ、胸の上にひっかかっているばかりである。近頃、妻は胸が大きくなったように思う。ブラジャーは外されていて、白餅のような乳房の全景が露わだった。
 右足膝を胸元近くまで吊り上げられているので、水色地に白の縞模様が入ったスカートの裾は無惨にまくれている。吊られた右足、片方で体重すべてを支えている左足、どちらの足も一時もじっとしていられないように小刻みに震えていた。
 最近ショートにした妻の髪が額に浮かんだ玉の汗に幾筋か張り付いていた。ぎゅっと閉じられた瞳。私が入ってきたことにも気づいていない。鼻頭が朱に染まっている。緩んだ口元から白い歯が見え、喉奥から長く尾を引くような声が時折零れる。

「今日は長く持つじゃないか。しばらく会わないうちに感度が悪くなったんじゃないか」

 聞き覚えのある男の声が聞こえた。私の視界には入っていないが、たしかにそこにいるはずの男―――赤嶺の声だ。
「―――――いや」
 次の瞬間、妻の声が高く大きくなった。先程は朧気だった苦悶の響きが濃くなっている。吊り上げられているほうの足の踝の辺りが引き攣れを起こしたように突っ張り、腰回りがくりくりと不安定に蠢く。
「いい眺めだ。そうこなくちゃ嘘だね」
 軽やかな声がし、赤嶺の姿が視界に現れる。赤嶺は妻の前に立ち、悠然とピースを吹かしながら、目を細めて妻の苦しげな動きを見つめた。
「でもあまり体力を使いすぎるなよ。夜はまだまだ長いんだから」
「もう、少し、緩めて、ください・・・・」
 はぁはぁと喘ぎながら、切れ切れに妻が訴える。
「縄をかい?」
 けろっとした顔で赤嶺が言うと、妻は恨めしげに赤嶺を見た。その横顔にぞっとするほど凄艶なものがあって、私は息を呑まずにはいられなかった。
「落としたらいつものお仕置きだよ」
 素っ気無く言葉を吐いて、赤嶺はすっと腕を伸ばし、妻の耳たぶに触れた。妻が顔を上げる。その顔に赤嶺は顔を近づける。
 不自由な片足を爪先立ちにして、妻は赤嶺のキスを受け入れた。
 長いキスだった。いや、時間にしてはものの数十秒のことだったろうが、その数十秒は果てしなく感じた。赤嶺の手に妻を委ねることになってすでに一年近く経つ。しかし、私はまだ赤嶺と妻がキスをする光景に慣れることがない。―――たかがキスにすらそうなのだ。
 唇を合わせながら、赤嶺は妻の乳房に手をかけ、量感を確かめるように厚い掌で包み込み、揉みしだく。彫像のように静かに口づけを受けていた妻の眉間に皺が寄る。続いて赤嶺の手指は白い双丘を離れ、頭上で拘束された両腕のために無防備に曝け出された腋下に這い伸びた。
 妻はその部分の刺激に弱い。はたして赤嶺の手指が意地の悪い玩弄を開始すると、妻の眉間に寄った皺は深くなり、くぐもった呻きが洩れ聞こえ始めた。
 すぐに振りもぎるような勢いで、妻の唇が赤嶺から離れた。
「いや。そこはいや」
 肩の付け根から胸にかけてがくがくと揺さぶりつつ、妻は激しくもがいた。
「動くな。抜け落ちるぞ。いいのか、仕置きされても」
 抜け落ちる―――? 先程から赤嶺が何を言っているのか分からない。
 しかし、「仕置き」の一語は効果があった。狂わんばかりに吊りあがった目元に涙を滲ませて、妻は赤嶺を見上げた。
 その瞳に浮かんでいるのは眼前の男への憾みか。それとも媚びか。分からない。不穏な胸騒ぎを痛いほどに感じながら、私は妻の横顔から目を離すことが出来ない。
 赤嶺はそれ以上手指を触れなかった。まったく表情の変わらない顔で、眼下の妻を冷然と見下ろしている。それなのに、妻がじっとしていられたのはわずかな時間だった。すぐに腰のざわめきが蘇り、両の足首の細かな痙攣が蘇った。
 妻の頸が前に折れて、赤嶺の胸板に額をもたせかけた。荒い息を漏らしている。
「どうした?」
「もう・・・無理なの」
「何のことか分からないな」
「意地悪・・・・」
 かすかに低い濁りを含んだ声で妻は言い、弱々しく頸を上向かせて赤嶺を見上げた。
「もういきそうなの・・・・」
 妖しいばかりに色白の胸乳が喘いだ。

 そのときになって、私はようやく部屋奥に足を踏み入れた。
 入ってきた私を見ても赤嶺は意外そうな顔をしなかった。一方で溶け崩れた表情をしていた妻は、私を見ても数秒間誰か分からないようにぼんやりとしていた。やがて、瞳に光が戻り、同時に妻は顔を横に背けた。
「遅かったじゃないか」
 新たな煙草に火を点けながら、赤嶺が言う。
「お前と違って、こっちは仕事が忙しいんでね」
 憎まれ口を叩く私の耳に、ぶーんという耳障りな機械音が聞こえた。聞き覚えのある音。私は吊り上げられた妻の右足にまくられたスカートの奥を見た。淡い陰毛が覗く仄暗いその部分に、黒光りする筒状の物体の後端があった。先端部分は妻のなかに埋まっている。
 バイブレータ。先程から赤嶺の云っていた「抜け落ちる」の意味が今、分かった。
「凄いだろ。こんな姿勢でもバイブを放さずにいられるんだ。名器というやつだね」
 笑いながら赤嶺は妻のスカートに手を伸ばし、ホックを外した。
 水色に白のストライプが入った夏らしいスカートがはらりと床に落ち、妻の雪白の下半身が剥き出しになる。不細工な淫具を咥えこんだそこは、絶え間ない機械の刺激にふるふると震えていた。
「もういきそう―――らしい」
 吊り上げられた妻の下肢を撫でながら、赤嶺は私を見て言い、次に妻の顎に手をかけて正面を向かせた。
「そうだったな?」
 赤嶺に顔を押さえつけられ、こちらを向いた妻の視線はすでに宙を彷徨っていた。普段はほとんど汗をかかない彼女の額は今は汗ばんでいて、鼻頭から頬にかけて雪の日にかじかんだ子供のように紅に染まっている。
 何も言わなくても、妻が限界に来ていることは明らかだった。けれど、赤嶺はしつこく答えを要求する。
「違うの?」
 赤嶺の手が妻を揺さぶる。
 ―――もうやめろ。
 私の言葉が声になる前に、違いません、とうわごとのように妻が呟く。

 いきそう―――

「駄目だよ」
 気味の悪いほど柔らかい口調で、赤嶺は切り捨てた。
「まだ駄目だ。許さない」
 赤嶺は命令する。
 妻の身体がぐらりと傾く。
 胸元に垂れ落ちた汗の粒が、乳首の先からぽつりと落ちた。
「さて、ラウンジで一杯やらないか」
 何事もなかった顔で、赤嶺は振り返り、私を誘った。
 私は妻を見た。吊り上げられた妻の上半身は傾いたまま、乱れた髪が顔を隠している。苦し気な吐息。下半身だけが別の生き物のように、ひくりひくりと蠢くのをやめない。
「奥さんはこのままだよ」
 にべもなく、赤嶺は言う。
「・・・苦しそうだ」
「奥さんにはそれがイイんだよ。見ていて分からないか」
 魂の深奥まで見通すような目で、赤嶺は私を覗きこむ。
 その唇が動いた。
「―――お前と同じだよ」



卒業後 15
BJ 10/21(日) 15:44:42 No.20071021154442 削除

 入院するかもしれないという話を京子から聞いたのは、6月の始めのことだった。

「それでね、もしそうなったら悪いんだけど、しばらく兄さんのところで遼一を預かってもらえないかしら。他に頼める人がいなくて・・・。うちのひとは単身赴任でこっちにいないし」
 遠慮がちに京子からそう切り出されたとき、私は一瞬返事に詰まった。
「・・・・駄目?」
 私の沈黙を敏感に感じて、受話器の向こうから心配そうな声がした。
「―――いや、かまわないよ」
 私は答えた。事実、そのとき私は『それもいいかもしれない』と思っていたのだ。
「ただ、瑞希の意見も聞かなきゃならない」
「それはもちろんそうよ。私もまだ入院すると決まったわけでもないし」
「無理するな。養生できるときに養生しといたほうがいい」
「もう若くないんだから、って言いたいんでしょ」
 含み笑いしながら京子は切り返し、私も苦笑しつつ電話を切った。


 翌朝、京子の入院話を妻にした。妻は胸を両手で押さえながら話を聞いた。
 最近、妻は髪を切った。結婚してからずっと胸の下くらいまであった髪をショートボブにしたので、頸まわりがすっきりして涼しげに見える。話をする間、私はその頸から顎にかけてのラインを見つめていた。
「それでさ・・・」一旦言葉を切って、妻の瞳を真正面から見た。「もしそうなった場合、遼一をうちで預かってもらえないか、と京子から頼まれている」
 予想通り、妻の瞳が大きくなった。
「うちで・・・・?」
「まだ了承したわけじゃないけれど。瑞希の意見も聞いておかなければならないから」
 大きくなった妻の瞳が揺れ動く。
「遼一は来年N高校を受験するらしい。大切な夏休みなんだそうだ」
 妻の動揺を察しながら、あえて言葉を重ねる。こんなふうに言われてしまえば、妻の性格からして断れるはずがなかった。
「―――分かりました」
 やがて、妻はきっぱりと答えた。
「ありがとう」
「あなたにお礼を言われるようなことではありません」
「京子の代わりに言ったんだ」
 私は鞄を掴み、玄関へと向かう。妻が後ろをついてくる。
 靴に手をかける前に、私は妻を振り返った。
 妻も私を見た。私が次に言う一語を待っているのか、それともとうに予測しているのか。ただ静かに、妻は私を見ていた。
「―――じゃあ、今夜また」
 目を逸らしたのは、私のほうだった。そして私の唇からようやく発せられた言葉は、それだけだった。
 逸らした視界の片隅に、うなずく妻の顔が見える。私はドアノブに手をかけた。
「行ってらっしゃい」という声が、閉まりかけたドアをすり抜けて私の耳に届いた。


「そういえば知っています? 一年前に結婚してここを辞めていった尾関さんの話?」
 昼休み、社員食堂で飯を食っていると後輩の江川がそんなことを言い出した。
「いや、彼女がどうかしたの?」
「先月、離婚したらしいんですよ。なんでもアルコール依存症が原因とかで」
「旦那さんの?」
「いえ、尾関さんが中毒状態になってしまっていたらしいんです。最近は若い女性にもアル中患者が多いそうですよ」
「それにしたって、結婚してまだ間がないのに」
 辞めていったときの彼女の、愛嬌のある丸顔に浮かんでいた幸福そうな表情が私の脳裏をよぎった。
「新婚ほやほやのときは未来は薔薇色に思えても、いざ現実となると会社勤めよりしんどいこともあったんじゃないですか。夫婦の間でも色々あるだろうし」
 結婚したこともないくせに、江川は訳知り顔で言う。
「それは・・・・まあね」
「先輩のお宅はそうでもないですか? あ、噂を聞いたことありますよ。奥さん、かなりの美印だとか」美印とはまた古い言い方だ。「今、写真とかないですか?」
「ないよ」と言うと、江川は疑わしそうな顔をした。
「まあ、先輩は照れ屋ですからね。今度、お宅に連れていってください」
「また今度ね。―――それで尾関さんは今どうしているの?」
「親御さんが心配してリハビリ施設に入れたそうです。こんなこと言ってはあれですけど、子供が出来る前で良かったって話ですよね」
 そう口に出して初めて私にも子供がないことを思い出したのか、江川はちらりと私を見た。私は何も気づかなかったふりをして煙草に火を点けた。

 依存症。中毒。縁遠いように見えて、実はとても身近な言葉なのだろう。誰にとっても。以前、東南アジアを旅行したとき、日本でいう普通のコーヒーを飲ませる店を探すのに苦労した。私はニコチン中毒のカフェイン中毒だから煙草を吸いたくなるとコーヒーを飲みたくなるし、その逆ももちろんある。
 飛行機などで長い?禁煙を迫られた後の一本は、快楽というよりも酩酊する感覚に似ている。頭の芯がすこんと外れて足元がぐらつく。その感覚は射精したときのそれに近い。
 快楽は本質的に憂鬱な気分を含んでいる、とフランスの哲学者アランがたしか書いていた。その言葉は快楽に対する人間の根源的な恐怖を暴露している。快楽から醒めたときの空しい気分、急に露わになる剥きだしの現実への恐怖。
 いや、それ以上に怖いのは、快楽が自我を揺さぶるという点にある。自分自身を失うことは何よりも怖い。しかし、まさにそれこそが快楽の本質だ。

「先輩のところは見合い結婚でしたっけ」
 先程逸らした話題を、佐々木がもう一度掴み戻した。
「そうだよ。今どき珍しいか?」
「僕の知り合いでは他にいないですね。でも、見合い結婚のほうがうまくいくとも言いますよね。その辺り、どうなんですか?」
「何が、どうですか、なのかよく分からないが」
「またまた」
「―――まぁ、うまくいっているほうじゃないのかな」
 曖昧に答えた。江川のほうはそれをいつもの照れと受け取ったらしい。あー僕も早く結婚したい、などと呟いている。ついさっき「夫婦の間でも色々あるだろうし」などとのたまっていた人間が。
「さ、仕事に戻ろう」
 ため息をつきながら私は立ち上がり、食器を抱えた。


 仕事を終え、電車を乗り継いで神戸まで行った。
 電車に揺られながら、私は昼間聞いたかつての同僚の女性の話を思い出していた。彼女は何を想いながら酒を飲んでいたのだろう。そして今は?
 空想しているうちに、やがて思い当たる。何のことはない、これは私自身の話だ。
 滑りゆく夜を背景に、電車の窓に写る自分自身の顔を眺めた。

 ホテルに着いた。あらかじめ部屋の番号は聞いている。303号室。ロビーでエレベーターを待ちながら、私はごそごそとポケットを漁り、煙草のケースを開けて本数を確認する。
 エレベーターに乗り込む。正面の鏡にまたも見慣れた中年男の姿が映る。無意識に私はその男から目を逸らした。
 三階につき、303号室に向かう。扉の前で私はしばし佇む。煙草を吸いたいと思う。ポケットに手をやろうとするその指がかすかに震えているのが分かる。数秒間、その指を見つめた後で、私は結婚指輪を外した。
 ドアを開ける。間接照明だけの部屋は薄暗い。
 啜り泣くような細い呻きが聞こえる。弱々しく、それでいて濃密な生命の燃焼を伝える声。瞬時に私の中の何かがぐらつき、ついでに足元もぐらつく。
 ドアを閉める。ひそやかに足を運ぶ。
 部屋に入る手前で、立ち止まって室内を覗き見た。

 妻が吊られていた。



卒業後 14
BJ 10/21(日) 15:22:41 No.20071021152241 削除

 時折取り出しては眺める、一枚の写真がある。

 それは板敷きの廊下に立つ、着物を着た女の写真である。両手を前で重ね、すっと背筋を伸ばし、正面からカメラを見つめている生真面目なまなざし。女は笑みを浮かべてはいない。きつく結んだ口元は、女の切れ長の目の印象とあいまって、怒っているように見えるが、事実はそうではない。
 左側の窓から差し込む弱い光が、女の顔に微妙な陰影をつけている。
 彼女は私の妻である。そして、この写真は彼女と見合いをする前に、世話役の親戚から貰ったものだ。
 見合いをしたのは、もう五年も前のこと。当然、この写真に写っている妻は、五年前の妻である。
 当時の私は、親戚に見合いを薦められたものの、たいして乗り気ではなかった。気持ちが動いたのはこの写真を見てからのことだ。見合い写真にはそぐわない、媚びも素っ気もない女の貌はしかし端整で、ややきつい感じに写っている目には、どこか惹きつけられるものがあった。
 後に私の妻になったその女性の名前は瑞希といった。瑞々しい希(のぞみ)。良い名前だと五年前の私は思い、今の私も思っている。特にその頃はあまり未来に希望のない生活を送っていたから、余計にそう思ったかもしれない。

 私は彼女と結婚した。
 結婚してからの数年間で妻の写真を幾枚か撮ったが、妻は極端な羞ずかしがりでなかなかカメラをまっすぐ見てくれなかった。だから、この写真は妻がきちんと正面を向いている、貴重な一枚でもある。
 けれど、私がこの写真を大切に思うのには別の理由がある。この写真が記録している今よりも少し若い妻。私と出会う以前の妻。
 出会って、結婚した頃の彼女は、妻としては非の打ち所のない女性だったかもしれない。しかし、一人の女として見た場合、私には不満があった。見合い結婚であるだけに、私は夫婦となってから、妻と「恋愛」をしたかった。彼女のことをもっとよく知りたかった。だが、妻は無口で無表情で、なかなか私の気持ちに応えてはくれなかった。
 歳月が経ち、ある出来事をきっかけに、ようやく妻は私に打ち解けてくれた。そのときからしばらく過ごした日々が、今までの結婚生活で一番落ち着いた、穏やかな暮らしだったような気がする。
 その後は―――


 ・・・・けれど、今こうして過去を振り返る私の脳裏に最も鮮やかに蘇ってくるのは、出会ってから結婚した当初のあの張りつめた日々、張りつめた妻の立ち姿である。
 私はこの見合い写真を後生大事に持っている。時折、取り出して眺める。写真には結婚当初の妻の面影が色濃く残っている。この写真を眺めるとき、私は切なさに胸疼くような、やるせない痛みに苛まれるような、もの狂おしい心地になる。



二人の妻 30
桐 10/21(日) 10:45:47 No.20071021104547 削除
「それはどういう……」
「男の人は、女よりも過去を引きずるものよ」
「……」
「隆一さんが江美子さんと幸せになるためには、彼が私のことを吹っ切らないといけないわ」
「それと、私に麻里さんの髪型をさせたこととにどういう関係があるのですか?」
「わからないの? 隆一さんは無意識のうちに江美子さんに私の面影を求めているのよ」

麻里の言葉に江美子は衝撃を受ける。しかし、それは旅行中に麻里に会った江美子自身が感じたことである。

「こんなことを言うといかにも自意識過剰のように聞こえるのだけれど、本当にそう思うのだから仕方がないわ。それを隆一さんに一度はっきりと自覚させるために、こんな手段を使ったの」
「……」
「K温泉であなたと隆一さんを見たときから私にはわかっていたわ。私には妹はいないけれど、もしいたとしたらあなたのようだったと断言できるわ」
「そんな……」
「あなたも気づいているでしょう。有川さんもあなたを見た瞬間にわかったと言っていたわ。彼がK温泉で隆一さんに対してやや失礼な態度をとったのもそのせい──彼が私のことを吹っ切れていないことを気づかせたかったためなの」
「それで、麻里さんはそれについてどう思っているのですか?」
「本音を言うと少しだけ嬉しいところもあるけれど、やっぱり迷惑だわ」

そう言うと麻里はカクテルを少し口にする。

「私も隆一さんから離れて、新しい世界へ歩いていきたいの。けれど、隆一さんがいつまでも私を引きずって、理穂がそれを見て悩んでいるようでは心配だわ」
「理穂ちゃんが悩んでいると……」
「隆一さんが苦しんでいるのを見てあの子なりに悩んでいるのよ──そもそもの原因は私なのだけれど」

江美子にはそこまでは気づかなかった。理穂が江美子の新しい髪形を見た際に衝撃を受けた様子は、自分よりも父親の心の傷のことを慮ったせいだというのか。

「……どうしたらいいんでしょうか?」

江美子は麻里の方をまっすぐ見る。

「江美子さんは隆一さんを愛しているんでしょう?」
「もちろんです」
「彼から愛されているという実感はある?」
「それは……」

あると断言したかったが江美子は急に自信がなくなる。隆一が今も愛しているのは麻里ではないのか。自分を抱くことで、麻里を抱けない心の渇きを癒しているだけではないのか。

――麻里

隆一の苦しげな声が江美子の頭の中に浮かんでくる。

「……わからなくなって来ました」
「私の影がなくても江美子さんが隆一さんに愛されること、そのためには江美子さんが隆一さんのことをもっと知る必要があると思うわ」
「もっと知る……」

江美子は麻里の意図を図りかねる。

「私が隆一さんのことを理解していないとおっしゃるのですか」
「そうは言っていないわ」

麻里は首を振る。

「それでも、私は彼とは学生時代以来、離婚するまで15年以上の付き合いよ。その間には色々なことがあったけれど、今でも彼のことは一番わかっているつもりよ。江美子さん、あなたは隆一さんと会ってからどれくらいになるの?」
「……二年です」

江美子の答えを聞いた麻里は微笑む。それは余裕の笑みに思え、江美子は理由のつかない焦燥に駆られる。

「心配要らないわ。私が教えてあげる。隆一さんのことを全部」

麻里の目に、いつか夢の中で見た挑発的な色がふと浮かんだような気がして江美子ははっとする。



二人の妻 29
桐 10/21(日) 10:44:26 No.20071021104426 削除
「かしこまりました」

バーテンダーはカウンターに置かれたラム酒を取り上げ、ライムジュースと混ぜ合わせ始める。バーテンダーの巧みな手つきをぼんやりと見ている江美子に麻里が声をかける。

「江美子さんがお話したいことって何かしら」
「え、ええ……それは……」

江美子は一瞬口ごもるが、やがて意を決して話し出す。

「この髪型は麻里さんが昔されていたものと同じですよね」
「そうよ」

麻里が悪びれずに答えたので、江美子は驚く。

「どうしてそんなことを……」
「江美子さんに似合うと思ったから、次に隆一さんが気に入っていたから、その二つが理由よ」
「理穂ちゃんは麻里さんのことを思い出してしまったようでした」
「あら、そうなの?」

麻里は首をかしげる。それのどこがいけないのか理解できない、といった表情である。

「理穂ちゃんの心を乱してしまったようなのです」
「理穂はそんなことで気持ちが乱されるような子じゃないと思うけれど」

アルコールが入っているせいか、麻里の話し方は以前よりもかなりくだけた感じになっている。江美子の前にバーテンダーが出来上がったカクテルを置く。

「ペパーミントのモヒートです。ペパーミントにはリフレッシュ効果や、リラックス効果があるんです」
「あら、美味しそうね」

麻里は「私にも同じものを」と注文する。まもなく麻里の前にも江美子と同じカクテルが置かれる。

「それじゃあ、乾杯しましょう」

麻里はグラスを持ち上げる。

「何の乾杯ですか」
「あなたと隆一さんの結婚一周年のお祝いよ」
「記念日は来月です」
「知っているわ。そのときはもう一度お祝いしましょう」

(隆一さんと同じことを言っているわ)

江美子はそんなことを考えながら、仕方なく麻里と合わせてグラスを持ち上げる。「乾杯」と麻里が言いながらグラスに口をつけると、江美子も釣られてカクテルを口にするが、ペパーミントの甘さと清涼感が心地よく、一気に半分ほど飲んでしまう。

「どう?」
「……美味しいです」
「そう、よかったわ」

2人がカクテルを口にするのを確認したように、バーテンダーがカウンターに料理を出していく。フルーツトマトのサラダ、鴨のたたき、オリジナルのピザなどが並べられる。

「ここは料理も美味しいのよ。江美子さん、仕事が忙しくて夕食がまだなんじゃない?」
「はい」

そのとおりなので江美子は頷く。カクテルは飲みやすいが意外に強い。それほど酒に強くない自分が空腹時にあまり飲むと酔ってしまう。江美子は遠慮なく料理を口にする。

「美味しいです」
「そうでしょう」

確かに麻里が言うとおり、バーのつまみとは思えないほどの味である。バーテンダーが料理に合ったカクテルを作り、知らず知らずのうちにアルコールの量が上がっていく。そんな江美子の様子を麻里は楽しげに見つめていたが、やがて口を開く。

「心を乱されたのは理穂じゃなくて、隆一さんじゃない?」
「え?」

突然の麻里の言葉に江美子はたじろぐ。



悪夢 その84
ハジ 10/20(土) 19:36:48 No.20071020193648 削除
 弓削とは別に動き出した人物―――それが私でもなく羽生でもないとすれば、妻の秋穂しかいません。ただし、それはPC画面の内の話でした。

 彼女はいきなり、そこに現れたようにみえました。倒れていたはずの妻はそれくらい唐突に立ち上がったのです。
ほの暗い夜のなかに青白いからだを浮き上がらせて、彼女はしばらく、その場で立ち尽くしていました。その顔に表情はなく、突如吹き出した微風が乱れた髪を揺らします。血色を失った唇の下―――細い顎の先端を透明な雫が流れていきます。

 少年たちはおどろきで、その光景に眼を奪われているようです。
 放心した様子でたたずんでいた秋穂でしたが、やがて視線が定まるようになると、あたりに目をやりはじめました。彼女は下腹部の茂みも張り詰めた胸のふくらみも隠すことなく―――全身をさらしたまま、あくまで自然にふるまいました。

「浩志は―――」

 その一声に少年たちは互いの顔を見合わせました。彼らの眼にはさぞ妻の姿が薄気味悪く写っていたでしょう。しかし、その声は少年たちが散々聞いた声でした。

「浩志なら、まだ来てねえよ」
「―――なぜ」
「さあね。本当に場所がわからないのか、わからないふりをしているのか―――詳しいことは俺らにはわからないよ」

 得体のしれない緊張から解放されて安堵したのか、少年の声は少し上擦っていました。いつも主導権を握るシャックです。

「だけど、あんたタフだな。あれだけ俺たちに無茶されてよ。体も締まっているし、なにか、やってたのかよ」

 呆れる調子にわずかに感嘆の色が混じります。疑問に答えたのは秋穂ではなく、他の声でした。

「剣道をやっていたんだろう」
「県のいいところまでいったって」
「へえ、女剣士?だから棒っ切れの扱いがうまいのか」

 下手な冗談にまわりから失笑が洩れました。それらを黙って聞いていた秋穂がふと首を上向きに傾けました。

「そう―――」

 まるで空に答えがあるかのように。

 妻は軽く息をつくと、少年たちを等分にみつめました。思いのほか、強い光に彼らの笑みが引き攣ったように止まります。

「―――それで、あなたたちはもういいの?」
「はあ?」

 少年たちの顔から完全に笑いが消えました。

「どういう意味?」
「あんた、何言ってんの」
「―――殺すと言ったわ」

 余裕のある、しっかりとした口調で秋穂はつぶやきました。

「それで気が済んだのなら、それでもいい。でも―――行為には必ず結果がともなうものよ」

 諭すようでいて、突き放すような言い方に少年たち―――特にリーダー格のシャックは過剰に反応しました。

「なんだ。あんた、まだ姦られ足りねえのかよ」

 大のおとながぞっとするような声音です。だが、当の秋穂は露ほども揺らぎをみせません。
 ふたりはしばらく見合っているようでしたが、舌打ちとともに視線をはずしたのはシャックのほうでした。

「へっ。小便くさい女は抱けねえよ」

 彼は強がりながらも不安だったのでしょう。言った後で、まわりを見渡しました。残念ながら、同意は得られなかったようです。
 秋穂は無言のまま踵を返すと、少し歩いてから屈み込みました。肩甲骨を浮かび上がらせ、悪びれる様子もなく豊かな臀部をこちらに突き出します。

「おい、なんのつもりだよ」

 妻は引き千切られた衣類を拾う作業を止めませんでした。

「浩志が来ないのなら、ここにいても仕方ないわ。あなたたちの用はもう済んだのでしょう」

 唖然とする少年たちをよそに秋穂ははやくも腰を上げました。さすがにその場でかき集めた下着を履くことはしませんでしたが、わずらわしそうに髪をかきあげ、布の一部で手早く括ります。
 振り向きもせず、去ろうとする彼女を少年たちは慌てて、引き止めました。

「ふざけるな。あんた、自分の立場はわかっているのか」





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二人の妻 28
桐 10/20(土) 13:00:47 No.20071020130047 削除
(最悪の週末だったわ……)

得意先周りを終えた江美子はオフィスに戻る電車の中で、週末の出来事を思い出している。

しばらくして落ち着いたのか、理穂が部屋を出てくると江美子が買ってきたケーキを3人で食べた。しかし、理穂は明らかに江美子を見ないようにしており、その態度は日曜になっても変わらなかった。気を使って話しかける江美子に笑って答えるのだが、目はこちらを見ていないのだ。

めったにしないことだが、土曜の夜は江美子から隆一をベッドに誘ってみた。しかし、隆一は「今夜はその気になれない」と首を振るだけのだった。はっきりと口には出さないが、江美子の姿が麻里を思い出させるために違いない。

(いちいちショックを受けていてはやっていけないと言っていたけれど、一番ショックを受けていたのは隆一さんではないのか──)

江美子は憂鬱な気持ちでそんなことを考える。

隆一から止められているので、髪形についてもすぐに直すわけには行かない。それに、これだけ短くしてしまったらバリエーションにも限界があった。

皮肉なことに江美子の新しい髪形は、同僚や上司、そして取引先には好評だった。何人かは褒め言葉のつもりか「オードリーヘプバーンに似ているね」と笑い、それがさらに江美子を憂鬱にさせる。

(ある程度長くなるのを待つしかないわ)

そう考えた江美子が思わずため息をついた時、携帯にメールの着信音がする。送信先には「中城麻里」と表示されている。

(麻里さん……)

ざわついた気持ちを抑えながら江美子はメールを読む。

『ご紹介した美容院はいかがでした? きっと気に入っていただけたことと思います。早速ですが、理穂のことでご相談したいことがあるのでお時間をいただけますでしょうか。麻里』

(白々しい……どういうつもりなの)

江美子はカッと頭が熱くなるのを感じる。麻里は江美子と隆一、そして理穂の間に波風が立つことを楽しんでいるのか。それとも、よほどの天然なのか。

江美子は承諾のメールを打つ。まもなく麻里から、金曜の夜9時に渋谷駅近くのカウンターバーでどうかと返事がある。

(どういうつもりなのか、確かめてやるわ……)

江美子はそう思い定めると、再び麻里に了解のメールを返す。


麻里の指定したバーは、六本木通りと青山通りが交差したあたりのビルの地下1階にある。清潔感のある落ち着いた雰囲気は、女性が一人で入るのに抵抗がない。麻里はすでに到着しており、カウンターの端でカクテルを飲んでいる。江美子の姿を認めると、麻里は立ち上がって会釈をする。

「お忙しいところを急にお呼びだてしてごめんなさい」
「いえ、私のほうでもお話したいことがありましたから」

江美子は会釈を返して席に着く。

「思ったとおりだわ」

麻里は微笑みながら江美子をしげしげと眺める。

「え?」
「その髪型、江美子さんにぴったりだわ。よく似合うわよ」
「……」

邪気のない麻里の表情に言葉を失っている江美子に、バーテンダーが声をかける。

「何かおつくりしますか?」
「え、ええ……」
「ここのバーは、ハーブ入りカクテルが有名なのよ」

麻里の勧めに江美子は思わず「それじゃあ、それをお願いします」と頷く。



二人の妻 27
桐 10/20(土) 12:56:50 No.20071020125650 削除
「髪がどうしたの? 美容院に行ったのよ。前から黒くしなければいけないと思っていたから」
「こっちへ来い」

隆一に促されて江美子は寝室に入る。隆一が棚の奥からアルバムを取り出す。

「麻里の写真はほとんど処分したんだが、理穂と一緒に写っているものは残している。今はまだ憎んでいるかもしれないが、あいつにとって母親であることは変えられないのだから」

隆一はそういいながらアルバムを開く。そこには満開の桜の木の下で並んで立っている麻里と理穂の姿があった。その写真を見た江美子は驚きに息を呑む。

理穂の小学校の入学式の際に撮ったものだろう。満面の笑みを湛えた理穂の隣でスーツ姿の麻里が微笑んでいる。麻里の髪型は今のものとは違う──江美子が今日美容院でセットされたのとほとんど同じスタイルの、黒髪のショートだった。

6年半前に撮られたその写真の麻里は現在の江美子とほぼ同年齢。顔立ちが似ていることもあって、同じ髪型の麻里は江美子にとって、まるで自分自身の写真を見ているようだ。

「これは……」

唖然とした表情で江美子はその写真を見つめている。

「理穂が生まれてからの麻里は、短いほうが手入れがしやすいからといってずっとこの髪型だった。そしてこの姿で有川と関係し、俺と理穂の元を去った」
「そんな……」
「江美子はどうして髪を切った? どうして麻里とそっくりなんだ?」
「それは……」

江美子は一瞬、麻里から紹介された美容院に行ったことを話そうかと思うが、すぐに思いとどまる。

そうすると隆一はどうして江美子があの旅行の後、麻里と接触を持っているのかについて不審に思うだろう。言い訳が出来ないことではなかったが、江美子は自分の本心、つまり麻里と自分が接触することによって彼女を隆一から遠ざけようとする意図が、隆一に悟られることを恐れた。

「……ただの偶然です」
「偶然? そんな偶然があるのか」
「私、美容師さんに『麗しのサブリナ』のオードリー・ヘプバーンのような髪型にして欲しいと頼んだんです」
「『麗しのサブリナ』……」
「すみません、子供っぽくて」
「江美子はその映画を観たことがあるのか」
「えっ、ええ……昔テレビで……」
「どんなストーリーだったか覚えているか?」
「いえ」

江美子は首を振る。

「子供の頃だったので、よく覚えていません」
「ヘプバーンが演じるサブリナというヒロインが、二人の男の間で揺れ動く話だ。そのうち一人はプレイボーイで婚約者もいる」

隆一の言葉に江美子は愕然とした表情になる。

「そんな……」
「理穂は母親のことを『ヘプバーンのようだ』と自慢していたし、小学生の頃に彼女の主演した古い映画をレンタルで借りるようねだった。しかし、麻里がこの家を出て行ってからは見向きもしない」
「私、知りませんでした」
「知らないのは当たり前だ。江美子には話したこともないし、麻里の昔の写真を見せたこともないのだから」
「私、すぐにこれからもう一度美容院に行って、髪形を変えてきます」
「その必要はない」

隆一が玄関を出ようとする江美子を止める。

「理穂は少し驚いただけだ。大丈夫だ」
「でも……」
「お互いに意識しなくても、江美子と暮らしていくうちに母親のことを思い出すことはあるだろう。そのたびにいちいちショックを受けていたらこれからやっていけない」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない。偶然なんだろう? 江美子に責任はないよ」

隆一は気持ちが落ち着いたのか、江美子に優しく声をかける。それがかえって江美子は罪悪感に胸がえぐられるような思いがするのだった。



二人の妻 26
桐 10/20(土) 00:30:19 No.20071020003019 削除
「平和な結婚生活を送るためだ。俺と月に一、二度付き合うくらいかまわないだろう。かえって刺激になって夫婦生活もうまく行くかもしれないぞ」
「お断りよ。それにどうして水上さんと付き合うことが平和な結婚生活を送れることになるの?」
「旦那が江美子の過去を知っても良いのか」
「誰も知らせないわよ。私とあなたのことを知っているのは、私の方ではごく親しい友人が2人ほどいるだけ。彼女たちは口が堅いから話さないわ。あなたの方はそもそも始めから不倫だったから、誰にも話していない」
「大事な人間を忘れていないか」
「あなた自身が話すというの? そこまで馬鹿だとは思っていなかったけれど」
「恋は盲目っていうじゃないか」
「話すのなら話しなさい。彼は分かってくれるわ」
「旦那の娘も分かってくれるかな?」
「……」

孝之の言葉に江美子の頬が引きつる。

「娘は父親が引き取ったんだろう。不倫を犯した母親を憎んでいるんじゃないのか? 同じ不倫女を新しい母親として受け入れるかな」
「……脅迫するつもり?」
「俺も昔の恋人にこんなことは言いたくない。俺が以前二人の妻をもっていたように、江美子も旦那が二人いるんだと割り切れば良いんだ」
「なんてことを……」
「俺に会うためにわざわざ美容院にまで行って、江美子もその気があるんだろう。早速旧交を温め合おうじゃないか」

江美子は孝之をじっとにらみつけていたが、やがて静かに笑うとジャケットの内ポケットから太いペンのようなものを取り出す。

「何だ、それは……」

孝之の顔が一気にこわばる。

「ボイスレコーダーよ」
「……」
「あなたの言ったことが脅迫にあたるかどうかは分からない。でも、これ以上私にまとわりつくようなら、これをもってあなたの職場に掛け合いに行くわ」
「そんなことは……」
「何でもないというの? あなたが以前のような花形ディーラーならそうかも知れないわね」

江美子は孝之の目をじっと見る。

「あなたは三年前に大きな損を出してディーラーの仕事からは外され、今はバックオフィス勤務らしいわね。潰しのきかない元為替ディーラーが四十近くになって次の職が見つかるかしら」
「……」
「馬鹿なことは考えないで、今度こそ家庭を大事にすることね」
「江美子……」
「さよなら、もう二度と会わないわ」

江美子は伝票を手にすると立ち上がる。孝之の目が一瞬憤怒に燃えたが、江美子の視線を受けて気弱に伏せられる。江美子はつかつかと喫茶室の出口へと歩きだした。


江美子が家に帰り着いたのは三時近くになっていた。横浜で買ったケーキが三つ入った白い箱を手に提げた江美子は「ただいま」と言いながら玄関に入る。

「お帰りなさい」

居間から出てきて理穂は、江美子の姿を目にした途端、さっと顔色を変えて立ち竦む。

「どうしたの? 理穂ちゃん」

江美子は理穂の不審な様子を訝しむ。理穂はしばらく江美子の顔を呆然と見つめていたが、やがてさっと背を向けて自分の部屋に駆け込む。

「理穂ちゃん!」

江美子の声を聞いた隆一が玄関に現れる。隆一の表情が急にこわばったのを見た江美子は、不安に襲われる。

「隆一さん、理穂ちゃんが……」
「江美子……」
「えっ?」
「その髪は……どうして?」



二人の妻 25
桐 10/20(土) 00:28:49 No.20071020002849 削除
「それにしても江美子が結婚していたとは最近まで知らなかったよ。水臭い奴だ。披露宴に呼んでくれれば祝いに行ってやったのに」
「何を馬鹿なことを言っているの」
「恋人同士だったじゃないか」
「そんな関係じゃないわ」
「それなら何だ。不倫相手ということか」

江美子はかっと頭が熱くなるのを必死で抑える。

「私はあなたに奥様がいるとは知らなかった」
「それは途中までだろう。知ってからも俺と付き合い続けていたはずだ」
「みんな終わったことよ」
「本当にそうかな」

孝之は静かに笑うと煙草を咥え、火を点ける。

「江美子は吸わないのか」
「二年前にきっぱりやめたわ。水上さんも少しは健康を気にしたら? かわいいお子さんが二人もいるのでしょう」

孝之は一瞬いやな顔をするが、すぐに平静に戻る。

「子供か――二人共ちっとも俺になつかない。家にいると女三人に男一人だ。完全に疎外されているか、せいぜい都合の良い運転手扱いだ」
「水上さんがそんな愚痴を言うなんて全然似合わないわ」
「江美子、また俺と付き合わないか」

孝之はじろりと江美子を見る。

「……何を馬鹿なことを。そんなことが出来る訳がないじゃない」
「あれから俺は思い知った。俺には江美子が必要だったということを」
「都合の良い女だからでしょう」
「月に一、二度会ってくれるだけで良いんだ」
「そんなことを本気で言っているの? 私には夫がいるのよ。水上さんにも家庭があるでしょう」
「俺を愛していると何度も言ってくれただろう」
「それはあなたが結婚しているということを知らなかったからよ」
「嘘をつくな。知ってからも言っていたぞ」
「……」

江美子は一瞬黙り込む。確かにかつて一度は愛した男だ。卑劣な手段を取るとは考えたくなかったが、どうも江美子の最悪の予想が当たりそうである。

「私が愛しているのは夫だけよ」
「北山隆一という男か?」
「よく調べたわね」
「俺が顔が広いことは江美子も知っているだろう。首都銀には何人も知り合いがいる」
「……」
「その夫も江美子を愛してくれているのか?」
「そうよ」
「江美子が昔、不倫をしていた女だと知ったうえでか」
「……」

江美子は険しい目で孝之をにらむ。

「私が32、彼が38で結婚したのよ。それぞれなんらかの過去があることは了解しているわ。でも、そんなことはお互い詮索しないのよ」
「江美子の夫は前の奥さんに不倫されたそうじゃないか」

孝之はひるむ様子もなく江美子の目を見返す。

「……そんなことまで調べたの」
「それが離婚の原因だったとしたら、相当その男は傷ついたはずだ。男にとって女房に浮気されるほど屈辱的なことはないからな。女性不信になってしまってなかなか再婚しようという気にもならない。また、仮に次に再婚する時は、今度こそ失敗しないでおこうと考えるはずだ。要するに絶対に不倫などしない女と結婚しようとな」
「いったい何が言いたいの」
「ある程度過去があることは了解しているとは言ったが、江美子が不倫の経験があることまでは了解しているかな?」
「さっきもいったでしょう。私は不倫をしようと思ってした訳じゃない」
「江美子の旦那がそう取るかどうかが問題だろう」
「彼はそんなことは知らないし、そんなことをわざわざ知らせる必要もないわ」
「どうしてそんなことが言える」
「私は彼を絶対に裏切らないからよ」
「さあ、どうかな」

孝之は短くなった煙草を消すと、新しいものを取り出して咥える。



千代に八千代に
信定 10/19(金) 14:50:39 No.20071019145039 削除
第二十六章

「始めは小振りの合名会社から初めましてな。手当たり次第に脈が有りそうなもんに出資やなんやかや・・・・・・」
社長は自動車の騒音に負けず劣らず、ガラガラした声を張り上げて自社の説明をしている。
「現在の社名には合名の名は入っておりません」
話の間隙を縫って横山が素早く補足する。
庄次郎と千代、社長と横山とが、お互いの膝が付くくらいの車内で、向かい合って座っている。
思ったより乗り心地は良いが、闇夜の中を轟音と共に、まだ完全に濡れきっていない土煙を、
モクモクと後ろにまき散らして走るので、庄次郎は身の縮む思いであった。
千代もそれが気になるようで、何度か後ろを振り向いていた。
社長は全く気にすることなく、会社の成り立ちなどを熱弁している。
横山は庄次郎と千代の顔を交互に見てしきりに頷いている。
庄次郎にとっては殆ど興味のない、と言うより分からない話であった。
チラッと横を見ると、千代は真剣なまなざしで聞いていた。

「このまま、行っても、宜しいで、しょうか」
年齢は五十の半ばほどだろうか、やたらと頭の大きい運転手のしかつめらしい声が聞こえた。
「あ、はい、会社へは寄らずにそのままお願いします」
横山が飛び跳ねるように振り返り応える。
運転手より横山の方が会社では格上に違いないが、横山の話し方は丁寧であった。
ここでも横山の人柄が伺える。
横山の顔立ちは、どことなく高貴な雰囲気がある。
育ちは良いのかもしれない、この社長よりも。
この社長は、大きな顔にでかい鼻、太い眉に分厚い唇と、少々暑苦しい顔をしているが、
よく見ると若い頃はなかなかの男前だったのでは、と思える節もある。

 車はビルディングの方へは向かわず、雑木林とも言える場所に入って行く。
ぽつりぽつりとある家はどれも古くて大きい。
この辺りは震災の打撃は少なかったのかもしれない。
宿の点在する町も、ビルディングも崩壊しなかったようだ。
家屋の造りがしっかりしているのかも知れない。
闇夜の中、自動車の灯りだけが煌々輝き、クネクネした細い道の前方を照らしている。

 突き当たりに大きな鉄の門が見えた。
車はそこで止まる。
運転手と横山が、まるで競うように飛び降りて門を開く。
ギギ・・・・・・
開く音は闇夜を切り裂く女の悲鳴のように聞こえた。
人の背丈の倍はあろう鉄格子は、何人たりとも部外者の侵入を許さぬ居丈高さを感じた。
後ろ指を差され、故郷でたった一人で暮らしていた生活を、脈絡もなく思い出した。
観音開きにされた門をそのままに車は通過する。
降りていた横山と再び車から飛び出した運転手は、何か言い合いながら門を押している。
鉄格子が音を立てて閉まった。
発進した自動車の中から千代は後ろを振り返り、じっと外を見つめていた。
庄次郎も振り返るが、そこには黒一色の闇があるだけだった。

 視界前方に見えるのはライトが照らす砂利道のみだ。
どうやら左右は広大な庭のようだが、全くの暗闇なのでどんな景観が広がっているのかは分からない。
前方に巨大な白い壁のようなものが浮き上がった。
車が停車して初めて、それが建物であることが分かった。
古い洋館だ。近年建てられた建造物ではない。

 建物の扉が開き、品の良さそうな高齢の男が出迎えた。
社長から、うやうやしく鞄を受け取る。
身なりや応対から、ここの使用人と思われる。
「どうぞ、どうぞ、お入りくださいませ」
横山は千代と庄次郎を逃がしはしないとばかりに、両手を広げ後ろに立ちはだかる。

 土足のまま入るようになっているらしい。
「そのまま気にせず、ずずっとお入りくだされ」
慌てて履き物の汚れを落としている千代と庄次郎を見て、社長は笑いながら言った。
中は驚くべき広さだ。そして明るい。
蒸し暑い夜であったが、中はひんやりしていた。
家屋でこれほど高い天井は、お目にかかったことがない。

 壁の周りに大勢の人が立っていたので庄次郎はギョッとした。
ズラリと並んでいたのは生身の人間ではなく、西洋や日本の鎧甲だった。
その光景は圧巻であった。
天井からぶら下がっている光の束が、それらと何点もの骨董品を自慢げに照らしていた。
千代や庄次郎の驚きの表情に、社長の顔は満足そうだった。
天井の光の束は、のちにシャンデリアだと知った。
油で灯っているので、それをロープで下ろしてひとつひとつ点火するらしい。

 長い廊下にはいくつもの部屋があった。
その部屋の一つに案内された。
社長と横山は異国人の要求について話し合うらしく、改めて千代に礼を言ってから二人を置いて出て行った。
宛がわれた洋風の部屋にベッドが二つ置いてある。
「すごいですね、ふかふか」
大きなベッドの上で身を弾ませながら千代がはしゃいでいると、初老の男が飲み物を持ってきた。
千代は澄ました顔で椅子に座っている。
その身の変わりように庄次郎は目を丸くした。
食事の用意ができたら呼びに来ると言って、思った通りうやうやしく頭を下げて出て行った。

「これはなんだろう?」
初老の男が持ってきたカップに顔を近づける。
中の黒い液体を見て庄次郎は鼻を鳴らした。
「香りはずいぶん強烈だが。んー・・・・・・まあ、悪くはないな」
コホッと噎せ返りながら庄次郎は言った。
「飲んだことありませんが、カフィという飲み物だと思います」
「ああ、聞いたことがある」
庄次郎は恐る恐るカップに口をつけ一口啜り、うえっと声をあげた。
「俺は駄目だな、これは」
千代はウフフと笑い、さじですくった砂糖をカップに入れ、カラカラと掻き回してからズッと啜った。
「うーん、私は大丈夫・・・・・・かな」
そう言ってから天井に目を向けて、黙ってさじを掴み、砂糖を次から次へと注ぎ込んだ。



二人の妻 24
桐 10/18(木) 21:21:37 No.20071018212137 削除
「俺と別れるつもりか」
「当たり前でしょう。知らなかったとはいえ、私、不倫の罪を犯したのよ」

そう口にしてから、江美子は改めて自分の犯した罪の恐ろしさに、裸身をブルッと震わせる。

「不倫なんて大げさことを言うな」
「だって、誰が見たってそうでしょう」
「江美子は俺が結婚していることを知らなかったわけだから、不倫にはならない」
「今は知っているわ」
「妻との関係はもうほとんど破綻しているんだ。家に帰っていないのは仕事が忙しいだけじゃない」

孝之はそう言うと、江美子の肩を後ろから抱きしめる。

「嘘よ」
「本当だ。娘が出来てからというもの、妻は俺に対する関心が全くといっていいほどなくなった。俺が家に帰っても居場所がないんだ」
「それは孝之さんと奥様で解決すべき問題よ」
「何度も話したが、まったく聞く耳を持たない。俺には江美子が必要だ。江美子がいないと生きていく甲斐がない」
「駄目よ。不倫なんて、絶対に出来ないわ」
「不倫にならないようにする。妻とは別れる。きちんと慰謝料も養育費も払って綺麗に別れるから、俺から去らないでくれ」
「ああ……」

江美子は孝之を振り払って部屋から出ようとしたが、孝之の腕にしっかりと抱きすくめられるとなぜか力が入らない。

「愛している……江美子……本当だ……俺が愛しているのは江美子だけだ」
「……」
「妻との結婚は間違いだった。俺に人生をやり直させてくれ」

孝之にうなじに接吻を注ぎ込まれると、たちまちそこから力が抜け、江美子は再びベッドの上に倒れこんでしまう。

「どうしても別れるというのなら最後にもう一度だけ、江美子を愛させてくれ」

孝之はそう囁くと、江美子を抱きしめるのだった。

なぜ自分はあんなに愚かだったのか。そこにあったのは未練か、愛情か。結局その時、江美子は孝之と別れることが出来なかったのである。

孝之との関係はその後1年にわたってずるずると続いた。その間何度も江美子から別れ話を持ち出してはその度に孝之は、泣き落としを交えた巧みな口説きで江美子を繋ぎとめた。

しかしそんな江美子もついに孝之に対して引導を渡すときが来た。ある日、江美子は内緒で孝之の自宅へ出向いた。孝之の妻や娘に対する罪悪感に耐えられなくなり、せめて彼女たちが平穏な暮らしをしているかどうを確かめたかったのである。

そこには江美子にとって驚くべき光景があった。自宅の玄関から現れた孝之の妻は明らかに懐妊していたのである。マタニティウェアの下に膨らんだ腹を隠し、3歳になったばかりの可愛い娘の手を引きながら買い物に向かう幸せそうな孝之の妻を見た江美子の心の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。江美子はその日の夜、孝之に対して別れのメールを送ると、その後いっさいの連絡を絶った。

こんな不誠実な男のために26歳から28歳までの、女にとって大事な2年間を無為に過ごしてしまったのか──。

江美子は恨めしげな視線を孝之に向ける。自分も愚かで誤った行動を取ったとはいえ、孝之に対する恨みはいまだに消しがたい。

そしていったいどうやって住所を調べたのか。孝之はいきなり江美子に対して手紙を送ってきたのである。ぜひ一度会いたい。会ってくれなければ旦那さんに直接頼みに行く──そんな脅迫まがいの文面は江美子をひどく憤らせた。

(これも私が犯した過去の過ちの報い。隆一さんには知らせず自分だけで解決しなければ)

江美子はそう思いさだめると、孝之の顔をきっと睨みつける。

「いったいどういうつもりなの」
「どういうつもりとは?」
「とぼけないで。あの手紙よ」
「ああ……」

孝之は薄笑いを浮かべる。



二人の妻 23
桐 10/18(木) 21:20:17 No.20071018212017 削除
「久しぶりだな、江美子。もう5年になるかな」

その男──水上孝之は立ち上がった江美子に手を差し出す。江美子が握手に応じないのを見て苦笑しながら向かい側の椅子に腰をおろす。

「髪形を変えたのか?」

ウェイトレスにコーヒーを注文した孝之は笑みを顔にはりつけながら尋ねる。

「そりゃあ5年もたてば、髪形だって変わります」
「いや、違うな。それは美容院に行ったばかりの髪だ。俺のためにお洒落をしてくれたのか」
「……」
「俺はそういったことには敏感なんだ。特に江美子のことについてはな」
「関係ないわ、それに私を呼び捨てにするのはやめて」

江美子は低い声で孝之に告げる。

「水臭いことを言うな。新しい髪を亭主の前に、俺に見せてくれるくらいだ。まだ俺たちは気持ちの上では繋がっているんじゃないか」
「馬鹿なことを言わないで」

今年で38歳になるはずの孝之だが、少し頬の辺りにたるみは見えるが、まあ端正といって良い顔である。江美子もその孝之が誰よりも素敵だと感じたこともあった。そう、今から7年程前までは──。

江美子が孝之と出会ったのは今から7年前。まだ江美子が26歳の頃である。当時31歳だった孝之と江美子は、各銀行の為替ディーラーが集うセミナー懇親会で出会った。

当時、ある外銀の花形ディーラーであり、セミナーの講師まで勤めた孝之にその後の懇親会で声をかけられ、江美子の気持ちは高揚した。為替取引の第一線で活躍する孝之の話は刺激的であり、会話を交わしていると江美子は自分が高められるような気がするのだった。積極的にアプローチしてくる孝之と江美子が付き合い始めるまで、それほど時間はかからなかった。

江美子が孝之との結婚を意識し始めたのはそれから1年ほど後である。なかなかプロポーズをしない孝之に、ある日ベッドの中で江美子がそれとなく結婚のことをほのめかしたとき、江美子は驚くべき事実を孝之から聞かされた。

孝之には結婚して4年になる妻と、もうすぐ2歳になる娘がいるということである。

迂闊にも江美子は、それまで孝之が結婚しているということにまったく気がつかなかった。孝之自身もはっきりとは言わなかったが、一人身だということをそれとなくほのめかしていたからすっかり安心していたのである。

「俺は一人暮らしをしているとは言ったが、結婚していないとはひとことも言っていないよ」
「そんな……」

事実を知って呆然としている江美子に対して、孝之は平然と言ってのけた。24時間体制で仕事をしなければならない為替ディーラーという職業上、孝之は郊外にある自宅以外に都心にワンルームのマンションを借りていたというのである。

「だって孝之は、自分には家族はいないって……」
「それは比喩的な表現だ。家族はいないようなもんだ、という意味だ」

孝之はそう言うとにやりと笑った。

「まあ、江美子はそんなことは気にすることはない。今までどおりの関係を続ければ良いんだ」
「今までどおりって……」
「いわば江美子は月曜から金曜までの俺の妻、いや、自宅に帰るのはせいぜい月に一、ニ度がいいところだから、ほとんど俺の妻同然といってもいい。たまに自宅に帰るときには、俺の戸籍上の妻が現実にも妻になるというわけだ。つまり俺には妻が二人いる、っていうことになるか」
「馬鹿にしないで」

憤然としてベッドから出ようとする江美子の肩を孝之が押さえつける。

「やめて」
「江美子が制度上の結婚にそんなにこだわっているとは思っていなかった。もっと進んだ女だと思っていたがな」
「騙したことが問題なのよ」
「さっきも言ったが、騙したつもりはない。江美子が勝手に思い込んだだけだ」
「詭弁はやめて」





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二人の妻 22
桐 10/17(水) 21:33:00 No.20071017213300 削除
旅行から帰った江美子がやや重い気持ちで麻里に短いメールを打つと、麻里からはすぐに返事が来た。例の美容室に既に話をしておいたというものであり、担当の美容師の名前まで記されていた。

(やはり、少し面倒な約束をしてしまったかしら)

江美子は妙に手回しのよい麻里のメールに微かな煩わしさを感じるが、すぐに思い直す。自分が間に入ることによって麻里を隆一に近づけない意図もあったが、江美子の本来の目的は隆一と麻里の別れの真相を知ることにあった。

麻里が言う通り非は全面的に麻里にあるのか、それとも隆一が言うように隆一にも責任があるのか、これから江美子が隆一と結婚生活をおくっていく限り、それは是非知っておきたいことだった。

もちろん以前はさほど気にならなかったことである。しかしその時点では江美子はぼんやりと先妻の麻里のことを、娘の理穂からも見放された典型的な悪妻というイメージを抱いていたのだ。

しかし今回の旅行で会った麻里の印象は決してそうではなかった。女の江美子から見ても麻里は魅力的な女性である。その麻里がどうして隆一から去り、有川のもとへ走ったのか。それは江美子にとっても気になることであった。

(どうせならさっさとすませてしまおう)

美容院にはいずれ行かなくてはならないし、麻里の言う通り腕が良いというならそれに越したことはない。麻里は美容院に電話を入れると、土曜の午前中に予約を入れた。当日の朝、隆一と理穂に「美容院に行った後、友人とお茶を飲んでくる」と言い残し、家を出た。

美容院は横浜駅の近くにあった。名前を告げると四十歳くらいの女性の美容師が歩み寄り「いらっしゃいませ、中条様より伺っております」と頭を下げる。

「どのようにいたしましょうか」
「えーと……」

江美子は言葉に詰まる。江美子はお洒落をしたいという気持ちはあるのだが、どうやったら良いのかが今一つ分からない。現在のヘアスタイルもカラーに合わせて以前の美容師から勧められたものである。

髪を黒っぽくしなければならないということだけを告げて、江美子は美容師の提案に任せることにする。美容師は「かしこまりました」と頷き、作業にかかる。

カラーも含めてなのでかなりの時間がかかる。持参した文庫本を読んで時間をつぶしていた江美子だったが、つい日頃の疲れからかうとうとする。はっと目覚めた時には江美子の髪は仕上げの工程にかかっていた。

「いかがでしょうか」

鏡に映った自分の姿に江美子は少し驚く。前髪にボリュームをつけた黒いショートヘアは少しクラシックな印象があるが、それが江美子のはっきりした顔立ちによく似合っていた。

「『麗しのサブリナ』みたいでしょう」

美容師が微笑みながら江美子に話しかける。

確かに、昔テレビで見た映画でオードリー・ヘプバーンが演じていたヒロインに似ている。ヘプバーンと自分を比べるのはまったくおこがましいが、はっきりした顔立ちの自分には確かに似合うかもしれない。

江美子が危惧していたのは、麻里と同じヘアスタイルにされるのではないかということだった。しかし黒のショートということでは麻里と共通点があるが、全体のイメージは随分違っていたため、江美子はほっと安心する。

「いいですわ、気に入りました」

江美子がそう言うと、美容師は「よくお似合いですよ」と微笑しながら頷く。

新しい髪形に満足した江美子は一時的に気分が高揚したが、美容院を出て、これから会わなければならない相手のことを考えるとたちまち重苦しい気持ちになる。東横線で渋谷に出た江美子は駅から歩いて5分ほどの場所にあるホテルの喫茶室で相手を待つ。

待ち人は約束の時間から10分ほど遅れてやってきた。昔から一度として時間を守ったことがない。始めのうちは江美子も随分苛立たせられたものだが、やがて慣れっこになった。

男はしばらく江美子に気がつかない様子で、きょろきょろと辺りを見回している。やがて江美子を認めた男は少し驚いたような顔をするとすぐにニヤリと口元に笑みを浮かべ、大股で近づいてくる。



二人の妻 21
桐 10/17(水) 21:31:04 No.20071017213104 削除
「私は有川さんとのことでそれまでの人間関係のほとんどを失ってしまったの。今付き合いがあるのが、仕事関係と、学生時代からの友達のうちほんの少数。これはもちろん自業自得なんだけれど」
「私はやはり理穂のことが心配なの。理穂が私と暮らすのを拒んだのは、私を失う隆一さんに、自分だけでもついていてあげようと思っていたから」
「理穂ちゃんは、自分を実質的に育ててくれたお祖母様を考えていたのでは――」
「あの子が一番考えているのは父親のことよ。小さいころから将来の夢はパパのお嫁さんだって、今でも本気でそう思っているんじゃないかしら」
「そうなんですか」

中学二年という年頃によくあることだと思うのだが、理穂も隆一とはふだんあまり会話はない。むしろ女同士ということで江美子とより話すくらいである。そんなことを告げると麻里は大きく頷く。

「理穂のためにも江美子さんとお友達になりたいの。これから理穂もだんだん難しい年頃になっていく。だけど私の立場では理穂のそばについていて上げることは出来ない。ふだんのことは江美子さんにお任せせざるを得ないわ。また、その方がうまくいくと思う」
「それでも、私は九歳の時まで理穂を育てた母親ではあるのよ。江美子さんが理穂のことで悩んだ時に力になってあげられると思う。いえ、本音を言うと理穂とほんの少しでもつながっていたいのよ。こんなことを江美子さんにお願い出来る筋合いのことではないのだけれど」
「麻里さんの気持ちはよく分かります」

江美子は頷く。理穂は隆一の気持ちを思いやって両親の離婚以来麻里との面会を拒んでいるが、本音では母親を慕う気持ちもあるのだろう。自分が理穂と麻里の橋渡しをすることで、理穂の気持ちが癒されるのなら
いいことではないか。

いや、江美子が麻里の願いを受け入れようと思ったのはそれだけではなかった。これによって江美子は、自分の目の届かないところで理穂が麻里と連絡をとることを阻むことが出来る。麻里が理穂を通じて隆一に再び近寄るのをブロックすることが出来るのだ。

――麻里

先ほど隆一が発した苦しげなうめき声が再び蘇る。

「わかりました、私の方こそお願いします」

江美子は麻里の申し出を思わず受け入れていた。

「そう、嬉しいわ」

麻里は柔和な微笑みを江美子に向ける。

(悪い人じゃないんだ。それはそうだろう、隆一さんが一度は選んだ女性で、理穂ちゃんのお母さんなんだもの)

風呂から上がり、脱衣所の化粧台に座っている江美子は、改めて隣の麻里を見る。鏡に映っている木目の細かい白い肌も羨ましいほどだが、艶やかな黒髪が江美子の目を奪う。

「どうしたの、江美子さん」
「いえ……」

江美子は麻里の潤んだような目で見つめられ、一瞬どぎまぎする。

「麻里さんの髪、素敵ですね」
「あら、どうもありがとう」

麻里が小さく笑う。

「でも、江美子さんも素敵よ。よく似合っているわ」
「私は肌が黒いから、黒髪が似合わないんです」

江美子の髪は明るい栗色である。

「そんなことないわよ。黒くしても素敵だと思うわ」
「そうですか……本当は今は営業店勤務なので、もっと髪を黒くしろと言われているんですが」
「江美子さんは隆一さんと同じ銀行だったわね。あそこはそういったことはわりと自由だったんじゃなかったかしら」
「合併してからはそうでもないんです。それでも、本部にいる時はうるさく言われなかったんですけど」

江美子はそう言うと苦笑する。

「そうなの……」

麻里は軽く首をかしげる。

「今度、私が知っている美容院を紹介するわ。とても腕が良いのよ。値段もそれほど高くはないわ」
「でも……」
「大丈夫、ただの友達としか言わないから。好奇心の籠った目で見られることはないわ。きっと江美子さんにぴったりのものを提案してくれると思うわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「そうだ、江美子さん。お友達になったのだから、メールアドレスを交換しなくちゃ」

麻里はそう言うと、化粧台におかれたホテルのサービスに関するアンケートのためのメモ用紙を一枚取り、自分のメールアドレスを書く。

「私、自分の携帯のアドレス、覚えていないんです」

メモを差し出す麻里に、江美子が困ったように告げる。

「あまり使わないのね。いいわ、後でこのアドレスに短いメールをくれればいいから」

麻里はそう言うと立ち上がり、浴衣を羽織る。

「それじゃあ江美子さん。これからもよろしくお願いします」

麻里は一礼して脱衣所を出る。麻里の瞳の中に一瞬、夢の中で見た妖艶な色を見たような気がした江美子は、手のひらの中に残ったアドレスを記したメモに目を落とす。



千代に八千代に
信定 10/17(水) 11:31:51 No.20071017113151 削除
第二十五章

「エゲレスの方だと思います」
庄次郎の質問にそう答えた。
「そんな遠い所から」
そうは言ったが、どの程度遠いのかは分からない。
外は既に日が落ちて、殆どの家屋には明かりが灯っている。
とても静かなまちだ。
「ババ様が話せるので、小さい頃からずっと教わっていました。異国の言葉は将来役に立つだろうって」
話せることがまるで恥であるかのように千代は言う。
「そう、ババ様が・・・・・・」
ババ様と初めて接したときから、常人とはどこか違うと感じていて、畏怖の念すらいだいていた。
「他に茶道や華道も?」
千代はこくりと頷いた。

 あの時、暴動が起こった鉱山に何とかして戻ろうと努力したが結局できず今に至っている。
怪我が治ったらそこへ戻りたいとババ様に告げた。
ところが、現在そこは閉山になっていると言われ愕然とした。
この家の人たちはいつの間にそんな情報を得ていたのか。
それを千代に聞いたが分からないと言う。
東京には勤めていた会社がある。
正直戻りたくはないが、いずれは行かなければならないと思っている。
本当は仕事を見つけやすい東京に行きたかったが、朝鮮国籍のことを知っている人と会う可能性もあるし、
当然のことながら千代に迷惑をかけてしまう可能性もあるので、少し落ち着いてからということである。
とりあえず行き先は東京から少し外れた郊外にした。

 何軒目かの宿であったが、本日はここも満室らしい。
どこぞの隅でも良いから一日だけ泊めて欲しいと申し出たが、逆に丁重に断られてしまった。
宿の戸をガラガラと開けると、夜の闇の中を銀色の雨粒が弱々しく降り注いでいた。
「参ったな・・・・・・」
庄次郎は憂鬱そうにため息をつく。
「困りましたね」
暗い空を見上げながらそう言う千代を横目で見ると、驚いたことに口元に笑みを浮かべていた。
「あの向こうに森があります。そこで今夜は過ごしましょうか」
これからどうしようかと心底困り果てているのに、前方を指差す千代はむしろはしゃいだ様子だった。
「こんなに外は暗くて宿も見つからず、時雨まで・・・・・・」
そんな千代に庄次郎は驚きを隠せなかった。
「私は平気です、ぜんぜん」
「平気って・・・・・・俺一人ならいいけど、外はやはり・・・・・・」
「庄次郎さんと一緒ですし、なんだか楽しそう」
ポンと道に飛び出て、両手を広げて空を見上げる子供っぽい仕草の千代に、庄次郎の目が和らいだ。
「体をくるむ物も持ってないし・・・・・・ち、千代をあんなところで過ごさせる訳にはいかない」
まだ千代の名を呼ぶことが恥ずかしい。

 その時、前方から大きな音を立て自動車が走ってきたので口を閉ざした。
舗装されていない広い道路の中央を、湿った土を後ろに巻き上げながら走ってくる。
二人は道路の端に寄った。
千代は物珍しそうに見つめている。
そして自動車の中の人間を見て千代は「あっ」と小声で言って口に手をあてた。
自動車は二人を通り過ごしたあと止まった。
かなりの勢いでブレーキをかけたので車体が揺れた。

 ドアが開き、痩せた背の低い男が飛び出して来て、後部座席のドアをうやうやしく開けた。
大柄な男がのそりと出てくる。
「やあやあ、お嬢さん、いや、奥様でしたかな。どうしました、こんなところで」
喉が潰れたようなダミ声で、先ほど社長と呼ばれていた男が叫ぶように口を開いた。
「先ほどはどうもありがとうございました。本当に助かりました」
その横で、やはりハンケチで額を拭きながら横山が頭を下げている。
本当に助かったのは社長よりも、この横山本人だったのかもしれない。
横山の千代を見つめる敬意を込めたまなざしは、出目金のように目玉が飛び出している分、キラキラと光っていた。
千代の顔が少しほころんだ。

「ご自宅はこの辺りですかな?」
社長は千代と庄次郎を交互に見る。
「いいえ、私たちはここへ来たばかりで、宿を探そうと」
「なんと、宿をですか」
社長が言うや否や、既に横山が風見鶏のようにクルクルと体を回し、辺りを見回している。
「ああ、その宿は断られました。もっとも軒並みですが」
庄次郎がそう言って苦笑すると、横山は我が身に降りかかった悲劇のように肩を落とし、がっかりした顔を見せた。
横山の人の良さが伺える。
千代の顔がほころんだ。
「この辺りはここから見える限りですからなぁ。ワシの家においでください。うん、それがいい、横山!」
「はい、左様で」
横山も始めからそのつもりだったようだが、社長を差し置いて出しゃばることはできない。
横山は自動車のドアを大きく開き、満面の笑みを浮かべている。

「いえいえ、そんなことはできません。これで失礼いたします。さ、行こう」
庄次郎に背を押され、千代は笑顔で小さく頭を下げる。
バタバタと足を鳴らし、横山は大慌てで千代たちの前に回り込む。
「旦那様、若奥様、ご遠慮など必要ございません。どうか、どうかお乗りになすってください。
私どもはあそこに見えます会社を経営している者でございます。決して怪しい者ではございません」
横山が差し出した掌の向こうには、ひときわ目立つビルディングがそびえ立っていた。
先ほどそれを指さし、千代を相手に庄次郎が感嘆の声をあげていたビルディングだった。
「そういうわけでございますので、お断りなさらないで、お乗りになすってください、さ、若奥様」
横山は更に大きくドアを広げ、掌で空気を切っていた。
「お嬢様、いやいや奥様でしたな。先ほどは本当に助かりました。
我が社の危機をお救いくだすった、うら若き奥様を闇夜に放っておくことなぞ、できませんぞ。横山!」
社長の声に横山は飛び上がった。
でもその顔は実に嬉しそうだった。



二人の妻 20
桐 10/16(火) 22:51:14 No.20071016225114 削除
江美子はTホテルの室内にある大浴場へと向かっている。男女別の大浴場は時間ごとに切り替えられており、早朝のこの時間では、女湯は江美子が昨日の夕方入ったものよりは小さ目となる。

いまだ午前五時過ぎとあって浴室の中には誰もいなかった。江美子は湯に浸かると身体を伸ばし、昨日からの出来事について考える。

(誰にでも過去はある。いちいちこだわっていてはきりがない)

江美子はそう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせようとする。

あんな風な形で先妻の麻里と再会したのだ。隆一の心が乱されないはずがない。しかし隆一と麻里とは五年前に終わっているのだ。

(それに私にだって──)

そこまで考えたとき、隆一の苦しげな声が江美子の耳の中に蘇る。

──麻里。

隆一は夢の中で、自分から背を向けて去っていく麻里に呼びかけていたのか。それとも、有川に汚された身体を浄めてやろうとばかりに、荒々しく麻里を抱いていたのか。

江美子が考えに耽っていると扉が開き、人が入ってくる気配がした。

「あら」

声に振り向くと、タオル一枚で前を隠した麻里だった。麻里は微笑して江美子に会釈をすると身体を流し、湯船の中に入ってくる。

「よくお風呂の中で会いますね。これで三度目かしら」
「ええ……」

二度目は有川の計算に隆一が乗せられたことが原因だが、それにしても度重なる偶然に江美子は戸惑う。

江美子の目に麻里の白い肌が映る。先程よりも心なしか艶を帯びているようで、女の江美子の目にも官能味が感じられる。

江美子が隆一に抱かれたように、麻里も昨夜、有川の腕に抱かれたのだろうか。隆一が江美子を抱いている同じ夜、同じホテルで先妻が別の男に抱かれている──そんな状況が江美子には何か極めて背徳的なことに感じられ、頬が熱くなる。

少し淡いピンク色に火照った肌を、江美子がぼんやり見ていることに気づいた麻里は、邪気のない微笑を浮かべて話しかける。

「昨夜はごめんなさい。有川さんがおかしなことを仕掛けて──」
「……いえ、いいんです」

江美子は麻里に微笑を返す。

「あの人、隆一さんが怖いんです」
「怖い?」
「私がまた、隆一さんの元へ戻るのではないかと……」
「……」

やはり、と江美子は納得する。

「そんなことはないと何度言っても納得しなくて。昨夜も私は随分止めたんですが──でも、隆一さんが大人の対応をしてくれたおかげであの人も気持ちが落ち着いたみたいで、助かりました」
「そうですか……」
「学生時代はむしろ逆で、有川さんが陽性でいつの落ち着いていて、みんなのまとめ役のようなキャラクターでした。隆一さんはどちらかというと陰性で、理屈っぽくて頑固でな人でした。私はそんな隆一さんの子供っぽいところが好きだったのですが──」

そこまで言って麻里は口をつぐむ。

「ごめんなさい──私、また余計なことを」
「いえ、かまいません。私が知らない隆一さんの一面を知ることが出来て、むしろ嬉しいです」
「そうですか」

麻里は再び微笑む。

「でも、隆一さんも余裕が出てきた、という感じがしてよかったです。これも江美子さんと一緒になったおかげね」
「そんな、私なんか何の力にも……」
「私なんか全然進歩がなくて恥ずかしいわ。いつまでも同じところをぐるぐる回って──そろそろしっかり前へ歩き出さないと」
「……」
「江美子さん、変な話だけれど、これからも友達になってくださらない?」
「えっ……」

麻里の申し出に江美子は一瞬戸惑う。



二人の妻 19
桐 10/16(火) 22:48:51 No.20071016224851 削除
「江美子さん、見るのよっ」

再び前を向いた江美子は、視界に飛び込んで来た恐ろしい光景に恐怖の悲鳴を上げる。輝くような白い肌の麻里をしっかり抱き締めて背後から貫いているのは有川ではなく、隆一だった。

「江美子さん、教えて上げるわ、隆一さんから愛される方法を。よく、見ているのよ」

麻里はそう言うと甘い舌足らずな喘ぎ声を上げながら、隆一の上で腰をゆるやかに蠢かせる。

「ああ……あなた……気持ち良いわ……ああ、たまらない……」
「やめてっ」

思わず耳を塞ごうとする江美子の手が背後から押さえられる。振り向くとそこにはいつのまにか素っ裸の有川がいた。

悲鳴を上げて逃れようとする江美子を有川がしっかりと羽交い締めする。

「りゅ、隆一さんっ、た、助けてっ」

江美子は有川の男根が蛇のように股間をくぐって秘奥に迫ってくるのを感じ、隆一に助けを求める。しかし隆一は江美子の声など全く聞こえない風に、麻里とつながりながら熱い接吻を交わし合っているのだ。

「隆一さんっ」

長い接吻を終えた麻里は江美子に挑戦的な視線を向ける。

「江美子さん、おとなしく有川さんに抱かれなさい」
「そ、そんなっ」
「そうすれば私達、もっともっと仲良くなれるのよ」
「い、嫌っ。嫌よっ」

激しく身悶えする江美子の裸身をしっかりと抱え込んだ有川の肉棒の先端が、ついに体内に侵入した時、江美子はつんざくような悲鳴を上げた。


布団の上に跳ね起きた江美子は枕元の時計を見る。和風の客室にふさわしくない、淡い緑色の光を放つデジタルの時計は午前五時を指している。隣の布団では隆一が軽い寝息を立てている。

(夢……)

全裸のまま眠っていた江美子は、洗面所へ行くと汗ばんだ身体をタオルで拭く。

(なぜあんな夢を)

昨夜の出来事が心の中に引っ掛かっているせいだろうか。終わったはずの隆一と麻里の関係に、私はやはり嫉妬しているのだろうか。

(でもどうして私が有川さんと)

夢の中とは言え有川にしっかりと抱きすくめられ、肉のつながりを持ちそうになった江美子は、なにか隆一に対して裏切り行為を犯したような気になった。

(シャワーを浴びようかしら、それとも……)

江美子は裸のまま部屋に戻る。先ほどは静かな寝息を立てていた隆一が、胸元まで布団をはいで苦しげに身体を捩らせていた。

「隆一さん」

江美子は隆一の枕元にしゃがみこむと、布団を直す。隆一の寝息が静かになっていく。

(隆一さんも夢を見ているのかしら)

そう江美子が思った時、寝返りを打った隆一の絞り出すような声が聞こえた。

「麻里……」

その言葉を聞いた江美子はしばらくその場に凍りついたように座り込んでいたが、やがて立ち上がり、浴衣を羽織ると浴室へと向かった。



二人の妻 18
桐 10/15(月) 21:18:58 No.20071015211858 削除
「お願いだ」

隆一が力を入れて、江美子を引き起こす。江美子はされるがままに胸から上を持ち上げられて行く。江美子のとろんとした視線が隆一の視線と交差する。

「江美子がいった時の顔だ」
「嫌……」
「いつもはいかにもキャリアウーマンといった雰囲気の江美子も、こんな顔をするのか」
「隆一さんの意地悪……どうしてそんなことを言うの」

江美子が恥ずかしげに顔を逸らそうとするのを隆一が軽く押さえ、唇に接吻を施す。

「気持ち良かったかい」

江美子は微かに頷く。

「気持ち良かったと言ってみろ」
「嫌……そんなこと、言えないわ」

江美子は再び小さく首を振る。

どうしたのだろう、今夜の隆一は少しおかしい。いつもはもっと紳士的、といえば聞こえはいいが淡泊なセックスである。こんな風に江美子に対して言葉責めをするようなことはなかった。

(でも、今夜のような隆一さんも嫌いじゃない)

江美子はそんな自分の思いのはしたなさに思わず頬を染める。

「そろそろ……外さないと」

江美子はしばらく隆一との行為の余韻に浸っていたい気持ちはあったが、このままでは隆一のものが江美子の中で萎えてしまう。一度江美子から抜く時に、コンドームだけが取り残されてあわてたことがあった。隆一との子供はいずれ欲しいが、仕事が忙しい今はまだその時ではないと思っている。

微かに身体を揺らせながら離れようとする江美子の尻を、隆一がしっかりと押さえ付ける。

「えっ」

戸惑いの声を上げる江美子を突き上げるように、隆一が再び腰を動かす。

「あ、あっ……」

確かに一度放出したはずなのに、隆一の肉塊はほとんどその硬度を保ちながら江美子の中で暴れ始める。身体の中の官能の燠火が再び燃え盛り、江美子を焼き尽くして行く、

「あっ、こ、こんなっ」

江美子が奔馬のように隆一の上で撥ね動く。江美子は隆一に手を取られるようにして、今夜二度目の頂上へと駆け上がって行くのだった。


江美子は隆一とともに露天風呂の中で再び有川と麻里の二人と向かい合っていた。全裸の二人はまるで江美子に見せつけるように戯れあっている。前回は言葉少なだった麻里がまるで隆一と江美子を挑発するような視線を送りながら、有川に対して積極的に振る舞っている。

「ねえ、あなた、ここで抱いて」

麻里はそう言いながら豊満な尻を動かし、有川の膝の上に跨がる。有川の巨大な男根が麻里の股間をくぐり、深々と秘奥に突き刺さる。

「ああっ、い、いいわっ」

麻里は歓喜の悲鳴を上げ、腰部をブルブルと震わせる。江美子は隣にいる隆一の手をぐっと握り締める。

麻里は淫らに腰を動かし始める。有川は麻里の動きに合わせるように、背後から麻里を責め立てる。

「あ、ああっ、き、気持ちいいっ」

江美子が思わず目を背けようとすると、麻里の叱咤するような鋭い声が飛ぶ。



二人の妻 17
桐 10/15(月) 21:17:36 No.20071015211736 削除
「でも、さっき、隆一さんはこだわりを捨てると……」
「有川がそういって欲しそうだったからそういっただけだ。そうしないとあいつは、いつまでも俺たちに付きまといかねないからな」
「それじゃあ……」
「有川のほうも俺ともう一度昔のような友達づきあいを再開したいなんて思っていないよ」

隆一は江美子の手を握り返す。

「それに、別れた女房に目の前で裸でうろうろされるのも真っ平だ。江美子だけで十分だよ」
「まあ」

江美子は大きな目を丸く見開く。

「あいつらのせいで少しのぼせた。もう部屋に帰ろうか」

隆一はそう言うと江美子を促し、湯船の中で立ち上がった。江美子も釣られて立ち上がる。

「あっ」

江美子は自分がまだタオルも巻いていない全裸だったことに気づく。あわててバスタオルを取ろうとする江美子の手を隆一が押さえる。

「そのままで」
「えっ」
「そのまま、そこに立ってくれ」

江美子は頷くと、隆一に言われるままに立つ。火照った身体に夜気が心地よい。

「もう……いいでしょう」
「もう少し、お願いだ」

素肌に隆一の熱い視線を感じ、羞恥に駆られた江美子は目を閉じる。

(麻里さんと比べているのか……)

江美子は隆一の心の中を推し量る。

(それとも、私の裸を目に焼き付けることで、麻里さんの姿を忘れようとしているのか)

時間にするとほんの数十秒のことだったかもしれない。しかし江美子にとっては数十分とも感じられる時が過ぎ、ようやく隆一は口を開いた。

「もういい、ありがとう」

江美子は崩れる落ちるように隆一の腕の中に倒れ込む。

「すまん、のぼせてしまっただろう」

江美子は黙って首を振ると、隆一にしがみつきながら唇を求める。二人は全裸で湯船の中で立ったまま、長い接吻を交わすのだった。


「あっ、ああっ、りゅ、隆一さんっ」
「江美子っ」
「も、もうっ、お願いっ。来てっ」

江美子は隆一の上に跨がったまま、ひきつったような悲鳴を上げる。隆一が「うっ」と呻きながら緊張をとくと、江美子はそれを待ち兼ねたように全身を激しく痙攣させる。

「あ、あああっ!」

傷ついた獣のような声を張り上げながら江美子は絶頂に達すると、隆一の胸の上に崩れ落ちる。

「江美子」

隆一は荒い息を吐きながら江美子の背中に手を回す。

「顔を見せてくれ」

江美子は隆一の上に伏せたままの顔を嫌々と小さく左右に振る。





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千代に八千代に
信定 10/15(月) 10:27:23 No.20071015102723 削除
第二十四章

 鶴のように痩せた横山という男は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で千代と異国人を交互に見ている。
まるで鶏のような挙動が滑稽だった。
しかし、庄次郎は笑わなかった。と言うより横山という男を見てなどいなかった。
背を丸め千代を見下ろし、鷲のように両手を大きく広げ、真っ白な歯を見せて嬉しそうな顔をしている異国の男と、
その男たちを見上げる千代に目を奪われていた。
体の大きさを比べると、千代はまるで子供に見える。

 片手を少し上げた形のままどのくらい固まっていただろう。
はたと我に返り固唾を呑み込み歩み寄る。
凄まじいスピードで異国の男は意味不明の言葉を発している。
千代はウンウンと頷き、両手をフワフワと浮き上がらせ、負けず劣らずの早口で話していた。
どういう事だ。何が起こっているのだ。

 会話が終わった千代は、豆鉄砲を食らっている顔の横山に向き直る。
「なんと、言葉がお分かりですか。いや、これはたまげましたな」
横山と殆ど同じような顔をして固まっていた体格の良い男が、横山を押しのけて口を開いた。
「ええ・・・・・・」
千代は少し困ったような顔で答える。
「いやいや、そうですか、そうですか、驚きました、で、なんと?」
体の大きな白髪男の後からちょこんと顔を出し、横山も目を丸くして、突然現れた美しい救世主を見つめている。
横山の小鳥のような早い瞬きに千代の顔が少しほころんだ。
「要約しますと、○○銀行に変えて欲しいとおっしゃっています。
それから手形の焦げつきについて早急に弁明書が欲しいそうです。
あの、今まで何度か頼んでいるのに、なぜ日本人はすぐに動こうとしないのかとも」
笑っていますが怒っています、と小声で付け加えた。

 世界の資本主義国をとらえ、経済の全部門をゆるがす、資本主義史上かってない世界経済恐慌が訪れようとしていた。
日本に昭和恐慌が訪れる前触れでもある。
関東大震災によって関東近県の産業は壊滅的な打撃を受け、大量の外貨を失い、日本経済は悪化してゆく。
手形の焦げつきが累積し、議員の失言などにより、それをきっかけとする銀行への取りつけ騒動が始まった。
そして多くの銀行が倒産した。
小さな銀行では危ないという、異国人たちの危惧の念は当然とも言える。

「さようでありますか」
横山は目を細め、尊敬のまなざしで千代を見つめた。
「ふむ、あいわかりました。本当にありがとう。で、どうなんだ横山」
白髪の男は千代には笑顔で礼を言ったが、すぐに憮然とした顔で横山をにらみつけた。
「はい社長、それがいろいろと、ございまして、その、しがらみと申しますか・・・・・・」
「うーん・・・・・・」
社長と言われた男も空を睨み腕を組んで唸っている。
どうやら社長もしがらみに弱いらしい。

 異国人が千代の耳元で囁いた。
千代の耳が赤く染まる。
社長と横山がまだ何かあるのか、という顔で異国人を見てから千代を見る。
二人の日本人は完全にシンクロした動作であった。
異国人は笑った顔で、千代の頭の先からつま先まで無遠慮に見ている。
「あの・・・・・・」
「はい、何でしょう?」「何と言いましたかな?」
二人は同時に声を出したが、社長に睨まれ横山は慌てて口を押える。
「あの・・・・・・今夜のことをおっしゃっています」
社長はウンウンと頷く。社長が頷いたのを横目で確認してから横山が頷く。
「女の人を、あの・・・・・・若い女性を連れてきて欲しいと・・・・・・それから、朝までが良いとおっしゃっています」
「おお、そうですか、そうですか。それは承知しています、と言って下され」
千代は小声でそれを告げる。そして異国人は嬉しそうな顔で早口で答える。

 千代は耳だけではなく頬も赤く染めていた。
「何なりと言ってくださって結構ですぞ」「お願いいたします」
社長が言い終わってから横山が口を開いた。
そのタイミングをつかめた横山の顔は満足気だった。
「そ、それが・・・・・・」
「うん、それが?」「はい、なんでしょう?」
少し言い淀んでいたが、千代は思いきって口にした。
「私、のような、女性が良いと・・・・・・」
千代は真っ赤になって俯いていた。
「うんうん、そうでしょう、そうでしょう、分かります、分かります。なるほど、よく言うのう、しかし」
社長の最後の言葉は小声だった。
横山は膝につくほど頭を下げ、千代に礼を言っている。

 異国人は千代の両手を握ったまま離さない。
そのまま放って置けば今度は抱きしめそうだ。
案の定、伸ばしてきた太くて長い腕が、千代の背と腰に躊躇なく絡みついてきた。
絡みとった千代を引き寄せ、頬に素早く口づけをした。
が、異国の男の両手は何も抱いていなかった。
空気を抱いた不格好な体勢のまま、ポカンと口を開けていた。

 千代が異国の男の抱擁からスルリと抜けて去ろうとしたとき社長が声をかけた。
「お礼がしたいので、お名前とお所をお教え下さらんか」
「いえいえ、結構です。先を急ぎますので、では失礼いたします」
千代は逃げるように立ち去る。
社長も横山も更には異国人も何か言いたげだったが、庄次郎の姿が視界に入ったので口をつぐんだ。
振り向くと横山がこちらに向かってぺこぺこと頭を下げていた。
その横で異国人も横山を真似て、ぎこちない動作で頭を下げていた。

 束の間であったが、千代が遠い存在に感じられ寂寥感に襲われた。
だが「すみません、遅くなって」と千代の笑顔を見てすぐに暖かい気分になった。
困った人を見て放っておけない性格なのだ。
そんな千代に改めて愛おしさを感じていた。
「暗くなってしまいましたね」
「うん、でも何とかなるよ」
清々しさと同時に、得体の知れない能力を秘めた我が妻に驚きを禁じ得なかった。



二人の妻 16
桐 10/14(日) 14:16:30 No.20071014141630 削除
罪を犯しながらも麻里を手に入れることが出来なかった有川は、いつか再び麻里が自分の元から去るのではないかと脅えている。そんな有川にとって、隆一が再婚したということは朗報だっただろう。

(やはり有川さんは、なんらかの手段を使って私たちがここに泊まるのを知って、待ち伏せしていたのでは…)

理穂が何らかの機会に、いまだある程度の交流を持っている麻里の父親──理穂の祖父に、この週末の隆一と江美子の不在を知らせたのかもしれない。

(いえ、今はそんなことはどうでもいい。隆一さんが麻里さんと復縁するのを望まないということでは、私と有川さんの利害は一致しているのだ)

江美子は湯の下で手を伸ばし、隆一の手を握る。隆一がしっかりと握り返してきたのを確認した江美子は、裸身を摺り寄せるようにする。隆一は江美子の方に顔を向けるとこくりと頷く。

「有川、やめろ」

隆一の声に有川は、麻里を愛撫する手を止める。

「そんなことをしなくても、俺はもう麻里には未練はない。お前の言うとおり、もうこだわりは捨てよう」
「本当か」
「本当だ、まあ、すぐにすべて元通りというわけにはいかないが」
「……」
「ただ、俺の前で麻里のそんな姿を見せないでくれ。あまり気分がいいものではない。俺もお前に対して、それだけはしなかったはずだ」

有川は虚を衝かれたようなような顔つきをしていたが、やがて苦笑を浮かべる。

「……そうだな。それは北山の言うとおりだ。悪かった」

有川は神妙に頭を下げる。

「江美子さんにも申し訳ないことをした」
「いえ……」
「せっかくの水入らず──風呂の中で水入らず、っていうのもなんだかおかしいが──のところを失礼した。俺たちは先に上がるよ」

有川はそう言うと麻里の方を見て、「いくぞ」と声をかける。

麻里は湯の中でタオルを身体に巻き、隆一に一礼し、江美子に向かって「江美子さん、ごめんなさいね」と声をかける。

「いえ、いいんです」

江美子はほっと胸をなでおろす。

有川はタオルを腰に巻きながら立ち上がり、麻里の手を引くと隆一に顔を向ける。

「それじゃあ、ゆっくりしていってくれ、ってまあこれも俺が言うせりふじゃないのかもしれないが」
「ああ」

最後に麻里がもう一度隆一と江美子にお辞儀をする。バスタオルから白い乳房がこぼれそうになっているのが江美子の目にまぶしく映る。有川は麻里の腰に手をまわすようにしながら、脱衣所の方へ歩いていった。

隆一は無言で二人の後ろ姿を見送っている。有川と麻里が完全に見えなくなったとき、江美子が隆一に声をかける。

「隆一さん……」
「ああ」

隆一はそこで改めて江美子の存在に気づいたような顔をする。

「江美子にはおかしなことに巻き込んでしまって、悪かったな」
「いえ、いいんです……でも……」

江美子は再び隆一の手を握る。

「これからまた、有川さんと以前のような友達付き合いをするんですか?」
「まさか」

隆一は微笑を浮かべる。



二人の妻 15
桐 10/14(日) 14:15:59 No.20071014141559 削除
「お前だけだぞ。まだ身体にタオルを巻いているのは。素っ裸になっている女性陣に失礼じゃないのか」
「……」

有川のペースに乗せられていることを感じる隆一は苦々しい表情をしていたが、やがて腰に巻いたタオルを外す。堂々とばかりに屹立した隆一の怒張が現れ、正面にいた麻里はひっ、と小さな悲鳴を上げる。

「ほう、相変わらず見事なもんじゃないか」

有川はニヤニヤしながら隆一のその箇所を見ている。

「一緒に風呂に入るたびに、お前のそれには度肝を抜かれたもんだ。普段でも普通の奴が大きくなったくらいはあるからな」

有川はそう言うとちらと麻里の方を見る。

「麻里、どうだ、懐かしいだろう。元の亭主のチンチンは」
「あなた……いい加減にして」
「何を気取っているんだ。久しぶりにお前の裸を見てあんなに大きくなったんだ。うれしいとは思わないのか」

有川はそう言いながら麻里を引き寄せる。

「あなた、駄目っ」
「別に北山だけじゃない。奴ほどじゃないが俺のもなかなかのもんだろう」

有川はそう言うと湯の下から腰を突き出すようにする。赤黒い亀頭がまるで生き物のように表面に顔を出したので江美子はきゃっ、と悲鳴を上げる。

「有川、悪趣味だぞ」
「そんなことを言っても説得力はないな。麻里のあそこを見て堅くしやがって」

有川は声を上げて笑う。

「そう言う俺も人のことは言えん。江美子さんが素っ裸で悩ましい声を上げながら、お前の膝の上で悶えているのを見たせいで、この風呂に入る前からカチカチでな。タオルで隠すのが大変だったぜ」

江美子はあまりの羞恥にこの場から消えたくなる。しかし、湯から出ようとすると再び素っ裸を有川の目に晒さなければならない。その思いが江美子の手足を縛り付けるようにしているのだ。そして江美子をこの場に留めているもう一つの理由がある。

(隆一さんを置いて自分だけが逃げる訳にはいかない)

自分がこの場から去ると、当然隆一は着いてくるだろうが、それでは有川から逃げることになるのではないのかという思いが江美子にはするのだ。

有川が本当に隆一と和解したがっているかどうかは疑問だ。しかし、隆一が麻里とのことを気持ちの上でふっ切れていないのは事実ではないのか。この場から逃げれば、その機会は遠のいてしまう。江美子が隆一と、そして理穂と新しい家族を創るチャンスが手の中からこぼれ落ちてしまうような気がするのだ。

「麻里、来い」
「えっ」
「隆一に仲の良いところを見せつけてやるんだ」

有川は麻里を強引に抱き寄せると唇を奪う。有川のいきなりの行為に麻里は反射的に抗う。麻里の短めの黒髪がはらりと揺れ、額にかかる。

「やめて……あなた」
「何を気取っているんだ。ゆうべは俺の上に跨がってヒイヒイ泣いたくせに」
「江美子さんの前で……なんて事を」
「隆一の前は気にならないのか」

隆一は顔を強張らせながらも、その視線は有川と麻里の痴態に注がれている。そんな隆一に、江美子は胸の奥が痛むような嫉妬を知覚する。

有川は麻里の口を強く吸いながら、湯の下で乳房を荒々しくまさぐっている。江美子は、そんな傍若無人とも言える振る舞いをしている有川の目に焦燥めいた色が浮かんでいることに気づく。

(有川さんは怖がっているのではないか)

再び麻里が自分から去って隆一の元に戻るのではないかと恐れているのだ。有川がずっと麻里のことを愛していたというのは恐らく本当なんだろう。

学生時代に麻里を隆一に奪われた有川は、それが罪になると知りつつ麻里を奪い返した。しかし、麻里は隆一と離婚してからも、家庭を壊したことに対する後悔、特に娘の理穂に与えた心の傷に対する罪悪感から、有川と結婚することはなかった。



二人の妻 14
桐 10/13(土) 10:42:00 No.20071013104200 削除
「なんだ、麻里」
「調子に乗りすぎです。江美子さんもいらっしゃるのに」
「江美子さんがいるからこそ聞いてもらった方がいいんじゃないか」
「それは……それこそ隆一さんと江美子さんにお任せしないと」
「麻里は俺たちが以前のように心を開いて付き合うことに反対なのか」

江美子は、有川が「麻里」と呼ぶいうたびに隆一の心がほんの少しだけ揺れるのが、お湯を通じて伝わってくるような気がした。

「反対じゃありませんわ。そう出来ればどんなに良いか。でも、私からそれを言い出す資格はありませんでした」
「そう思うなら麻里が率先して見本を示せ」
「えっ」
「バスタオルで隠してなんかいないで、裸をさらせといっているんだ」
「でも……」

麻里は明らかに戸惑いの表情を浮かべる。

「どうしたんだ、俺にも北山にも何度も見せた裸だろう。今さら恥ずかしいことがあるのか」
「それとこれとは……違います」
「麻里、お前が一番罪深いんだ。だから真っ先に心を開かなきゃいけない。俺たち二人を散々翻弄したんだからな」
「翻弄だなんて……そんな」
「愚図愚図言わずに裸になるんだ。こんな風にな」
「きゃっ」

有川はいきなり腰の周りを覆っていたタオルを外す。透明な湯の下の怒張を一瞬目にした江美子は小さな悲鳴を上げて隆一の肩に顔を隠す。

「江美子さん、どうしました。こんなことで恥ずかしがるほどカマトトじゃないでしょう」
「有川、いい加減にしろ」
「俺は身も心も裸になろうと言っているだけだ。それも別に往来で素っ裸になろうと言っている訳じゃない。ここは混浴の露天風呂だぞ。お互いが裸をさらすのは納得ずくじゃないのか」
「しかし……」
「わかりました、私……」

麻里はそう言うと身体からタオルを外す。真っ白な麻里の素肌が露わになる。

隆一にとっては五年ぶりに見る麻里の見事なまでの裸身である。隆一の肩に顔を埋めていた江美子は、隆一の息遣いの変化を感じ、顔を上げる。

(隆一さん……)

隆一が透明なお湯を通して見る麻里の裸身に目を奪われていることに、江美子は突然激しい嫉妬を感じる。また、さきほどから三人の間に流れている、愛憎の交じった激しい感情から自分だけが疎外されていることに苛立ちを感じた江美子は、まるで麻里に挑戦するように身体を覆ったタオルを外す。

「ほう……」

江美子の素っ裸を目にした北山は感嘆したような声を上げる。

「こうやって風呂の湯を通して見ても、見事な裸だ。北山が夢中になるのも無理はない」

その言葉でやはり先ほどの隆一との痴態を目撃されていたのだと知った江美子は、かっと身体が熱くなる。

「あなた……そんな言い方は……」
「失礼だというのか? 俺は江美子さんを誉めているんだ。折角目の前で裸を見せてくれているのに、何も言わないでジロジロ見ている方がよほど失礼だろう」
「露天風呂で他の客の裸をジロジロ見る方が失礼だというんだ」

隆一が苛立ったように口を挟む。

「相変わらず正論だな、北山。その点は俺とお前が似ていないところだ。俺はいつでも自分に対して正直だ」
「どういう意味だ」
「お前だってさっきから麻里の裸に見取れているじゃないか」
「見取れてなんかいない」
「嘘をつけ。それならその証拠を見せてやる。腰のタオルを外してみせろ」

有川はそう言うと隆一が腰に巻いたタオルを指さす。



二人の妻 13
桐 10/13(土) 10:39:47 No.20071013103947 削除
「わかっている……そんなことは俺の独りよがりだって言うことは。あの時、結果的に麻里はお前を選んだ。それについてどうこう言うつもりはない。しかしそれを言うなら五年前のことだって、結果的に麻里が俺を選んだと言えるだろう」
「一緒には出来ない。麻里と俺は結婚していた」
「だから俺はお前に慰謝料を払った。だが、気持ちの上で俺がいつまでもお前に負い目を持つ必要はないんじゃないのか?」

江美子はいつの間にか有川の言葉に聞き入っていた。隆一と麻里が別れるにいたったのは、有川が一方的に悪かったわけではないということなのか。そこに至るまでの三人の長い歴史があったということか。

「多少の行き違いはあったが、俺はお前とはいい友達だったと思っている。今までの人生で、お前ほど気が合う奴はいなかった。学生時代のような関係に完全には帰れないかもしれないが、多少でも付き合いを元に戻したい」

有川は真剣な顔を隆一に向けている。

「お前と麻里は結婚するときに、俺とはいずれ俺の女房を含めて家族ぐるみで付き合いたいとまで言ってくれたじゃないか。多少組み合わせは変わったが、これからでもそれが実現できないか」
「そんなことが……」
「理穂ちゃんのこともあるだろう」
「理穂に何の関係がある?」

有川の言葉に隆一は気色ばむ。

「お前と離婚したとはいっても、麻里が理穂ちゃんの母親であることには変わりない。そういう意味では一生何らかの形でかかわっていかなければならないんだ。憎み合っているよりは、関係を良くしたほうがましだろう」
「理穂がお前に何か言ったのか?」

隆一は有川にいぶかしげな眼を向ける。

「まさか……理穂ちゃんにとって俺は母親を奪った男だ」

隆一は次に麻里に視線を向けるが、麻里も首を振る。

「有川」
「なんだ」
「今回このホテルで俺たちに会ったのは、本当に偶然か?」
「もちろんそうだ」
「さっきお前は、俺の行動はだいたい予想が出来るといっただろう」
「どこに旅行して、どのホテルに泊まるなんてことまで予想できるもんか」

有川がおかしそうに笑う。

「ただ、T県に旅行するのにどこの宿がいいと麻里に尋ねたら、このホテルがいいと麻里が答えたのでここを選んだのは事実だ。麻里はお前と一緒に泊まったんだろうと思った。それとさっきも言ったが、俺とお前は昔から考え方も行動も似ていたからな。いつかこんな風にばったり出会うんじゃないかと思っていた」
「ふん……」

隆一は何か考えるような顔付きをしていたが、やがて微笑して有川の方を向く。

「俺とお前は似ていないところもあるよ」
「なんだ」
「俺は不倫はしない」

隆一はそう言うと有川の目をまっすぐ見る。有川は一瞬気圧されたような表情をしていたが、すぐに声を上げて笑い出す。

「こいつは一本とられたな。まあそれくらいで勘弁してくれ」

有川がさも楽しそうに笑うと、隆一も釣られて笑い出す。どうなることかと見守っていた江美子も、ほっと胸をなでおろす。麻里は少し居心地の悪そうな表情でもじもじしている。

「それじゃあ今晩が記念すべき和解の第一歩というわけだ。幸い4人とも風呂の中だし、これから裸と裸の付き合いをお願いするには丁度いい」
「あなた……」

麻里が再び有川をたしなめる。



悪夢 その83
ハジ 10/13(土) 10:34:31 No.20071013103431 削除

 羽生に促される形で、私の視線が会話に参加していないもう一方の人影をとらえました。あの発言以来、ひたすら沈黙を守りつづける弓削校長です。

「なぜ―――」

 そう言いつつも、私にはわかっていました。羽生がそう言い出す理由も。

 身軽な羽生と違い、校長の弓削には重い責任があります。彼が思いついた突飛なアイデアを決して許しはしないでしょう。
 学校とは一に対面、二に対面。必要以上にそればかりを気にするところなのです。職員が起こしたスキャンダルを打ち消すために、やはり職員が関わった新たなスキャンダルを暴露する―――そんな強引な方法を責任者である湯気が支持するはずがありません。それくらい、羽生の行動は常軌を逸しているのです。

 羽生の突然の申し出に戸惑う一方で、私にも冷静な部分は残っていました。
 一枚岩だと思っていた羽生と弓削―――両者の思惑は完全には一致してはいない。そうでなければ、羽生がこの場から上司を退ける理由がありません。
 おそらく弓削は巻き込まれただけなのでしょう。そのことを踏まえて、弓削を使って羽生を牽制させることはできないか、私は真剣に模索しはじめていました。

そして、私の心中を注意深い羽生は正確に見抜いているようでした。

「あの男は自分の出世にしか興味がない。すでにこの事件のことを聞いてしまったことを後悔している。あとは当事者同士の話し合いで―――立場上、自分から切り出すわけにはいかないから誰かがそう言い出すのを待っている。早くこの場から逃げたがっているんです」

 一度は助けを求めていながら、唐突に校長を見限った理由はわかりません。それには先ほどの、放映中止を呼びかけた弓削の言動に原因があるのかもしれません。今、思い出せば、たしかに弱気と受け取れないこともなかったような……。

「奥さんに構わず、とりあえず校長の前で負けを認めてください。あとは私が当事者間だけの話になるよう、うまく持っていく」
「そんなにうまく―――いくものか」

 私には特に考えがあるわけではなく、少しでも決定を遅らせたいにすぎません。時間を稼ぐことによって、少しでも良い妙案が浮かぶかもしれない―――そんな淡い期待を抱いて。
 しかし、羽生は私に考えることを放棄させようとします。露骨なくらい猫撫で声で懐柔にかかります。

「難しいことではありません。非を認めたうえで、相談したいことがあるので夫婦ふたりきりにしてほしい―――そう言えば、良いのです。もちろん、別の場所で秋穂さんと面談するのは私なのですが……」

 私の顔色を見ながら、羽生はもうひと押しと判断したようです。

「そのときに少しお話をされるのもよいでしょう。奥さまと」

 妻と話ができる―――この言葉が、私を突き動かしました。その瞬間、私がもっとも欲していたことを―――羽生は的確に言い当てたのです。
 私は考えるより先にうなづいていました。



 羽生が会心の笑みを浮かべたとき、近くで人の動く気配がしました。眼を凝らすと、彫像のように動かなかった校長の弓削が席から腰を浮かせていました。我々の会話に聞き耳を立てていたのでしょうか。
   
 そして、もうひとりの人物もやはり音もなく立ち上がっていたのです。



二人の妻 12
桐 10/13(土) 01:05:50 No.20071013010550 削除
「四人でちょうど良い大きさだな」
「そうですね……」

有川に話しかけられた麻里は隆一から顔を逸らすようにして頷く。有川の視線はじっと江美子に据えられており、江美子は恥ずかしさにますます動揺する。

(やっぱりはしたない声を聞かれてしまったのでは……)

どぎまぎしている江美子に、有川が話しかける。

「さっき麻里に似ていると申し上げましたが、やはり麻里よりずっと若いせいか、肌の張りが違いますね」

江美子を品定めをするような有川の口調に、隆一の顔が不快そうに歪む。麻里があわてて「あなた……」と有川をたしなめる。

「いいじゃないか。お互いに裸なんだから飾ったことを言ってもしょうがない」

有川はそう言うとニヤニヤ笑いを浮かべる。

(先にお湯から出ようか……でも……)

この位置では出るときに有川にまともに裸のお尻を見られることになる。有川は女の好みが隆一と同じで、大き目のお尻が好きだと自分で公言していた。

隆一から麻里を奪った有川の目の前に、タオル一枚で覆われた裸をさらすだけでもたまらなく恥ずかしいのに、その好色な視線にお尻をさらすなんてとても出来ないと江美子は考える。

「家族風呂にいたんじゃないのか」

隆一がたまりかねて口を開く。有川は今度は隆一のほうを向いてにやりと笑う。

「札を見たのか」
「ああ」
「あんな風に予約の札を出しておけば、お前たちが俺たちを避けて露天風呂に入るんじゃないかと考えたんだ。まんまと予想が当たった」

隆一が苦々しい顔つきになる。

「北山の行動はだいたい予想がつくよ。学生の頃からそうだっただろう。俺が予想が出来なかったのは麻里に対する手の早さだけだ。いや、あれは麻里の方の行動が予想できなかったと言った方がいいか」
「何をしに来たんだ」
「俺たちが露天風呂に入っちゃいけないか? いや、こういう言い方はさすがにずるいな」

有川はニヤニヤ笑ったまま続ける。

「北山と仲直りをしたいんだ」
「仲直りだと?」

隆一は眉を上げる。

「お前……お前たちが五年前に、俺に対して何をしたのか忘れたのか?」
「もちろん忘れてはいない。悪かったとは思っているよ」

有川は依然として顔に微笑を貼り付けたまま隆一に視線を向けている。

「しかし、あの件についてはこちらも慰謝料を払って解決しただろう」
「解決なんかするもんか」
「そういわれても困る。お互い示談書に署名したということは法的には解決したということだ」
「気持ちの問題だ」
「気持ちの上でも吹っ切れたから、お前は再婚したんじゃないのか」

有川はもう笑ってはいなかった。有川の言葉に隆一は黙り込む。

「昔の話にさかのぼるときりがない。俺はお前と麻里が結婚する前から麻里のことが好きだった。それはお前にもきちんと話していただろう。それを抜け駆けのように俺から麻里を奪ったのは北山じゃないのか」
「奪ったわけじゃない」
「本当にそうか? 俺が麻里と何度か2人だけで会っていたことはお前にも話していた。お前が俺と同様、麻里に気があるのはもちろんわかっていたが、だからこそ正々堂々と俺のやっていることを公開していたんだ。しかし、お前はその陰で俺に内緒で麻里と会っていた」





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二人の妻 11
桐 10/13(土) 01:05:06 No.20071013010506 削除
「それは、はっきり見えないからいいという意味ですか?」
「そうじゃない。神秘的だということだ」

隆一はそう言うと江美子の肩を抱き寄せ、軽く接吻する。

「隆一さん」
「なんだ」
「お風呂で……麻里さんの裸を見ました」
「……」
「肌がとても綺麗でした」
「江美子も綺麗だ」
「私は地黒です。麻里さんの肌は透き通るように白くて……」

江美子の口をふさぐように、隆一が再び接吻する。江美子は隆一が求めるまま舌先を預ける。十分に江美子の舌を吸った隆一が、耳元で囁きかける。

「麻里と江美子を比較したことはない。麻里のことは気にするな」
「はい……ごめんなさい」

隆一は湯の中で江美子をしっかり抱くようにすると、小ぶりだが形の良い乳房をゆっくりと揉み始める。江美子の息が段々と荒くなっていく。

「隆一さん……」
「なんだ」
「お湯にのぼせてしまいます」
「この風呂はぬるめだから、1時間くらい入っていても大丈夫だ」
「そんな……」

隆一は江美子の肢の間に手を伸ばす。江美子は思わず足を閉じようとするが、力が入らない。隆一の指先が江美子の股間に滑り込んでいく。

「ここのところは少しお湯の質が違うようだな」
「駄目」
「随分ねっとりしているぞ」
「誰か……人がきます」
「この時間にもう誰も来るもんか」
「ああ……」

隆一が江美子の片肢に手をかけ、力を入れるとそれはあっさりと開いていく。両足を開いた江美子は隆一の足の上に跨るような姿勢になり、背後から手を回した隆一に乳房を揉まれるままになっている。

「風呂の中というのは便利だな。こういう姿勢でも全然重くない」
「私のお尻が大きいから……普段なら重いといいたいんでしょう」
「俺は江美子の尻が気にいっている」

隆一はそう言うと片手を江美子の双臀の溝のあたりに回し、肛門の辺りをまさぐる。

「あっ、駄目っ!」

江美子がむずがるように裸身を悶えさせた時、突然人の気配がしたので隆一は手を止める。

「おやおや、先客がいましたか。邪魔をしましたね」

驚いたことにそこに立っていたのは有川と麻里だった。

有川はタオルを腰に巻いており、麻里はバスタオルで胸元から腰の辺りまで覆っている。江美子は慌てて隆一の膝の上から降りる。

(見られた……でも、どうして)

江美子は恥ずかしさに身体を縮こませる。いったいいつから見られていたのか。隆一の膝の上に乗っかって思わぬところをまさぐられて発した、はしたない悲鳴を聞かれてしまっただろうか。

しかし、有川と麻里は今頃、貸切の家族風呂に入っていたはずではないのか。有川たちと顔を合わせる恐れがないからこそ、隆一は自分を混浴露天風呂に誘ったのだ。

江美子は湯船の外に置いたタオルを手探りで取り、胸から腰の辺りを隠す。

「一緒に入ってもよいかな」
「どうぞ……」

隆一が仕方なく頷くと有川は身体を軽く流し、湯船に入る。有川に促された麻里は申し訳なさそうな顔をちらと隆一と江美子に向けたが、有川に続いて湯の中に入る。隆一と麻里、江美子と有川が向かい合った格好になる。



二人の妻 10
桐 10/11(木) 21:25:56 No.20071011212556 削除
江美子は体を包んだバスタオルをしっかりと押さえながら、隆一の後を歩いている。脱衣所から露天風呂までこんなに距離があるとは思わなかった。足元の灯りもそれほど明るくなく、江美子は思わず敷石から足を踏み外しそうになって小さな悲鳴をあげる。

「気をつけろよ」
「はい」

江美子は隆一に手をとられて敷石にあがる。

「私、混浴って初めてです」
「最近は水着やタオル着用のところも多いから、若い女性でもそれほど抵抗なく入るようだ」
「誰かいるかしら」
「そりゃあいるかも知れないが、こちらがあまり気にしていると相手も居心地が悪くなる。自然にすることだ」
「隆一さん、混浴の温泉に入ったことがあるんですか?」
「何度か、な」
「まあ」

薄暗がりの中で江美子が目を丸くする。

「でも、期待したような若い女性はいなかった。どこも婆さんばっかりだったよ」
「それは残念でしたね」

江美子はくすくす笑う。

有川と麻里に偶然出会ったことで動揺を隠せなかった隆一だったが、ようやく冗談を言うような気持ちの余裕が出てきたことに江美子は安堵する。

(露天風呂では二人きりなら良いのに)

江美子はそんなことを考えて顔を赤くする。

二人はやがて露天風呂に着く。女性に配慮してか周囲はしっかり目隠しをされており、照明も暗く落とされている。そして江美子にとってもっとも安心したのは、先客が誰もいなかったことだった。

「誰もいませんね」
「そうだな」

当たり前のことを隆一に確認する自分がおかしくなる。江美子と隆一は身体を軽く流し、風呂に入る。湯は透明に近く、5、6入れば一杯になりそうな大きさのため、他の男性客がいたらやはり抵抗があるかもしれない、などと江美子は考える。

それでも二人きりなら十分身体も伸ばせる。お湯もぬるめで、ゆっくり漬かるにはちょうど良い。江美子は今回の旅ではじめてリラックスしたような気分になり、はあと大きなため息をつく。

「気持ち良さそうだな」
「すみません、つい」

江美子は顔を赤くする。

「二人きりなんだから、タオルをはずしたらどうだ」
「えっ……」

江美子は一瞬ためらうが、やがてこっくりと頷く。

外したバスタオルを湯船の外へ置く。素裸になった江美子は恥ずかしげに隆一から身体を隠そうとする。

「どうした、恥ずかしいのか」
「……」
「江美子の裸なんて見慣れているぞ」
「ひどい……見慣れているなんて」

江美子は拗ねたように顔を逸らせる。

「はっきりと見せてくれ」

江美子は頷くと胸と足の付け根辺りにおいていた手を外す。乳房から鳩尾、そして腰にかけて隆一の視線が注がれるのを江美子は感じる。

「見慣れているといったが訂正しないとな。露天風呂のお湯を通して見る江美子の身体は格別だ」



二人の妻 9
桐 10/11(木) 21:25:16 No.20071011212516 削除
「どうしていざ自分の妻のことになると忘れてしまうのかな。相手も自分と同じ、仕事も家庭も両方とも大事にしたい人間だってことを。今回はせいぜいそれを忘れないようにするよ」
「隆一さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「理穂ちゃんは、どうして麻里さんと一緒に暮らすのを拒んだのですか?」
「理穂に直接聞いたわけじゃないから、わからないが」

隆一は首をひねる。

「自分が母親がいないせいで寂しい思いをした人間でありながら、家庭を壊すようなことした母親のことを許せなかったのかもしれない。しかし麻里と別れたとき、まだ理穂は小学3年だったからな。どこまで突き詰めて考えたのか」
「隆一さんのことを可哀そうに思ったのでは」
「理穂がか? それはどうかな」

江美子の言葉に隆一は微笑する。

「可哀そうに思ったとしたら、自分を事実上育ててくれた俺の母親のことじゃないかな。俺は両方の親に対して離婚の原因を伏せておくつもりだったが、麻里が黙っていられなくて自分から話してしまったんだ。曲がったことの嫌いな俺の母は麻里がしたことを随分憤っていたからな。そんな祖母の様子を見ながら、自分が母親と暮らすとは言えなかったのかも知れない」
「そんな……」
「まあ、これは推測に過ぎない。本当のところは理穂に聞かないと分からない。いや、本人に聞いてもどれくらい分かっているか」
「どういうことですか?」
「自分の気持ちは自分でもわからないことが多い」

隆一はそこまで話すと徳利を持ち上げるが、空になっていることに気づく。

「この話はこれくらいでいいだろう。折角の2人きりの旅行だ。もう少し呑もう」


食事を終え、少し酒に酔った江美子は、隆一と一緒に外の空気を吸おうとロビーへ続く廊下を歩いていた。壁沿いに3つ扉が並んでおり、それぞれ木の札がかけられていた。

(ここが家族風呂なんだわ)

ふと見ると、扉の一つに「午後11時〜12時、有川様」という札がかかっている。

(有川さんと麻里さんが入るのだわ)

江美子の脳裡に大浴場で見かけた麻里の姿が浮かぶ。豊満な麻里の裸身が湯船の中で有川に抱かれているのを想像し、江美子はふと息苦しさに似たものを感じる。

隆一もその木の札に気づいたようで、複雑な表情をしている。

(隆一さん、今何を考えているのかしら)
(やっぱり、いくら別れたとはいっても、元の奥様が他の男に抱かれると思うと心中穏やかじゃないのかしら)

江美子はそんなことを考えながら隆一のほうをチラチラと見るが、当然ながら隆一の表情からはその心の裡を窺うことは出来ない。江美子は先を歩く隆一について、旅館の庭へ出る。

「星が綺麗に見えるな」

空を見上げた隆一が呟く。

「本当ですね。東京じゃ考えられないほどですわ」

江美子も釣られて頷く。

「理穂ちゃんにも見せてあげたいですわね」
「江美子……」
「はい」
「後で一緒に露天風呂に入らないか」
「えっ」

隆一の突然の申し出に、江美子は戸惑いの表情を向ける。

「こんな綺麗な夜空なら、露天風呂に浸かりながら眺めたら気持ちがいいだろう。江美子は混浴は苦手かもしれないが、ここはタオル着用でかまわないし、今日は客もそれほど多くないようだ」
「でも」
「そうだな、11時ごろがいいかな。寝る前に一風呂浴びると気持ちがいいだろう」
「あ……」

江美子はそこで隆一の意図に気づく。

「恥ずかしいか?」
「少し……でも」

江美子は頬をほのかに染めながらも、はっきりと頷く。

「わかりました」



千代に八千代に
信定 10/11(木) 10:33:15 No.20071011103315 削除
第二十三章

 千代の母親は、千代を産んだせいで亡くなった。
出産で多くの母親が亡くなる。
現在は医学や医療設備の発展によりリスクは大幅に軽減されたものの、それでも周産期や出産時に死ぬ母親はいる。
子を産むことは命がけである。
庄次郎は母のことを思った。
身重の体で山中をさまよい、危険な目にも遭遇したに違いない。
それでも母は必死で生きた。
千代の話を聞き、庄次郎を産んだ母の執念を感じた。

 その後父親に育てられたが千代が七歳の時、第一次世界大戦に招集され帰らぬ人となった。
日本人三百人の犠牲者のひとりとなったのである。
庄次郎が朝鮮人であることを知られ、村民からの冷たい視線に晒されていた頃、千代の父親は戦死した。
庄次郎は感慨を抱いた。
小さな娘を残してきた父親にとって、どれほど無念であっただろう。
千代は天涯孤独となった。
既に他界している千代の祖母の古くからの知人であるババ様に預けられ、そのままそこで暮らすこととなった。
当時三十路となったばかりの堀田はすでにそこにいた。

 いつ頃からここで生活をしているかは千代は知らないと言う
知っていることはババ様の身内ではないということ、生涯ここで生活しババ様に仕えるということ、
山を幾つか超えた村で生まれ育ったということだけらしい。
実の兄のように優しく、父親のように頼もしい堀田のことはこれ以外何も知らない。
生い立ちも分からぬまま、共に生活してきたのだ。
本人にもババ様にも何度か聞いたことはあったが、曖昧だったので以後その話はしないようにしていたそうだ。
そう言う千代の顔にフッと翳りが浮かんだ。
堀田に妻はいない。

 男女が同じ屋根の下で生活を共にしていると、お互い情を覚えやがて愛情に変化する可能性はある。
年齢的には父親といっても何らおかしくはない堀田のことを、千代はどう思っていたのだろうか。
千代に惹かれた庄次郎が始めに気になったことである。
堀田を慕い、妻になることを密かに願っていたのか。
そして堀田も。
いや、二人をずっと見ていたが、そういう関係にはどうしても思えない。
千代との祝言をあんなに喜んでくれていたではないか。
庄次郎はそのことについて考えるのをやめた。
もちろん千代に聞くつもりもない。

 過去のこと、現在のこと、そして未来のことを二人は語り合った。
千代とこんなにたくさん話したことはなかった。
心を許した人と夢を語り合っていると時間を忘れる。
軍人のような詰め襟を着た車掌が通路をがに股で歩き、もうすぐ列車は目的地に到着する旨を大声で伝えてゆく。
寝ていた乗客は車掌の声で慌てて起きる。
しばらくしてからキーッとブレーキをかける音が聞こえたと同時に体が揺れる。
かなり長いブレーキ音のあと、列車は停止した。
長時間座っていたので体が硬くなっている。
立ち上がった庄次郎が体を伸ばすと、ほぼ全員がおなじような格好をしていた。
車窓の外は薄暗くなっていた。

 ゾロゾロと降りる乗客に混ざって二人は外に出る。
とにかく泊まる宿を見つけなくてはならない。
とばりがおりてしまえば見知らぬ土地故、宿を探すのが困難になる。
食い物は握り飯が残っているので何とかなるだろう。
庄次郎は荷物を背負い千代を促した。

 駅の改札を出たとき、背後から聞き慣れない言葉が耳に飛び込んできた。
振り向くと、背の高い二人の異国の男が歩いてくる。
その男の一人が早口でしゃべっている。
もちろん何を言っているのかはチンプンカンプンだ。
その横で庄次郎よりは十歳ほど年上と思われる背の低い痩せた日本人が、額をハンケチで拭いながら応対している。
三人が歩いている少し後ろから、痩せた男より、さらに十歳ほど年長と見受けられる、
背の高い異国の男たちと引けを取らないくらいの、大柄な白髪の男が仏頂面でついてくる。
顎を掻きながら上を見たり地面を見たり、首をぐるりぐるりと回したりとイライラしている様子がありありと伺えた。

「何と言っているんだ、横山」
業を煮やした体格のよい白髪の男は立ち止まり、とうとう声を荒立てた。
「それが、よく・・・・・・」
顔をハンケチで上へ下へと忙しなく拭い、うろたえている。
「会社ではお前しか話せないんだぞ。まったく、このばか者が」
白髪の男は腕を組み、口をへの字にして空を睨んでいる。
「も、申し訳ありません」
異国の男に頭を下げ、白髪の男にもペコペコして、双方の間であたふたしている。
敵と味方から同時に責められている横山という男が気の毒だった。
だが、庄次郎らにはどうすることもできない。
千代を見ると、やはり痛々しそうな顔で唇を噛んでいた。
見ていても仕方がないので庄次郎は千代の背にそっと手を添え、歩くよう促した。
千代も小さく頷いてそれに従う。

 気になるようで、千代はチラチラと後ろを振り向く。
庄次郎も振り向いてみるが、相変わらず横山という男は二者の間を右往左往している。
後ろ髪を引かれる思いであるが、こればかりは手も足も出ない。
その時、千代の背に宛がっていた庄次郎の手に圧力がかかった。
千代がピタリと立ち止まったのである。
「ん?」
庄次郎はどうしたのか?という顔をして背を軽く押してみたが、そこに根が生えたように千代の体は動かなかった。
「すみません、少し待っていて下さい」
千代は向き直り顔を上げ、正面から真っ直ぐ庄次郎を見た。
嘆き訴えるような千代の目を見て、庄次郎はわずかにたじろいだ。
そう言うと千代は翻した。
風のような早さだった。
庄次郎は千代の背を見つめ茫然としていた。



悪夢 その82
ハジ 10/10(水) 22:27:05 No.20071010222705 削除

「秋穂先生が劇団を告発するのなら―――こちらもレイプ事件のことをマスコミにリークする。もちろん、浩志くんのことも含めて。さあ、どちらが大きく取り扱われるか―――見物ですな」



 その場に倒れそうになった私を支えているのは、力強い一本の腕でした。その持ち主が不敵な笑みを洩らします。

「だが、それには障害がある。それをあなたに取り除いてほしいのだ」

 羽生の指先が私の二の腕に食い込みます。その痛みとともに胸にある疑念が湧きあがってきました。

「貴様、自分の立場をわかっているのか」

 今までの話の流れからすれば、羽生は当然学校側の人間であるはずでした。しかし、彼の提案に乗っても、双方ともに傷がつくだけで誰も得をしません。ましてや秋穂はまぎれもなく、この学校の関係者なのです。
 その身に起こったことが知れれば、当然学校側にとって二重に不名誉な出来事となってしまいます。つまり造反した秋穂への報復行為とはいえ、それには危険が伴うのです。それを知りつつ、暴露合戦に及ぶのはあきらかに学校に対する裏切りといえるのではないでしょうか。

「そんなことをすれば、そちらも只ではすまないぞ」

 しかし―――

「私が別にひとりで学園を背負っているわけではありませんからな」

 羽生は平然とそう嘯くのでした。

「ご心配にはおよびません。あくまで、そうなったら、そうなったときの話―――大丈夫。奥さまに私の提案は拒否できません」

 私は不快さのせいか、無意識に羽生の手を振りほどいていました。しかし、羽生はそのことを気にもとめた様子はありません。

「なにせ、私は魔法の呪文を唱えることができるのですから」

 その言葉は私に重くのしかかりました。羽生は実証に基づいて発言しているのです。
 青二才以前の、未熟な少年たちによって、あの聡い妻が玩弄されるところをみせつけられました。たったひとつのキーワードを用いることによって。

 肉親の愛情のなせるわざなのか(血縁はありませんが)、それとも本当に羽生の言うように調教の成果なのか―――。
 打ちひしがれる私におかまいなしに羽生はさらにたたみこみます。

「あ、言い忘れましたが、奥さんの身柄はしばらく、こちらでお預かりします。身の安全と―――少し、お話を聞かせていただくことになるでしょう」

 さりげない言い方でしたが、中身は聞き捨てならないものです。私の顔色を察したのか、羽生のフォローは迅速でした。

「先生さえ望むのなら、悪い悪魔の呪いを解いてさしあげようと思いましたが、それはやめておきましょう。やはり、目覚めは王子さまのキスであるべきですから」

 とりこんでしまえば、どうにでもなる。そういった計算があきらかに見え透いていました。

「もちろん、その場には先生も同席していただく。私が悪さをしないように堂々と見張っていただいて結構ですよ」

 それでも私はこのあたりで折れようと思っていました。そのときの私は焦っていたのです。
 時間が経てば経つほど、状況が悪化していく―――脅迫観念のようなものが心に染み付いていたのです。

「では、秋穂さんを口説き落とすのは私に任せてもらうとして―――あなたには重要な役割を果たしていただきましょう」

 私は返事をしません。しかし、羽生にはそれが肯定の意思だとわかっていました。

「邪魔者―――まずはあの男に退場していただきましょう。あなたにはやつに引導を渡してもらう」



二人の妻 8
桐 10/10(水) 21:37:27 No.20071010213727 削除
「最初からって、大学のサークルの頃からということですか?」
「麻里からその話を聞いたのか?」
「いえ。詳しくは」

江美子は首を振る。隆一は盃を座卓において、江美子に真っすぐ向き直る。

「今日あいつらに会わなければ忘れるつもりでいた。しかし、こうなったら江美子も気になるだろうし、やはり一度はちゃんと説明しておかなければならない」

隆一は意を決したように話し始める。

「俺と有川、そして麻里は大学で同じサークル、歳も同じだった。俺も有川も、麻里も合唱団のパートリーダーだったから、サークルの運営に関して集まって話をすることが多かった。男と女がほぼ同数のサークルだからカップルも出来やすい。麻里を好きになったのは俺と有川はほぼ同時だっただろう。有川は麻里に対して本気だったし、奴の方が積極的だったと思うが、結果的には麻里は俺を選んだ」

「麻里に対して失恋してからも、有川はサークルの役員としての務めは果たさなければならない。俺と麻里は有川に気を使って、出来るだけ奴の前では恋人らしい雰囲気を出さないようにはしていたが、それでも奴にはなんとなく伝わってしまう。いや、そうすることがむしろ奴を傷つけたかもしれない。有川としては結構辛い日々だったんだろうと思う」

「大学を卒業して2年目の年に俺は麻里と結婚した。俺たちは有川に、共通の友人として披露宴のスピーチを頼んだ。奴との友情をずっと大切にしたいと本気で思っていたし、それこそ有川が結婚でもすれば、家族ぐるみで付き合いたいなんて考えていた。若い頃というのは平気で、無神経で残酷なことが出来るものだ。俺が有川の立場だったら耐えられなかっただろうが、奴は平然と引き受けてくれた。俺も麻里も自分たちの幸せで、周りのことが見えなくなっていた」

「結婚した翌年に理穂が生まれた。愛する妻に可愛い娘を得て、俺は幸せの絶頂だった。仕事もどんどん忙しくなり、有川とだけではなく、大学のサークル仲間とは徐々に疎遠になっていった。麻里は大学を卒業後準大手の商社で働いていたが、いったんその会社を辞めて理穂を育てながら独学で二級建築士とインテリアコーディネーターの資格をとり、理穂が3歳になったときに実務経験がないのにもかかわらず中堅どころのリフォーム会社に採用された。そこで実績を積んで4年後に大手のハウスメーカーに転職した。その会社の取引先の不動産開発会社で営業をやっていたのが有川だ」

江美子は大きな目を丸くして隆一の話を聞いている。

「偶然ですね……」
「ああ」

隆一は頷き、日本酒を一口すする。

「その頃ちょうど悪いことに、俺も麻里も仕事が忙しくてすれ違いになることが多かった。俺は正直言って、麻里には家庭に入ってもらいたかったが、毎日活き活きと仕事をしている麻里を見ているとそんなことはいえなかった」

「麻里が本格的に仕事を始めてからは理穂はもっぱら俺の母が面倒を見ていたが、すっかりお祖母ちゃん子になっていた。麻里は麻里で理穂の面倒を見てもらっているという負い目があるためか、俺の母の前では遠慮がちだった。母も悪気はないのだろうがずけずけとものをいうところがあるため、麻里にはそれがかなりストレスだったのだろう。しかし俺に対してその不満を吐き出すことが出来ない。自分の勝手で俺の母に迷惑をかけていると思っているからな」

「そこで仕事のことも含めて愚痴の聞き役になったのが学生時代の友人ということもあり、気心の知れた有川だったのだろう。麻里も酒は嫌いな方じゃないから、仕事上の付き合いや女友達とたまに飲んでくるといっても俺は特に気にしていなかったんだが、後になって酒の相手はほとんど有川だということがわかった。こうなれば有川の方には元々その気があるのだから、男と女の関係になるのは時間の問題だ」
「でも」

江美子は隆一の告白に息を呑む。

「誰もが必ずそうなるとは限らないんじゃ」
「それはもちろんそのとおりだ。その意味では麻里にも責任がある。麻里が俺を裏切ったというのはその点だ。しかし俺も麻里の悩みに真剣に向き合っていなかった」
「けれどそれは、働く母親なら誰でも持つような悩みでしょう?」
「そういった場合、多くは自分の母親を頼る。しかし麻里は小さい頃に母親を亡くしているから相談したり頼れる相手がいない。中途採用で入社した職場では弱みを見せられないからな。だからこそ自分は理穂を失いたくなかったんだろうが」

隆一は顔を上げて、江美子の方を見る。

「俺の気遣いが足らなかった。仕事をしているもの同士、また理穂の父親として、もっと麻里の悩みを聞いてやれば良かったんだ」
「私は隆一さんに色々、悩みを聞いてもらいました」
「そうだったな」

隆一は静かに笑い、盃の酒を飲み干す。



二人の妻 7
桐 10/10(水) 21:36:41 No.20071010213641 削除
江美子が隆一を裏切らないことを確認したことで安心したのか、それからは理穂は江美子に対して屈託のない態度を示すようになった。江美子はその時の理穂との会話を隆一に対して伝えることはなかった。

理穂は隆一と麻里が離婚するに至った事情を正確に理解しているわけではないだろう。しかし、自分の母親が父親を裏切るようなことをしたということには気づいており、そのため心になんらかの傷を負っているようだ。

(早熟な子だわ。私が中学生の頃はもっとのほほんとしていたのに。見たくもない両親の修羅場を見てきたせいかしら……可哀そうに)

江美子は理穂の年齢に比して大人びた表情を思い出す。

(私が隆一さんとしっかり信頼関係を築くことで、理穂ちゃんにとっても心が休まる家庭を作らないといけないわ)

江美子はそう思い定めると、隆一に切り出す。

「……さっき、お風呂の中で麻里さんと会いました」
「そうか……」

隆一は更に目を落としたまま答える。

「何か話をしたか?」
「ここで出会ったのはやはり偶然だと……でも、理穂ちゃんと時々連絡は取り合っているとおっしゃっていました」
「え?」

隆一は顔を上げる。

「それは気がつかなかったな」
「携帯のメールらしいです」
「俺との連絡にも必要だからということで、中学に上がるときに買ってやったんだ。それなのに俺には滅多にメールなんかよこさないと思っていたが」
「女同士、相談したいこともあるんでしょう」

自分の言葉がフォローを入れたつもりが、そうではなくなっていると江美子は感じる。麻里は「最低限の連絡」としか言っておらず、理穂から何か麻里へ相談しているなどとは話していなかった。どうしてそれをちゃんと隆一に説明しないのか──江美子は自分で自分の心がわからない。

「相談か。相談なら江美子にしても良さそうだが」
「私はまだ理穂ちゃんとはそこまでの信頼関係はないんでしょう」

どうしてだろう。私は隆一さんに対していじけた言い方をしている。こんなからむような酔い方はしなかったはずだ。

「理穂とあいつの間に信頼関係があるとは思えないがな」

隆一は微かに苦笑を浮かべて首をかしげると、盃の酒を空ける。隆一が麻里のことをやや悪し様に言ったことに気持ちの安らぎを感じた江美子は愕然とする。

(嫉妬……)

江美子はそこで初めて自分の心の裡に気づく。

(私は麻里さんに対して嫉妬をしている。隆一さんを裏切り、とうの昔に別れたはずの麻里さんに。麻里さんが理穂ちゃんと今でも繋がっていることに嫉妬しているんだ)
(それとお風呂の中で麻里さんが私に言ったこと。麻里さんと私はどちらも隆一さんの好きなタイプの女──そのことに拘っている。隆一さんが私の中に、麻里さんの面影を見ているのではないかということがひっかかっている)

「ねえ、隆一さん」
「なんだ」
「麻里さんとは、どうして別れたんですか?」
「それはさっき話しただろう」
「有川さんという男性が、隆一さんから麻里さんを奪ったと」
「そうだ」

隆一は空いた盃に酒を注ぎ足す。

「麻里さんが隆一さんを裏切ったということですか?」
「そういう風に言えば、そうなるかもしれない。しかし、夫婦というのはどちらかが一方的に悪いというわけではない。麻里とのことは俺にも責任があるのだろう」
「そんな」
「結局麻里は俺ではなく、有川を選んだということだ。いや、最初からそうだったのかもしれない」





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二人の妻 6
桐 10/9(火) 21:28:01 No.20071009212801 削除
江美子が風呂から帰ると隆一は既に部屋に戻っていた。間もなく部屋に二人分の料理が運ばれてくる。用意を終えた仲居が下がると、旅館の浴衣を身につけた隆一と江美子は座卓に向かい合って坐る。

「この旅館は部屋食なのがいいな」

江美子からビールの酌を受けた隆一が、江美子のグラスにビールを注ぎながら呟く。

「他のお客と顔を合わさなくていいからですか?」
「そうだ」

隆一はそう言うと微笑し、手に持ったグラスを江美子のグラスに触れさせて「乾杯」と言う。

「何の乾杯ですか?」
「結婚一周年だ」
「記念日は来月ですわ」
「わかっている。だいだいで、っていうことだ」

空になったグラスに江美子がビールを注ぐ。

「別に来月、お祝いをしないっていう意味じゃないぞ」
「わかっていますわ」
「来月は理穂と三人でやろう。今晩は二人だけで前祝いだ」

隆一は旨そうに二杯目のビールを飲むと、再び江美子のグラスを満たす。

「ここからは手酌でやろう。料理も旨そうだ」

隆一は前菜をつつき出す。しばらくの間隆一と江美子は、新鮮な山菜や川魚を中心とした料理に集中する。

「この山女も旨いな」
「そうですね」

隆一は山女の塩焼きの身をほぐしたのをつまみに、常温の日本酒を飲んでいる。江美子も酒は嫌いではないが、それほど強くはない。隆一に付き合っているうちに江美子の顔は薄い桃色に染まっている。

江美子は先ほど麻里から聞かされたことを話題に出そうか迷っていた。結婚するにあたって隆一に離婚歴があることは知っていたが、「性格の不一致」と説明する隆一に対して深く尋ねることはなかった。

江美子自身が今時離婚など珍しくないと考えていたことと、通常なら母親が引き取るはずの娘の理穂を隆一自身が引き取っていることから、隆一に大きな落ち度はなかったのではないかと判断したことが理由である。

江美子は結婚する前に隆一から理穂に引き合わされた時のことを思い出す。イタリアンのレストランで江美子と向かい合って食事をしながら愛想よく話をしていた理穂が、隆一が急な仕事の電話で席を外した時、声を潜めて江美子に囁いた。

「江美子さん、パパがママと離婚した本当の理由を聞かされている?」
「いえ……」
「それなら教えて上げる。絶対に知っておいた方がいいから」

身を乗り出すように話す理穂の言葉に江美子は思わず聞き入る。

「ママがパパを裏切ったの。男を作ったのよ」
「えっ……」

理穂の言葉に江美子は衝撃を受ける。

ひょっとしてそういうことではないかとは思っていたが、まだ中学1年の理穂があまりに生々しい言葉を発したことにむしろ驚いたのである。

「パパは江美子さんに対して、ママが一方的に悪いというような言い方はしていないでしょう?」

その通りなので江美子はうなずく。

「パパはそういう人なの。自分にも責任があると思ってしまう。でもパパは全然悪くないわ」

理穂は真剣な表情を江美子に向ける。

「江美子さんはパパを裏切らないでね」
「えっ」

江美子は理穂の迫力に気圧されそうになる。

「もちろんよ。そんなことはしないわ」
「良かった」

江美子の言葉に理穂はにっこりと笑みを浮かべる。

「約束よ」
「ええ、約束するわ」
「それなら私はパパと江美子さんの結婚には大賛成よ」



二人の妻 5
桐 10/9(火) 21:26:58 No.20071009212658 削除
「でも、有川さんが言ったとおりかもしれません……」
「えっ?」

考えに耽っていた江美子は、麻里がじっとこちらを見つめているのに気づく。

「隆一さんが好きな女性のタイプというのがあるんでしょうね。あの人の譲れない好みは目元がはっきりしていること。胸の大きさにはあまり拘らないけれど、お尻が大きめでしかも形がいいこと。その2つです。江美子さんはそれを両方とも満たしていますわ」
「そんな……」

江美子にとってはコンプレックスだったお尻の大きさを麻里から指摘されたことも恥ずかしかったが、有川という男は麻里から、隆一の好みを聞いていたのかと少々不快な気分にもなる。

麻里はそんな江美子の疑念を察したかのように再び口を開く。

「いえ、有川さんがそういったのは、あの人が昔から隆一さんの好みを知っていたからです」
「どういうことですか?」
「隆一さんと有川さんは、大学時代のサークル仲間だったんです。隆一さんたちの大学を中心とした合唱団で、隆一さんがセカンドテナーのパートリーダーで、有川さんがバリトンのリーダー。私は2人とは違う大学だったけれど、同じサークルに所属していて、そこで彼ら二人と知り合ったのです」
「そうなんですか……」

有川という男と隆一がサークル仲間だということは先ほど隆一から聞いていたが、それ以外は江美子にとっては初耳である。

「江美子さんは私のことを隆一さんから聞いていないんですか?」
「いえ、ほとんど何も」
「あら、そうなんですか?」

麻里は少し驚いたような表情になる。

「隆一さんと有川さんは単なるサークル仲間というだけでなく、音楽の趣味もぴったり合っていて、お互いが一番の親友だと言える仲だったんです。おまけに女性の好みも同じ。目元がはっきりしていてお尻が大きめの女、っていうのは有川さんの好みでもあるんです」

麻里は微妙な笑みを浮かべる。江美子は何と反応したら良いかわからず、やや当惑した表情を麻里に向けている。

「ごめんなさい、少し喋りすぎたかしら」
「いえ……」
「なんだか江美子さんのことを品定めするような言い方をしてしまったわ。初めてお会いしたような気がしなくて、失礼なことを申し上げてごめんなさいね」
「そんな……いいんです」
「隆一さんのことは隆一さん自身から聞かされるべきね。あの人とはもう他人になった私なんかがおせっかいをするのは良くない。それは分かっているのだけれど……」

麻里はそう言うと少し顔を逸らす。

「あの人には……今度こそ幸せになって欲しいの」
「……麻里さん」
「これも余計なことですね。あなたのような女性を見つけたのだから、今はきっと幸せなんでしょう。いえ、これからもずっと」

麻里は湯船の中で立ち上がる。

「本当は私がこのままここから姿を消した方が、江美子さんの気持ちは穏やかになるのだろうけど……」
「そんな、私はかまいませんわ」

江美子は首を振る。

「隆一さんの昔のことを少しでも知ることが出来て良かったです」
「そう、ありがとう。それじゃあ出来るだけあなたたちのお邪魔にならないようにするわ」

麻里はそう言って微笑むと江美子に「お先に」と声をかけ、脱衣所へと歩き出す。湯に濡れてキラキラ光る麻里の白く豊満な臀部が左右に揺れるのを、江美子はぼんやりと眺めていた。



千代に八千代に
信定 10/9(火) 13:46:45 No.20071009134645 削除
第二十二章

 初めて蒸気機関車に乗った。
東京にいた頃、何度か目にはしたが自分とは無縁のものだと思っていた。
車内は外と同じように焦げ臭い匂いが漂っているが、それほど気にはならない。
物珍しさの方が圧倒的に勝っているからだ。
車内には半分ほどの客が乗っている。
どの客も皆落ち着いて座っていて、且つ身なりもよい。
車内に入ったときは、ほぼ全員の視線を感じたため落ち着かない気分だった。
同じように乗るのは初めてだと言っていた千代は平然としている。
向かい合わせで椅子が並んでいるが、目の前に人のいない椅子を選んだ。
二人掛けの椅子は思ったより広く、千代と並んで座っても結構な余裕がある。
千代と向かい合って座るのは少し照れくさかったので、並んで座るよう庄次郎の方から提案した。
木でできた椅子も床もピカピカに磨かれていた。
座り心地は悪くない。
千代は目を輝かせて車内を見回していた。

 走り出す前の汽笛の音に庄次郎は飛び上がった。
クスクス笑う千代に、庄次郎は頭を掻いた。
窓を開けると、風がとても気持ちいい。
近くの景色が瞬く間に後ろへ飛び、動かない遠く山々の尾根を見つめていると、まるで雲の上を走っているようだ。
速度が上がると風が強くなったので窓を細くする。
千代の頬にかかるほつれ毛が少しなびく程度に。
揺れや振動はかなりあるが、少々精神が高揚しているせいもあり気にならなかった。
その時、突然外が暗くなり庄次郎は仰天した。トンネルに入ったのだ。
「あ、窓を」と千代の声がしたが、庄次郎は慌てるばかりで時は遅く、煙と灰が車内に充満した。
ブツブツ文句を言う乗客に、二人は米つきバッタのように頭を下げた。

 日本では明治後期から大正初期にかけて、路面電車や都市近郊鉄道の発展と共に、
電気鉄道の技術が確立したと言われている。
この時期、都市からの遠隔地や短距離の鉄道などでは蒸気やガソリン、重油などの内燃機関を動力としたものが多い。
経済の活性化は交通機関の発達ともにあるとも言える。
交通機関の充実とともに市外地への開発も急速に進んだ。
関東大震災で大被害を受けたにもかかわらず、関東圏は驚異的な早さで復興が行われた。
まさに大和民族の底力であった。
その裏方で過激な重労働を強いられ、日本の発展に従事させられた多くの他民族がいたことも忘れてはならない。

 チラリと隣を見る。
いつもの西洋風と思われる髪型ではなく、後ろでギュッとまとめた形だ。
巷の娘たちとおなじような髪型に見える。
同じ年頃の娘と比べると千代は若く見える。
身にまとっているものは質素だが、顔立ちは上品で美しい。
背丈も同世代では少し低い方かもしれない。
華奢に見えるが、実際はそうではないことは庄次郎は知っている。
付くべき箇所にはたっぷりと付いて、くびれるところはキュッと絞られ、素肌の千代はそれは官能的な肢体だった。
堀田と一緒に結構な力仕事をこなしていたせいもあり、女性らしい皮下脂肪の下にある筋肉はしっかりしている。
そこまで考え、息を止めて千代を見つめていた庄次郎は慌てて視線をそらした。
千代は窓に顔を押し付けるようにして外を見ている。
初めて見る千代の無邪気な姿に魅了される。

 ババ様と堀田と千代の関係について、本人達からはついぞ語ることはなかった。
庄次郎からも聞くことはなかったが、それはずっと気になっている。
三人が三人とも赤の他人としか思えない者同士が寝食を共にしているのだ。
しかもごく自然に、家族のようにである。
そして家族以上の結束があり、そして絆がある。
ババ様と堀田の涙を初めて見た。
愛情に満ちあふれる涙だった。
ババ様に抱かれ堀田に抱かれ千代は泣いた。
別れの姿を見て、庄次郎はしばらく胸の震えが止まらなかった。
ババ様に千代とのことはもう一度考えるべきではないかと密かに聞いた。
我々にとっても千代にとっても庄次郎にとっても最善の道だと言い、小さな目が庄次郎を見つめた。
千代を幸せにして欲しい、と熱く語った。
心からおまんさんに惚れておる、と。
自分の方が数倍好いている、とは庄次郎は言葉には出さなかった。

「そろそろお昼をいただきましょうか」
千代が前の座席に置いてある荷物の中から、作ってきた握り飯をいそいそと取り出す。
実家の米も旨かったが、ここでの米のあまりの旨さに驚いた。
冷えた握り飯がまた格別の旨さなのだ。
やはり聞かないではいられない。
「あの・・・・・・」
言い淀んでいると「千代と呼んで下さい。その方が嬉しい」小首をかしげ庄次郎の顔を覗き込む。
「わかった、では、ち、千代・・・・・・」
「うふふ」
口に手を添えた千代の含み笑いで庄次郎は顔を赤くした。
「それ、笑うではないか」
「すみません」
千代の表情からスッと笑顔が薄れる。
「お話ししようと思っていました、おうちのこと」
「え?」
今までこの様なことが幾つかあった。
口に出していないのに何故か分かるのだろう。
千代の勘の鋭さに密かに驚いていた。



二人の妻 4
桐 10/8(月) 22:23:26 No.20071008222326 削除
「あの……理穂ちゃんはお母様と連絡をとっているのですか」
「はい」

頷く麻里を見て江美子は更に尋ねる。

「隆一さんと離婚されてからは、お会いになっていないと聞いているのですが」
「会ってはもらえませんが、たまにメールで最低限のやり取りは。私がいなくなってからは理穂が家のことを取り仕切っていましたので」
「あの……ここに私たちが来ることをご存知だったのですか?」

ひょっとして麻里が、自分と隆一がTホテルに来ることを理穂から聞いて、わざといっしょの宿をとったのではないかと疑ったのである。

「とんでもありません。私もまさか隆一……さんと会うなんて思ってもいませんでした。もしそんなことになるのが分かっていれば有川さんのお誘いを断っています」
「有川さんって……そう言えば、さきほど麻里さんは中条とおっしゃいましたが」
「中条は私が結婚する前の姓です。離婚したので旧姓に戻りました」
「有川さんとはご結婚されていないのですか?」
「はい。私は二度と結婚するつもりはありません」

麻里はきっぱりとした口調で言う。

「私のような女が結婚すると、周りを不幸にするだけです」
「……」
「江美子さんとおっしゃいましたっけ、私がいえるようなことではありませんが、隆一さんを幸せにしてあげてください。そして、出来れば理穂も……」

麻里は湯船の中で深々と頭を下げる。江美子はそんな麻里をしばらくじっと見つめていたがやがて「麻里さん、頭を上げてください」と声をかける。

「私は麻里さんから頭を下げられるようなことはしておりません。ただ隆一さんが好きで……一緒になっただけです。理穂ちゃんと私は家族ですし、仲良くしたいと考えていますが、理穂ちゃんの母親は麻里さんだけだと思っています」
「私には母親の資格なんて……」
「子供にとって、自分を産んだ母親は掛け替えのないものだと思います」
「……ありがとうございます」

麻里は顔を上げて、江美子に微笑みかける。

「それにしても、こんなところで一人の男の前の妻と今の妻が裸のまま挨拶を交わすなんて、考えてみたらちょっとおかしいですわね」
「そういえば」

麻里の言葉に江美子もなんとなく滑稽な気分になる。

「江美子さんには不愉快な思いをさせてしまってどうもすみません。隆一さんによく説明しておいてください。今回のことは本当に偶然なのです」
「わかりました」

江美子も微笑んで頷く。

お互い裸で入るせいか、江美子は麻里に対してなぜか打ち解けた気分になる。

「そうですか、インテリアコーディネーターなんて素敵ですね」
「全然素敵なんじゃないんです。カタカナでなんとなく格好良さそうに聞こえるだけで、本当は泥臭い仕事なんですのよ」

お互いの仕事の話をしているうちに、江美子は麻里が隆一の先妻だということにも不思議と抵抗がなくなってくる。

「江美子さんはおいくつですか?」
「今年33になりました」
「まあ、お若いんですね。羨ましいわ」
「そんな……もうおばさんですわ」
「33でおばさんなら、私なんてどうなるの。来年で40よ」

麻里はくすくすと笑う。

(……ということは隆一さんと同い年)

江美子はちらちらと麻里の白い肌を眺める。

(それにしては綺麗な肌をしている……私よりもずっと色が白くてきめが細かいかも)

江美子がそんなことを考えていると、麻里が思い出したように口を開く。



二人の妻 3
桐 10/8(月) 22:21:56 No.20071008222156 削除
「本当ですか?」
「本当だ。麻里がここに来ているなんて思いもしなかった。いや、もしも俺との思い出の宿ならなおさら、あいつに来れるはずがないと思っていた」
「私をここに連れてきたのは、それだけが理由なんですか?」
「そうだ」

江美子はしばらく目を伏せていたが、やがて顔を上げる。

「わかりました。隆一さんの言うとおりだと信じます」

江美子はそう言うと柔和な笑みを浮かべる。

「隆一さんは気になりますか? 麻里さんのことが」
「いや……」

隆一は首を振る。

「さっきはいきなりだったからこちらも驚いただけだ。あれからもう5年以上もたつし、俺には今は江美子がいる」
「それなら、折角の旅行ですから、楽しみましょう。こちらが気にしなければいいだけのことです」

江美子は冷めかけたお茶を一気に飲み干す。

「お茶を淹れなおしましょうか」
「いや、だいぶ歩いたせいか、喉が渇いた。俺もこれでいい」

隆一も湯飲みの中のお茶を飲み干す。

「それじゃあ、お食事前にお風呂に行きましょう」

江美子は立ち上がると隆一を誘った。


Tホテルは和風の温泉旅館であり、男女別に別れた室内の大浴場だけでなく、タオル着用の混浴の露天風呂、またいくつかの貸切の家族風呂がある。江美子は隆一と別れ、室内の女湯に向かった。

チェックイン間もない時間でもあり、風呂には先客は3人しかいない。うち一人は60過ぎ、もう2人は江美子とほぼ同年代と思われる母親とその娘らしい少女である。

少女は母親に髪を洗われながらきゃっ、きゃっと楽しそうにはしゃいでいる。江美子はそんな母娘の姿をぼんやりと眺めている。

(理穂ちゃんと麻里さんも、やはりこのお風呂の中であんな風に楽しそうにしていたのだろうか……)

母親はケラケラと笑う娘をたしなめつつも、慈愛のこもった眼差しを向けている。江美子は軽く身体を洗うと湯船に浸かり、ゆっくりと手足を伸ばす。

日頃溜まった疲れが湯の中に溶けていくようである。江美子は母娘の姿を見ながら先ほど出会ったばかりの麻里のうろたえたような顔を思い出す。

(麻里さんはやはり理穂ちゃんと暮らしたいだろう。理穂ちゃんも本当はそうなのでは……)

母と娘は仲良くてを握り合って風呂から出る。江美子がぼんやりと湯船に浸かっているうちに何時の間にか60過ぎの女性はいなくなっている。一人になった江美子がうとうとしていると、扉が開く音がして新たな客が入ってくる。

顔を上げた江美子は、それが麻里であることに気づく。

「あ……」

麻里は一瞬戸惑ったような顔をするが、やがてお辞儀をすると洗い場に腰をかけ、軽く身体を洗い、湯船に入ってくる。

「先ほどはご挨拶もせずに失礼致しました。中条麻里と申します」
「こちらこそ失礼しました。北山……江美子と申します」

裸のまま2人の女は湯船の中で向かい合う。

「いつも理穂が大変お世話になっています」
「いえ……」

江美子は首を振ろうとして、麻里に尋ねる。



二人の妻 2
桐 10/8(月) 22:20:37 No.20071008222037 削除
旅館を出た隆一と江美子が、川沿いの道を10分ほど歩くと木製の吊橋に着く。橋の向こうから歩いてくる男女2人連れを目にした隆一は急に立ち止まる。

「どうしたんですか」

江美子が怪訝な表情をする。2人の男女も隆一に気づいたのか、一瞬顔をこわばらせるが、すぐに平静を保ち隆一に近づいてくる。

「これは北山さん、こんなところで会うとは奇遇ですね」

男は不自然な笑みを浮かべながら隆一に話しかける。

「……どうも」

隆一は頷いて男の後ろに隠れるようにしている女に目を向ける。女はこわばらせたままの顔を隆一からそむけるようにしている。

「どちらにお泊りですか」
「……Tホテルです」
「そりゃあますます偶然だ。我々も昨日からそこに泊まっているんですよ」

男は笑顔を浮かべたまま隆一の顔をじっと見る。たまりかねた隆一が顔を逸らすと、男は口元に勝ち誇ったような笑いをうかべ、江美子に視線を移す。

「こちらは、奥様ですか」

隆一が答えないので、江美子は仕方なく「はい」と返事をし、頭を下げる。

「そうですか」

男は笑いを浮かべたまま振り返ると、背後の女に声をかける。

「やはりどことなく麻里に似ているな。女の趣味というのは変わらないもんだ」

男はそう言うと声をあげて笑う。女はじっと顔を逸らせていたが、やがて「もう、いきましょう」と男に声をかける。

「それじゃあ、また」

男は薄笑いを浮かべたまま隆一に会釈をすると、隆一たちが来た道を旅館に向かって歩き出す。女は深々と隆一に向かって頭を下げ、男の後を追う。硬い表情で立ち竦んでいる隆一に、江美子が気遣わしげに声をかける。

「隆一さん……今の人たちは」

隆一は江美子に背を向けたまま川面に視線を落としている。

「別れた妻の麻里だ」
「すると、男の人の方は……」
「有川誠治、俺の大学時代のサークル仲間だ」

隆一は掠れた声で答える。

「そして麻里を、俺から奪った男だ」


隆一と江美子はその後30分ほど無言のまま散歩を続けると宿に戻る。チェックインを済ませて部屋に案内された2人はお茶にも手をつけないで黙ったまま座卓越しに向かい合っていたが、やがて江美子がたまりかねたように口を開く。

「隆一さん、どうして麻里さんがここに」
「わからん」

隆一は首を振る。目を上げた隆一は江美子が必死な顔つきをしているのに気づき、言葉を継ぐ。

「本当だ。有川の言っているとおり偶然だろう」
「そうなんですか?」
「……ただ、このホテルは以前、麻里と理穂の家族3人で泊まったことがある」

「麻里さんとの思い出の宿って言うことですか」

江美子の表情がさらに強張ったのを見て、隆一は弁解するように続ける。

「違う。ただその時、料理も応対もとてもいい宿だと感じた。だから江美子を今回連れて来たいと思ったんだ。お互い忙しくて、ようやく2人で来れた一泊旅行だから、あえてはずれを引きたくなかっただけだ」



二人の妻 1
桐 10/8(月) 22:19:13 No.20071008221913 削除
横浜を出るころは雲が多かった空も、K温泉に着いた時はすっかり晴れ上がっていた。紅葉にはまだ早いが、かえってそれだけに有名な温泉地とはいえ降車客も多くない。急に思い立った旅行だったが、希望の宿も問題なく予約することが出来た。

「気持ちいいわ、これこそ秋晴れって感じですね」

駅前に降り立つと、オレンジ色のニットのトップに白いパンツ姿の江美子が両手を上げて大きく伸びをする。明るい栗色に染めたウェーブのかかった髪が陽光にきらめくのを隆一はまぶしげに見つめる。

隆一は地面に置いた江美子のバッグを空いた手で持つと、タクシー乗り場に向かう。

「あん……自分の荷物は自分で持ちますよ」

江美子が小走りで隆一を追いかける。隆一はドアを開いたまま客を待っている数台のタクシーのうち、先頭の車に乗り込むと「Tホテル」と行き先を告げる。

「チェックインにはまだ早いから、ホテルに荷物を置いて少しその辺りを散歩をしよう」
「そうですね、2人とも日頃運動不足ですから」

江美子がにっこりと笑うのがドアミラーに写る。

「江美子」
「何ですか?」
「その丁寧語はやめろ」
「だって……習慣になっていますから、すぐには直りませんわ」

江美子は少し困ったような顔をする。

隆一と江美子が出会ったのは今から2年前、隆一が37歳、麻里が31歳のころである。大手都市銀行の一角、首都銀行の審査1部に審査役として配属された隆一は、そこの企画グループに所属していた古村江美と出会った。

一度結婚生活に破れた経験のある隆一は、女性と付き合うことについては臆病になっていた。しかし、江美の育ちのよさから来る天然のアプローチが次第に隆一の心を動かし、一年後に2人は結婚した。

首都銀行は同じ職場の行員同士が結婚すると、どちらか一方は転勤しなければならない内規がある。このため江美はターミナル店舗である渋谷支店の営業部に異動となり、法人営業の仕事に就いている。

タクシーは15分もしないうちにホテルにつく。フロントに荷物を預けて身軽になった隆一と江美子は、再び外へ出る。

「いい眺めですわ」

くっきりとした山並みを見ながら、江美子が溜息をつくように言う。色づき出した木々が美しいまだら模様を作っている。

「理穂ちゃんも一緒だったら良かったですね」

江美子の視線に少し翳りが差したのに隆一は気づく。

「今回の旅行は理穂が勧めてくれたんだ。その気持ちをありがたく受け取っておこう」
「そうですね」

隆一には先妻との間に出来た娘、理穂がいる。5年前に先妻と離婚したとき、小学3年だった理穂にはまだ母親が必要だと隆一は考えたのだが、理穂は母親と暮らすことをはっきりと拒絶した。そればかりでなく、理穂はずっと母親との面会も拒んできた。隆一は娘に根気強く、母親と会うことを奨めたのだが、理穂は頑として受け付けなかった。

江美子と結婚が決まってからは、隆一も娘と母親を会わせることを諦めるようになった。隆一は江美子が理穂とすぐに家族同様にはなれないかもしれないが、いずれはよき相談相手にはなれるのではないかと期待した。そのためには理穂に、母親と会わせることを奨めるのはむしろ弊害になるのではないかと思ったのである。

隆一が江美子と結婚したいということを話したとき、理穂は少しショックを受けたような顔をしたがすぐに平気な顔をして、「良かったじゃない、お父さん」と微笑した。3人で暮らすようになってからも、理穂は江美子に対して屈託のない態度を示したが、それは隆一には、まるで年の離れた姉に対するようなものに見えた。

理穂が江美子のことを母と呼ぶ日が来るのかどうか、隆一には分からない。継母と娘の葛藤といったことは一昔前のドラマや小説ではよく聞くはなしだが、離婚がごく当たり前になった現在ではさほど珍しいものではないのかもしれない。今年中2になった理穂が江美子のことをどう位置付けるのかは理穂自身に任せようと、隆一は考えていた。





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悪夢 その81
ハジ 10/8(月) 00:19:07 No.20071008001907 削除
 少年たちのあげる獣声をとめどなく流れる水音が打ち消します。
 眼を伏せていても、汚水を浴びた妻の体から湯気が上がるのがみえる気がします。

「こいつらを殺してやりたい」

 合わない歯の根を私は必死に噛み締めていました。
 自分たちが犯した女性に放尿するという被害者をさらに貶める行為。その悪魔のような所業を目にして、私の心は張り裂けそうでした。それは憎しみが理性や恐怖を凌駕した瞬間―――怒りが頂点に達した瞬間でもありました。

「この鬼畜どもを地獄へおとすにはどうしたらいい」
「私に協力することです」

 羽生はあくまで平静に、ややもすれば冷淡にさえ聞こえる声でそう答えました。

「そうすれば、彼らはそれなりの報いを受けることになるでしょう。そして、あなたがたの名誉も守られる」
「どうやって?具体的にはどうすればいい?」

 頭に血がのぼった私はすでに羽生と手を組む気になっていました。彼が何の代償も求めないはずなどないのに。

「私の指示通りに動いていただければ大丈夫です。とりあえず席をはずしてくれるだけでいい」
「それはなぜ―――席をはずして、それから―――」
「さしあたり、それだけで事足りるのです」

 羽生の説明に要領を得ない私は顔をしかめました。声に苛立ちが混じります。

「なんのために?私にはさっぱり―――」

 羽生は長いため息をつきました。これから私に理解させる難儀さを嘆くように。
 無論そんなことで私に遠慮する気などありません。

「答えないなら、この話はここまでだ。私はひとりでもやる」
「―――わかりました」

 羽生が悩ましげな様子で、鼻筋を指でなぞりました。

「彼らを始末するかわりに、例のジャーナリストの情報は全て出していただく。それに加えて、劇団に関しては一切他言無用。これがこちらの条件です。まずはそれを守っていだけるよう、奥さんを説得しなければならない」
「秋穂を―――」

 私は途端に決意がしぼむのを感じていました。

「君は交渉する相手をまちがえているよ。言っておくが、私に彼女の意志を変える力はない。君が直接やってくれ」
「わかっています」

 羽生はさも簡単に請け負いましたが、私には理解できません。彼の弁舌を持ってしても、秋穂は自分を曲げないでしょう。

「やはり無理だ。君の力を持ってしても―――」
「そう難しいことではありません。奥さんはこの条件を呑まざるを得なくなる」

 羽生の自信に揺らぎは感じられません。しかし、私には彼の態度を疑わざるを得ないのです。なにせ物証であるDVDが開示されるまで、この男は得意なはずの駆け引きでことごとく妻に遅れを取っていたのです。
 その醜態をみせられた後では、いくら秋穂が暴行されたという決定的な証拠をつかんだといっても、にわかに形勢の逆転を信じられないのも無理からぬことでしょう。

「秋穂はそもそも少年たちを罰することは望んでいないんだ。妻は独力でなんとかしようするだろう―――それにレイプされた事実をもって君が脅そうとしても、彼女も不正の暴露というカードを持っているんだ。そちらの一方的な要求に屈することにはなるまい」
「フー、私と先生のあいだではずいぶん認識にずれがあるようだ」
「それはどういう―――」
「秋穂さんと私のカードはたしかに一枚ずつですが、効果については互角ではありません」

 羽生はできの悪い生徒を諭すような口調になっていました。

「彼女がマスコミを使って、おしばなの件を告発する気なら、こちらも同じことをする」
「同じ―――」
「今回のレイプ事件の顛末を事細かにマスコミにリークする。浩志くんのことも含めて」
「――――――」
「どちらがセンセーショナルな事件として扱われるか―――見ものですな」

 卒倒しそうになった私の腕を羽生のごつい指が掴みました。そして、ものすごい握力で引き戻します。

「だが、それには弊害もある。それをあなたに取り除いていただきたい」



悪夢 その80
ハジ 10/6(土) 00:05:33 No.20071006000533 削除
「フン、おめでたい奴らだ」

 羽生は侮蔑の表情を隠そうともしません。画面の中の少年たちの会話を受けてのことです。

「他人の手ですでに調教済みなのに、さも自分たちの手柄と勘違いをして」

 嘲りにわずかに苛立ちを滲ませるのはまだ見ぬ敵―――それは少年たちでもなく、秋穂でもなく―――への対抗心のあらわれでしょうか。
自分ならもっと上手くできる―――そう言わんばかりに舌なめずりする姿に呆れながらも、より深い部分では空恐ろしさをおぼえていました。
 そんな私の気色を察したのか、羽生は貌を変え、ゆっくりと笑みを浮かべます。

「さて―――」

 表情を消し落ち着き払った様子の羽生は身を屈めて、硬直した私を斜め下から見上げました。彼の視線に押されるように、私の顎が上向いていきます。

「ここをうまく切り抜けたとして―――」

 ねめつける羽生の目が強い光を帯びてきました。

「校長や私の追及から運良く逃れられたとして―――連中―――このケダモノのような奴らのことはどうするおつもりですか」

 意表を突かれた私に返す言葉はみつかりません。
 そこまでは考えていなかった。考える余裕がなかったというのが正直なところです。

「証拠のDVDがここにあるからといって、安心はできません。動画がなくても写真はあるようだし―――彼らが何か仕掛けてくる可能性はあります。いまの幼稚な計画はお聞きになったでしょう」

 再び私の脳裏に先日の無言電話が浮かびました。あれは果たして事件とは無関係のものだったのでしょうか。

 妻は―――秋穂はそのことについて、どう思っているのでしょうか。
 私は後ろにたたずむ彼女に答えを求めます。 しかし、薄闇が彼女の表情を覆い、その表情をうかがい知ることはできません。

「私にお任せくださいませんか。決して、悪いようには致しません」

 その声は不安定な私の心にすっと忍び込んでくるのでした。



「私と手を組みませんか。お互いの幸福のために」

 その言葉を飲み込むのに、そのときの私にはいささか時間が必要でした。心が揺らぎ、しかし、すんでのところで声の正体に気がつきます。

「――――――」

 はっきりと拒絶の意思を示そうとした私でしたが、何故か声になりません。
そんな私の葛藤を無視して、羽生は迫ってきます。

「あなたは幸せな家庭を―――我々は平和な学校運営のために―――悪い話ではないはずです」
「どうしようというのだ」

 私は引き込まれるのを自覚しながらも、そう聞いていました。

「こいつらを排除してさしあげます。二度とあなたがたの前に現れることがないように」

 こともなげに羽生はそう言ってのけました。画面を指差しながら。



 最後まで残っていた少年が秋穂の脚のあいだから、からだを抜きました。持ち上げられていた両膝が支えを失い、力なく地面におちます。
 少年は仲間たちの視線に気づいたのか、急いで下着を上げ、ズボンに手をかけます。付随したベルトがカチャカチャと音を立てました。
 それを見ていた少年たちのひとりがスッと群れから離れようとしました。リーダー格のシャックがそれに気づき、呼び止めます。

「どこに行くんだよ」
「いやあ」

 少年は股間に両手を添えて、駆け出す仕草をします。

「一発ぬいた後だろう―――もよおしちゃって」

 その答えにシャックはぽかんとした顔をしましたが、次の瞬間にはたまらずといった感じで、笑みをこぼしました。

「いいねえ。じゃあ、仲良く連れションといこうや」
「なんだよ。気持ち悪い」
「いいから」

 警戒する友人の背を先ほどとは反対方向に押していきます。

「どこに行くんだよ」
「便所なら、すぐそこにあるじゃねえか」

 シャックが意味ありげな視線を前方に移しました。その先には倒れたままの白い裸体が……。
 まさか―――

「マジかよ」
「ぶっかけんのかよ」

 シャックのアイデアに黙って見ていた他の少年たちが色めき立ちました。
 シャックは得意そうな顔で顎をしゃくります。

「こいつには自分の立場わからせねえとな」

 この狂気はどこから来るのか。私には身震いしながら、それを見ていることしかできません。

「―――やりすぎだよ」
「面白え。やろうぜ」

 反対の声はあっという間に飲み込まれてしまいました。シャックが鼻唄まじりにジッパーを下ろすと、同じ音が次々にあたりに響きました。
 妻を囲む少年たちの眼はいずれも軽い興奮に彩られていました。
 私は数瞬後におとずれるその光景に耐えられず、思わず目をそむけました。

「いっせいにだぜ。せーの」

 掛け声に続いて流れ出した濁流が勢いよく地面をたたきました。



千代に八千代に
信定 10/5(金) 14:11:50 No.20071005141150 削除
第二十一章

 人生の転機とも言える思いもよらぬ幸福があり、予定した日より出発は遅れた。
二人がより親密になるように、ババ様が時間を与えくれたからだ。
これまでの恩返しもかね、またささやかな汚名を挽回する意味もあり庄次郎は仕事に精を出した。
朝は誰よりも早く起き、夜は遅くまで作業に没頭した。
堀田は頭を掻き、ババ様がオロオロするくらい、庄次郎はかいがいしく動き回った。
体を酷使することはさほど苦にならず、元来嫌いではない。
働き者の母親譲りだと誇りに思っている。
突然の夫婦生活で特に庄次郎の方に気恥ずかしさがあったが、毎夜肌を合わせるごと自然に振る舞えるようになった。

 旅仕度を調え広い土間から外へ出ると、やや愁い顔の堀田と、
顔のしわをもっと深くして、にこやかな笑みを浮かべるババ様が待っていた。
自分の物は殆どないので、庄次郎が背負っている荷物はおおよそ千代の物だ。
その荷物を両手に持ち替え二人に小さく会釈をして、一歩後ろからついてきた千代を振り返る。
もう千代の目には涙が浮かんでいた。
「行きなさるか」
目を細めて千代を見て、ゆっくりと庄次郎に視線を戻し、なごり惜しそうに堀田が言う。
大きな体の堀田の横で、両手を後ろに組んだババ様が、うんうんと頷いている。
庄次郎は今まで何度となく見てきた、ババ様のこの頷く姿が大好きだった。
この姿を見たくてババ様に話しかけていたと言ってもいい。

 これ以上ここで甘えるわけにはいかないし、やりたいことも山ほどある。
千代と共に新しい人生を歩んでみたい。
恩返しの意味ももちろん含めて、何としても千代を幸せにしたい。しなければならない。
その漲る気持ちが腹の底から突き上げる。
堀田ともババ様とも、その件は何度か話し合った。

「勝手言って申し訳ありません」
千代を見つめる堀田の目はこの上なく優しい。
「なんの、千代にとってこれが一番ええ。おまんさんはほんまにええ男やに。心のぬくいお人じゃ。
安心して千代を・・・・・・」
ここでババ様の声が詰まった。
千代が歩み寄りババ様に抱きついた。
ババ様の小さな肩に顔を埋め千代は泣いた。
まるで子供のように。
ババ様は唇をへの字に曲げ、目を硬く瞑り、顔を天に向けて小さく頷いていた。
庄次郎と堀田は握手を交わす。分厚い掌が強い力で握り返してきた。
深く頷き感謝の意を口にする庄次郎の肩に手を置いた。
そして千代は堀田に抱かれる。
分厚い胸に顔を押し当て、鳴き声がくぐもる。
大きな掌がいとおしむように、千代の黒髪を柔らかく撫でていた。

 ふと後ろを振り向くと、二人の見知らぬ男がババ様に近寄っていた。
ここへ来て他の人を見るのは、少しひょうきんな白髪の医者以来だ。
黒い法被を着た共に体格の良い、年配者と若い男だ。もしかしたら親子なのかも知れない。
男たちは自分の頭がババ様の背丈より、何としても低くなるようにお辞儀をしている。
大柄な男が簑笠を体の前に両手で持ち、背丈の半分くらいしかないババ様に頭を下げている姿は少し滑稽だった。
男たちを見ていると、ババ様をいかに尊敬しているか手に取るように分かった。
彼らは俥夫だった。
ババ様が千代と庄次郎のために呼んだのだ。
山道を歩き東へ旅する道もまた楽しかろうと、二人で決めたことをババ様たちに話したが、
山中徒歩であれば何らかの危険が伴う可能性もあるし、また新たな人生への体力的な温存ということで、
堀田からの強い進めもあり、庄次郎は甘えることにした。
自分一人なら構わないが、若くて体力があると言っても千代は女だ。
そして美しい。
おいはぎや雲助の標的にならないとも限らない。
ババ様達はそれを憂いたのだ。
ヒグマに遭遇し、そのせいでここにいるということをすっかり忘れていた庄次郎は、浅はかな考えにゾッとした。
手塩にかけた愛娘を嫁にやるわけで、考えれば当たり前のことだ。
ババ様たちの心遣いが嬉しかった。
自分を信用してくれる皆の気持ちを、庄次郎は改めて厳粛に受け止めるのであった。

 千代も庄次郎も少々無理な体勢で、人力車の中からずっと顔を出していた。
後ろに手を組んでこちらを見ているババ様の佇まいに、哀しみと、そして安堵の表情が伺えた。
手で首の後ろを掴んで立ちつくしている堀田の姿を見て、庄次郎は目頭を熱くした。
丘陵を真っ直ぐ登り、やがて下りにさしかかった。
始めにババ様の姿が消え、少しして堀田の姿が丘に沈んだ。
それでも千代は泣きながら、いつまでも手を振っていた。

 初めて乗る人力車だが、今ひとつ快適とは言えない。
山道の悪路を進むため、揺れがひどい。
俥夫はその都度詫びを入れるが、逆にそれも鬱陶しい。
もう一つの車に乗っている千代の表情から察するに、特に問題は無さそうだ。
やや憂いのある表情で庄次郎を見つめてくる。
庄次郎が笑みを浮かべると千代も口元をほころばせた。
それにしても俥夫の馬力は凄い。
休み無しでどんどん坂を登り降りする。
話を聞くとババ様には並々ならぬ世話になっていると言う。
下界とは無縁であったと思われたが、どうもそうではないらしい。

 千代が少し控えめに指差す方向を見ると沼が見えた。
庄次郎は自分が倒れていた沼だとすぐに分かった。
千代が言ったとおり、美しい沼だった。
水の色が空の色と同じだった。
今は季節ではないが、鶴の飛来地になっているらしい。
この小さな沼を覆い尽くすほどの鶴が舞い降りるのだそうだ。
庄次郎は驚いた顔で千代を見た。
千代は少しはにかんでいた。
沼は屋敷から少し離れていると千代は言った。
だがそこは庄次郎の想像を遙かに超えた遠い場所にあった。

 二人のホッ、ホッと言う掛け合いも始めは耳障りだったが、
今では活力をもらっているようで、いかにも小気味がいい。
いつの間にか揺れに慣れ、むしろ乗り心地が良いとさえ感じるようになった。
まったくもって都合のよい性格に辟易する。
一回休憩をとっただけで、そのあとは休みなしで山を一つ越えた。
下りにさしかかると、そこからは開けた美しい景観が眼下に見おろせた。
彼方に鉄道が見えた。



由愛 5
薄味チップス 10/4(木) 00:14:37 No.20071004001437 削除
 大奥を潰す為には自分に何が出来るだろう?
あの日から何事もない平和な1週間が、由愛にその思いを強くさせていた。
涙を流しながら痴態を晒し、写真やビデオにその姿を収められた。
圧倒的な程、由愛の方が弱みを握られているのは変わりない。
さらに多香子から聞いた話。それは由愛に大奥潰しを諦めたほうがいいのかと思わせる内容だった。

 由愛に出来ること。それは情報の収集からだった。
もちろん不穏な動きを見せていると大奥に悟られるわけにはいない。
由愛が仕入れる情報元は、あの日大奥を潰してくれることを期待してると言った望月多香子だ。
大奥潰しに直接の関与をしない。それを条件に多香子は由愛に大奥の情報を与えていった。
その中で、由愛に仲間が出来ていく。
大きな声で大奥なんてなくなってしまえばいいと言えなかった人妻達だ。
とは言っても、由愛と多香子を除けば他に集まったのは2人。
他の者達はほとんどが大奥に毒され、大奥での高い地位を望む者へと変わってしまったらしい。
そこには自分以外の弱い誰かを標的にすることで、自分が守られているような錯覚に陥る集団心理も絡んできているのだろう。
 由愛が仕入れた情報。それは大奥のメンバーなら誰でも知り得る内容のものばかり。
それでも何も知らないよりは十分だった。
由愛が住む団地内の502号室が、人妻斡旋売春組織とあった大奥で使われている部屋だということ。
鍵の管理はあの日、御台の傍にいた3人がやっているということ。
「それじゃ502に大奥に関する大事なものが?」
「いえ。そんなものはないわ。だって私達も入るのよ?」
502室。そこは簡単に言えば売春宿と化している場所らしい。
団地内であれば、平日の昼間そこに居るには大奥のメンバー達と何もわからない幼児のみ。
悲鳴や喘ぎ声が聞こえたとしても問題ない場所なのだ。
ホテルなど外で会うこともよりもはるかに安全で人目に付かない場所と言えるだろう。
木の葉を隠すには森の中。そんな言葉が由愛の頭に浮かんでくる。

 少ない情報と、仲間を手に入れた由愛に大奥からの声がかかったのはそれから間もなくのことだった。
「明日の午後1時にお前の歓迎会があるから時間空けておくんだよ」
それは御台直々の言葉であった。
「ここの502においで。いいかい?遅れるんじゃないよ?」

 翌日。由愛は5階まで上がってきていたが、502室のドアの前までは足が進まなかった。
「あら川原木さん。どうかしましたの?」
後ろから声をかけられてびくっと身体を硬直させる由愛が振り返って見たものは、多香子の姿だった。
「も・・・望月さん! 望月さんこそどうしたんですか?」
「川原木さんの歓迎会でしょ? 川原木さん以外のメンバー達は自由参加なの。
 普段なら参加しないんですけど・・・・」
そこまで言うと多香子は由愛の耳元に顔を近づけて小声に変わる。
「大奥を潰したいって言う川原木さんでしょ?
 心配で・・それと期待も応援もしてるの。他の2人も来ることになってるわ」
確かに何も知らないままあの御台達の前に一人出されるよりは恐怖感が柔らぐ。
「あの・・・歓迎会って何をするんですか?」
「・・・・・」
無言になり、少し見上げるように視線をずらした多香子がため息交じりで言う。
「あまりいいことはないわ。実は参加する私達もね」
「そ・・それじゃなんで・・・」
「言ったじゃない。私は何もしてあげれないけど、川原木さんは私達の希望よ?
 あ・・勝手なこと言ってごめんなさい・・でも本当にそう思ってるの」
人知れず”お局様”として君臨する多香子。
それは本当に味方なのかそれとも・・・由愛にはそう疑うほど多香子の素性など何も知らない。

「!!」
 502室。そこに入ってまず由愛が思わず目を見開いてしまったものがあった。
壁に飾られている女達の裸体写真。
1人につき、決められたポーズで4枚ずつ飾られている。
姿勢良くまっすぐ立ったままの全裸写真が、正面から、後ろから、横からの3枚。そして女性器のアップ写真の4枚だ。
飾られている写真の下には名前やスリーサイズ、部屋の室番まで書かれている。
ここに住む夫達は、自分の妻の裸体写真が同じ団地内で晒し者のように飾られていることを知らない。
何も知らず、妻の全裸写真が飾られた隣、上、下・・各部屋でそれぞれが変わらない平和な時間を過ごしているのだ。
並べられている写真の中、何も飾られていない場所がある。
それは502室と、303室。
303にはすでに「川原木由愛(26)」と書かれ、数字の埋まっていないB・W・Hのアルファベットが並んでいる。
「・・・・・・」
ただ顔を青くする由愛に発することが出来る言葉はなかった。

「今日はあのお方が来るって言うんで由愛の歓迎会と合わせたのよ。
 もっと早くにやった方が良かったかい?」
室内に入った由愛を待った居たのは御台と例の3人組み。
他の大奥メンバーは不参加らしい。
それは歓迎会に参加すると、自らにも恥辱の洗礼が待っていることを誰もが知っているからだった。
大奥の地位を目指しても、我が身を守れる時には守りたいと誰もが思っているということだろうか。
そんな歓迎会に多香子や他の2人が参加したことは珍しい出来事だと言ってもいいだろう。
「珍しいね。あんた達。特に多香子なんて来ない人NO1だと思ってたけど」
多香子を呼び捨てにする御台。
そう、御台さへ多香子の正体を知らずにいるのだ。
今の御台に地位を与えたのは、多香子が大奥を作るきっかけであるあの男。
多香子自身が手にかけた大奥メンバーがすでに新居へと移っている今、その存在を知るものは御台を含め誰もいなくなっている。
「今日はあのお方が来るんだよ。ぼさっとしてないでこれに着替えな」
御台がそれぞれの足元に投げたものは、赤や青、黄色など様々な色のものであった。
由愛の足元に投げられたのは白。それは着替えるという言葉からは想像できない紐のようなものだった。
「これって・・」
「早く着替えた方がいいわよ?」
小声で疑問をぶつける由愛に、隣にいた多香子は”今は素直に言うことを聞いておいた方がいい”という顔を見せる。
それは由愛もわかっていた。
大奥を潰したい。
そう思ってもチャンスがありもしないで動けば、先日多香子から聞いた女の話が自分のことになるかもしれない。
素直に言うことを聞く大奥のメンバー。そう思わせておかなければ大奥潰しも成就しないのだ。

「こ・・・こんなのって!」
「何をやってるの! 早くおしっ!」
多香子や他の2人はもちろん、御台やその取り巻きの3人まで着替え始める。
その”紐”に違いはない。”あのお方”と呼ばれる人物の前では御台さへも立場は同じということなのだろうか。
躊躇う由愛をよそ目に、他の女達の着替えは進む。
そして着替え終わるその女達の姿を見れば、その紐の正体が由愛にもわかってくるのだ。
紐の正体。それは水着であった。
水着と言っても、小さな三角の布は辛うじて乳首を隠せる程度の面積しかなく、尻肉に埋もれる一本の紐は、何も穿いていないかのように見せている。
正面を見れば、女のワレメに見事なほど食い込み、当然のことながら陰毛など隠しきれるはずがないビキニだ。
「由愛! 何やってるの! あんたこの間撮られたのがどうなってもいいって言うんだね?」
渋る由愛に御台が怒鳴り声を上げた。
あの時撮られたもの。
由愛にとってそれは御台の脅しよりも、多香子から聞いた話に脅えてしまう結果となる。
レイプされ、今も尚世界中に陵辱されている画像が流れている女の話。
今の由愛にとって、多香子の話は何よりの脅し文句となってしまっていたと言ってもいい。
大奥を知りたがる由愛にただ教えたかっただけなのか?
それともお局様として君臨する多香子が暗示のように遠まわしの脅しをかけていたのか?
その本心は多香子自身しか知ることが出来ない。

「初めてにしては似合ってるじゃないか」
「若いって羨ましいわね」
「私の若い頃も由愛なんかには負けてなかったわ」
三角の小さな布切れは、Gカップというボリュームのある由愛の乳房を隠しきれるはずがない。
そして巨乳の宿命とでも言える大きめの乳輪も隠し切れないほどその布切れはあまりにも小さい。
下の方はと言えば、Tバックさえ穿いたことがない由愛にとってその食い込みは違和感を感じずにはいられなかった。
さらに後ろだけではなく正面もなのだ。
他人と比べ、薄めの陰毛とはいえ当然丸見えの状態になっていることに変わりはない。

 ピンポーン。
午後1時半丁度だった。
「いらしたわよ。あんたちはお出迎えの準備よ」
御台からそう言われた女達は、取り巻きの3人、多香子、そして他の2人の女も床に膝を付ける。
「え?何? お出迎えって・・」
「川原木さん座って! 正座よ」
隣の多香子が由愛の腕を引っ張るように小声で座るように言う。
「頭を下げて。上げていいって言われるまでそのままよ」

 フローリングの床にまるで土下座するように頭を下げた由愛。
ドアを閉める音や、微かな足音で”あのお方”が室内に入ってきたことは感じていた。
「御台」
「はい」
そんな短いやり取りが聞こえると、柔らかな何かが床に落ちる音が聞こえてくる。
それは御台が男の服を脱がしているところであることなど、その時の由愛には知ることが出来ない。
そしてそんな短い時間が過ぎると、由愛はわずかな気配で自分の目の前に誰かが立っていることに気づく。
「みんな頭を上げていいわよ」
御台のその言葉で一斉に頭が上がる。当然由愛もだ。
「きゃっ きゃああぁぁっ」
その瞬間由愛の悲鳴が部屋中に響いた。
目の前には60になろうかという男。何よりも由愛に悲鳴を上げさせたのは全裸で立っていることだった。
だらりと垂れ下がった男のシンボルが目に飛び込んでくる。
「ほら由愛! ご挨拶だよ」
御台のそんな言葉と同時に由愛は再び額を床に付けた。
それは御台に言われたからではない。突然目に飛び込んできたものを見ないように避けた為だ。
「由愛! ご挨拶!」
挨拶と言われても由愛にはどうしていいのかもわからない。
「お・・おはようございます・・・」
口から出たのは”ただの”挨拶。
そんな由愛対し、御台を取り巻く3人の女はすぐに由愛に近づいてくる。
そして両脇を抱えると由愛の状態を起こすのだ。
「ひぃっっ・・」
2人の女に両脇を抱えられ、1人の女には髪を引っ張られ上を向かされる。
「いいかい? 大奥で殿方に挨拶すると言えば、フェラチオのことだよ!」
「!!!」
大きく目を見開いた由愛は、男の隣に立つ御台の顔を見た。
「なんだいその驚いたような顔は。お前の口でオチンポ様に気持ち良くなって頂くんだよ!」

 由愛はフェラチオが苦手だった。経験人数が2人という少なさもあるが、それ以前に絶対的な回数が少ない。
初体験の彼氏にも頼まれたが、普段の大人しさからは想像出来ないような意思の強さを持つ由愛は断固として拒否し続けた。
今の愛する夫に対してはしたこともあるが、それでも片手で数えられるほどの回数だろう。
由愛の人生の中で男性器を口の中に入れるというのは5回に満たないのだ。
それは5人という訳ではない。5回なのだ。
 そんな由愛に60間近の男が目の前でそれを突き出し、周りの女達はフェラチオを強要する。
「お前が由愛か? 想像以上に素晴らしい人妻だ。
 毎晩旦那チンポを咥えてるんだろ?最初から乱暴なことはしたくないんだ。どうだ?自分から口を開けてみないか?」
男は勃起さえもしてないそれを由愛の唇に押し付けはじめる。
「んんぅゥゥっ」
由愛は口を閉じたままその進入を拒絶した。
「はっはっは そうかそうか。それじゃ少し乱暴になるけどいいってことだな?
 この歳になっていろんな人妻を抱き続けるとより刺激の強いものを求めてしまってな。
 私の息子の方もそっちの方が元気出るんだよ」
男は由愛の鼻をつまむ。それは口を開けさせる為の簡単な手法だ。
口を開けまいと堪えれば堪えるほど苦しみは増し、そして堪えた分だけ無意識のうちに大きな口で呼吸してしまう。
だが由愛にはそんなことなど考えられる余裕がない。
ただその進入を拒もうと口を閉じ続けるのだ。
しかし、それも限界があることは誰もがわかっている。
「ぷはぁっ はぁっ・・・あっ んぐぅぅゥウ!」
空気を求め、大きく口を開いたそこに、男の塊が飛び込んできたのだ。
男は髪をつかんでいた女の手を離させ、自分で由愛の頭を掴むと、強引に何でも前後させていく。
「ぅぅグゥっっんッッ ンぉっ・・ぐぅっ」
柔らかかったそれは由愛の口の中で力を増していき、やがて喉の奥を攻め続け始める。
ただでさえフェラチオ嫌いの由愛が、初めて見る60ほどの男のもので喉を犯されるのだ。
嗚咽を繰り返し、胃液が逆流しそうになるのを堪えるのみで、由愛には前後に振らされる頭の動きを制御することなど出来ない。
「旦那のチンポだけをフェラチオする為だけの人妻の口をこうやって犯すのは何度やってもいいものだな」
両脇を抱えた女達は尚も由愛を押さえ続ける。
身体を前後に動かすことさえも出来ない由愛は、男の手によって頭だけ前後に振らされているのだ。
「そうだ。御台。新人を堕とせたのを祝って土産持って来たぞ」
「本当でございますか? 私はそれが何よりの楽しみで」
「今外の廊下で待たせてるから連れて来い」

 由愛の口・・いや喉を犯し続ける男はその行為をやめることなく御台に話しかけていた。
その御台が連れてきたのは1人の男。
目を閉じて苦しさと吐き気を堪え続けている由愛にはその存在を見ることは当然のこと、入ってきたことに気づく余裕もない。
「ど・・どうも初めまして・・」
入ってきた男は30代の前半ほどだろうか。
「素人の人妻とエッチ出来るって聞いて連れて来てもらったんですけど・・。
 おぉぉっ。すごいですね! 本当に素人人妻ですよね? そんな乱暴にしちゃっていいんですか?」
30代男は由愛の喉を犯す男を見て興奮の声を上げた。
何よりここにいる由愛を含めた8人の女達の服装。
30代男が見てしまうのはその8人の中でも由愛や多香子、そして少々脅えた様子を見せる2人の人妻だった。
「綺麗な人妻ばっかりじゃないですか!」
御台達になど目も向けず、30代男は喜びの声を上げた。
由愛や多香子達とセックスが出来るんだ。そう思っての喜びだ。
しかし、本人に知らされていないことがある。
それは自分が御台への報酬である土産品だということだ。
「ははっは そうかそうか。それじゃたっぷり人妻を楽しんでくれよ」
男は由愛の頭を乱暴に振りながら30代男の方を振り返り笑い声を上げる。
「それはもちろん!」
由愛はここに連れてきた男が”使っている”。
その他に30代男が目を付けたのが多香子だった。
正座したまま、喉を犯され続ける由愛を見ている多香子。
そんな多香子に近づこうとした時だ。

「おにいさん。どこ行くのかしら?」
「え? どこって・・」
御台が男の腕を掴みその動きを静止させる。
「ここよ。ここ。ここに仰向けになって寝るのよ」
「ここに?」
近づこうとした多香子に名残惜しさを感じながらもその30代男は御台の言うとおり仰向けになった。
「人妻のオマンコが見たいの?」
「もっ・・もちろん!」
「舐めてみたい?」
「な・・舐めたいです!」
「そう・・ふふっ」
御台は薄ら笑いを見せると、紐でしかないビキニのショーツを脱ぎ捨て男の顔に跨った。
「うぷっ ううぷぅ」
30代男は手足をバタつかせながら抵抗するが、セルライト脂肪を蓄えた御台の巨大な尻が顔の上に乗ると、男の力とは言え跳ね除けることができない。
「ほらぁ ほらっ 人妻のオマンコよ。もっと舐めて」
御台はそんな男の状況など我関せず、前後に腰を振っていく。
「うれしいでしょ? 人妻のオマンコよ。もっと喜んで! もっと舌出すよ」
「御台様ずるいですわ」
「後で私のもわけてください!」
「貴方御台様の大切なところを舐めさせて頂いて幸せよ」
取り巻きの女達もその順番を待つのだ。



千代に八千代に
信定 10/3(水) 11:03:05 No.20071003110305 削除
第二十章

 目が覚めると、千代はいなかった。
起き上がろうとしたが下半身が気怠く、ひとつ力が入らない。
枕に頭をゆっくりと戻した。
昨夜のことを思えば当然であった。

 女の体は知らないわけではないが、商売女しか知らない。
それも両手の指にも満たないほどの回数しか経験が無い。
が、時が経つごとに庄次郎は大胆になってゆき、今までした、またしてもらった全ての行為を反芻し、
始めから庄次郎に従順な千代とは、後ろ取りさえも行うことができたのである。
こんな自分に抱かれる千代に、儚さや憐れさを感じることも時にはあった。
そんな時は強く肌を合わせた。
体の隅々から蕩けるような芳香を放ち、周期を合わせようとさえする千代がいとおしかった。
慈しみ、時には荒々しく、汗まみれになり庄次郎は奉仕した。

 当初から好意を抱いていたが、それは千代の人柄やたぐいまれな美貌への憧れであり、崇拝に近い感情であった。
敷き布団の上の赤い染みをそっと指でなぞり、娘ほどの年の差のある千代との予想だにしなかった幸福を味わっていた。
千代の肌、吐息、囁き、仕草は全身の肌で生々しく記憶している。
ずっと千代のことだけを考えていたかった。

 耽っていた庄次郎は、腹が減っていることに気付いた。
幸せを噛みしめるように、わざとのろのろと支度を調えた。
日が昇ってから時間は経っていたが、引き戸を開けると廊下はやはり薄暗かった。
昨夜千代が膝をついて入ってきた引き戸をそっと撫でる。
千代が素肌に着ていた白い襦袢の感触も同時に思い出す。
磨き抜かれた艶のある長い廊下をそっと歩くが、やはりキイキイと音を立てる。
どう歩いても鳴る。
わざとこしらえてあるとしか思えない。
あれは伊勢木綿・・・・・・
暗夜の中、千代はそう言った。
不意に思い出した庄次郎は、くっと唾を呑み込んだ。

 おのおのそれぞれの仕事をしながらババ様と堀田がいた。千代はいない。
普段はゆったりとした物腰だが、高齢にも関わらず作業中のババ様はよく動く。
千代と台所に立つババ様の動きに見とれたことがあった。
頭に包帯を巻いた姿で台所の隅に座り、野菜を洗いながら、本当は千代を見ていたのだが、
何故かババ様の動きの方に目がいった。
一人暮らしが長く、ほとんど自炊をしていたせいで、台所での作業は驚くほど無駄な動作が多いことが分かった。
ちょこまかとバタバタと、同じ場所を必要以上に行き来していることに気づいたのだ。
前後左右に半歩または一歩踏み出す、重心のぶれないババ様の、流れるような動線に見とれていたのだ。

 一度だけ半裸になった堀田の上半身を見たことがある。
男でこれほどの引き締まった肉体をかつて見たことがなかった。
筋骨隆々ということではなく、髪のように細い針金を無数の束にした鋼のような体だ、と思った。
鍛え抜かれた究極の美しさなのかもしれない。
そして全身に無数の傷跡。
練兵場にいたとき先輩に、肩に当たった弾痕を見せて貰ったことがあった。
痛みで何日も七転八倒していたという。
思い出したくもないと、山のような体格の先輩は顔をしかめていた。
堀田の背や腕、そして胸に、それと同じような痕を見た。

 庄次郎は少々恥ずかしげに挨拶をすると、普段と変わりない返事が返ってきた。
「今朝はええ茸が取れましたでなあ」
堀田がいつもと変わりのない穏やかな表情で言う。
全員朝が早い。そして朝から黙々と仕事をこなすのだ。
「さーて、めしにしにゃあ」
だみ声のババ様がそう言うと奥からスッと千代が現れた。
庄次郎は急にそわそわした。

「おはようございます」
千代もいつもと何ら変わらぬ挨拶であった。
「あ、おはようございます」
平静を装って挨拶を交わすが、庄次郎を真っ直ぐ見つめる千代に語尾が萎んでしまった。
慌てて千代から目をそらすと、にこやかな表情でうんうんと頷いているババ様が目の前にいる。
庄次郎は耳を赤くした。

 千代が抱えてきた大きな盆の上には、芳ばしい香りの焼きたての茸が山盛りにある。
「山菜も美味しく茹で上がりました。これ美味しそうでしょう」
今までは斜向かいの位置に座っていたが、今日は隣に座り庄次郎の横顔を見つめ千代は言った。
「ええ、とっても・・・・・・旨そうですね」
千代の顔をまともに見られず、思わず敬語を使ってしまう庄次郎だが腹の虫は正直だった。
先ほどから庄次郎の腹を唸らせていたのはこの香りだった。
庄次郎はふと思った。
「え?一緒に茸を?」
これだけの量の茸と山菜を摘むには、そうとう朝が早かったはずだ。
庄次郎は思いきって千代を見た。そして席に着いた堀田を。
「今日はええ言いましたが、なんしても行く言うて、一度言い出したらほんまにどーむならん」
堀田は頭をかいて「ほんまにがんこで」と付け加えた。
「そうですか、いや、それは、すみません・・・・・・」
頭を下げる庄次郎に堀田は笑みを浮かべた。
「ご亭主の食いもんは自分でぇ言うてにゃ」
正面にでんと座ったババ様の言葉に千代は初めて頬を染めた。

 いつ千代は起きたのだろう?
交わっては休み、また交わい、遅くまで奮闘したにもかかわらず。
その精神力と体力に庄次郎は舌を巻く。
そして居候の身でこのていたらく。
「すみません、自分は行けなくて・・・・・・」
「ほな、腹が減っては戦ができん。おまんら、もう食べ」
千代と堀田が口を開こうとしたときババ様が先に言った。
「千代、ご亭主にあかめし注いでなー」

 千代から赤飯を山盛りにした椀を恐縮しながら受け取り、庄次郎は愕然と気付いた。
「あの、皆さん、まだでしたか、お食事は」
「ああ、一働きしたあとの方が旨いさかい」
堀田が言うと、千代もババ様も頷いた。
待っていてくれたのだ。
そして千代は庄次郎が起きてくるのを見計らって山菜を茹で、茸を網にかけたのだ。
自分の取ってきた茸の焼きたてを食べさせるために。
庄次郎は小さくなり顔を真っ赤にして何度も頭を下げていた。



千代に八千代に
信定 10/1(月) 10:50:51 No.20071001105051 削除
第十九章

 部屋に入ってきた白無垢姿の千代に庄次郎は息を呑んだ。
高島田ではないが、透き通るような白い布を頭に被せてある。
西洋風なのかもしれない。
和風と混在のようでもある。

 女神・・・・・・
信仰心など全く持ち合わせていないが、例えるならそうだ。
庄次郎は母のことを思った。
母も身にまとったら千代に負けず劣らず美しいに違いない。
母の故郷での花嫁衣装はどんなふうだろう。
だが、母は祝言などあげていない。
妻となった経歴がないのだ。
もちろん、庄次郎の父親も分からない。

 堀田がかいがいしく取り仕切る中、四人だけの簡単な祝言だったが喜びに満ちていた。
酒を飲むが緊張で酔うことはできない。
最後は堀田の節を付けた、太くて伸びのある声での祝詞で締めくくった。
何を言っているのか分からなかったが、温かみは感じた。
「ほんなら、ワシらはこの辺で失礼します」
堀田が言うとババ様は優しく笑いながら、うんうんと頷いている。
「千代を可愛がって下され。よろしゅう」
ババ様は膝に付くくらい頭を下げていた。

 日が落ちて辺りは薄暗くなりつつある。
宛がわれた部屋は、千代と一緒に磨いた、黒くて長い廊下の一番向こうにある、
一度も足を踏み入れたことのない奥座敷であった。
ババ様や堀田がいる部屋とこことの間に幾部屋もある。
引き戸を開けると、十畳ほどの部屋だった。
かすかな香の匂いがした。
焚かれた香は既になく、柔らかな匂いだけが漂っていた。

 床の間には鮮やかな色彩で描かれた風景の掛け軸がかかっている。
この掛け軸が部屋の空気を一変していた。
意識を回復した部屋の欄間の彫り物を思い出す。
快復してからは、あの部屋には一度も入っていない。
ここの欄間にはあの部屋とは違って、模様のみが描かれていた。
鴨居を見上げたが般若の面はない。
庄次郎はそっと息を吐いた。
その息は震えていると思った。

 部屋には家具はひとつも置いていない。
中央に吸い付くように並べてある、真っ白な二枚の夜具の他には。
それはこの部屋に入ってから、ずっと目の端で捕らえていた。
敢えて見ないように天井や柱に視線を投げていたのだ。
庄次郎は目眩を感じた。
悦びの目眩だと分かり狼狽した。

 夜具を背に胡座を組んだ。
自分では動かしているつもりはないが、ガタガタと揺れる己の体に気がつき、フーッと息を吐く。
体の動きを一旦は止めるが、少しすると揺れていることに気づく。
静まりかえった部屋の外からは物音一つ聞こえない。
今宵はババ様と堀田が気を利かせて離れを与えた。
祝詞を詠い部屋から去ってゆく時、振り返って千代を見た堀田の表情が忘れられなかった。
喜びの顔ではなく、哀しみに満ちたような眼をしていたからだ。
自分の娘を嫁にやる父親の心境だったのかもしれない。

 これからこの夜具の上で行われることに思いを馳せた。
いや、ずっとそのことのみ、頭がいっぱいだった。
悦びと不安とがない交ぜになって胸が苦しい。
女との交わりは留造に何度か連れて行かれた遊郭の女のみである。
金がかかるので数えるくらいしか行っていない。
その時の女との行為がまざまざと思い出され、頭に血が上った。
そう言えば、留造はどうしているだろう?
前歯の抜けた口元を見せ、いつでもヘラヘラ笑っていた留造の顔を思い出す。
会いたいな。

 その時、控えめに戸を叩く音が聞こえた。
今、体が宙に浮いたに違いない。
自分の呼吸と心臓の音しか聞こえない静まりかえった空間だが、足音は全く聞こえなかった。
自分が歩いてきた時は床がキーキーと音を立てていた。
静けさの中で、それは驚くほど大きく聞こえるので忍び足で歩いたほどである。
それでもどこを歩いても音は消すことができなかった。

 子供の頃、母に”男は落ち着きがないといけません”と何度か叱られたことを思い出した。
まさに今、この時だと思い当たった。
「はい」
大きく深呼吸をしてから、できるだけ抑えた声で答えた。
「失礼します」と千代の控えめな声がして、スッと戸が引かれる。
戸の向こう側で千代は正座をしていた。
ゆっくりと両手を床に置き、上体を倒してゆく。
やや広げた両手の間に顔を入れるお辞儀をしてから膝行で部屋に入る。
開けたときと同じように、戸の低い位置を掴みそっと閉めた。
「不束者ですが宜しくお願いいたします」
千代は庄次郎の前で再び頭を畳につけた。

 庄次郎は固まっていた。
自分が胡座から正座に変わっていたことも気づいていなかった。
呼吸をすることすら忘れていた。
千代が真っ白な長襦袢のみを羽織った姿で現れたからである。
それは形容しがたい美しさであった。
庄次郎の耳元で「失礼いたします」と、ややかすれた声で囁き寝床に上がった。
城を落とされた主君の姫君や妻が、敵の大将に身を捧げる風情は、こうであったのでなかろうか。
やっと息を吐いた庄次郎は、それはほとんど確信に近くそう思った。

 正座をして硬直していた庄次郎の耳に、スルスルと音が聞こえた。
ハッとして千代を見ると、純白の帯を解いているではないか。
そして、真っ白な肌が庄次郎の目に飛び込んできた。
千代は全裸だった。
「灯りを・・・・・・」
消え入りそうな千代の声を聞き、庄次郎は慌てて灯りを消した。
真っ暗になったが庄次郎の眼の奥には、白い裸体の官能的な曲線、桃色に染まった頬と乳房、
帯で絞りきったように括れた腰、そして茂みの残像が鮮明に映っていた。
生涯脳裏から消え去ることはないと思った。

 千代が脱いだ長襦袢が手に触れる。
サラサラとして手触りの良い布地だった。
指先に伝わるまだ温かな布地に思わず生唾を呑み込んだ。
己の喉からごくりと音が聞こえ、頬がカッと火照った。
「伊勢木綿です・・・・・・」
暗闇の中、まるで庄次郎の手元が見えているかのように千代が囁いた。

 千代十九歳、庄次郎三十六歳。
時は昭和元年であった。



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