BBS2 2007/03 過去ログ


悪夢 その46
ハジ 3/25(日) 18:47:04 No.20070325184704 削除
「もうじき戻られると思いますので、どうそ、ごゆっくり」
お盆を胸の前に抱えて出て行く事務員を私はにこやかに見送りました。私が在籍していた頃には、見なかった顔です。
防音が十分でないのか、ここからも生徒たちのものと思えるざわめきが聞こえてきます。喚声や息づかいを私は当時のものと重ね合わせようとしました。
しかし、上手く集中することができません。胸のつかえがそれを妨げるようです。狭く暑苦しい印象の応接室をぐるりと見回しても、期待していたものは得られず、ただ虚しさを感じるだけでした。
羽生に呼び出されて、かなりの時間になります。ここに通されたまま、彼は姿を現しません。
妻や子の携帯電話を呼び出してみましたが、通じません。同じ学校内にいながら、我々は隔離されているようです。
私は何度か席を立ちましたが、無断で校内を探し回るわけにもいかず、苛立たしげに座りなおすことを繰り返しました。
そうして待ち続けることで、いくらか気持ちが落ち着くのではないかと思ったのですが、効果はあがらず、逆に時間が経つほど不安は増大していきます。
あの事件のことが明るみに出てしまったら。
私たちのしてきたことは全て無駄になってしまいます。秋穂は――浩志は――どうなってしまうのでしょう。
少し顔でも洗って頭でも冷やそう――そう思い、部屋を出て行こうとした私の前で、何の前触れもなくドアノブが回りました。
驚いた私は立ち往生したまま、来訪者を迎えました。
羽生は一瞬戸惑った様子でしたが、ニヤリとして部屋の奥の席を指し示します。私は彼に顔を向けたまま、ゆっくりと部屋の中へと戻っていきました。
二人はソファにおちついてからも、しばらく話をしませんでした。
聴きたいことは山ほどあったのですが、先に口を開く不利を信じて私は懸命に耐えることにしました。
久しぶりに会う彼は少し肥ったようです。もともと固太りという印象でしたが、年齢のせいか、さらにふっくらしたしたような感じです。
しかし、それは衰えを示すものではなく、存在の厚みというか、一段と力強さを増すものでした。
「いやあ、暑いですなあ」
羽生は白衣の前を開けて、ばたばたと扇ぎます。自分の教科に関係なく、彼はいつも、このスタイルです。
私は彼の言ったことを無視して、その容貌に再び注目します。
後退した額と細められた目。薄いくちびる――それが微かに開きました。
「嬉しいですよ。またお会いできて」
私の目をじっと見たまま、羽生が腰を浮かしました。目の前に太い右手が差し出されます。
私はそれをためらいがちに握りました。こりこりとした感触が十分な膂力を感じさせます。
私はこれ以上の探り合いを無益と考えて、用向きだけを端的に切り出しました。
「秋穂は?」
羽生はたっぷり一呼吸置いてから、答えました。
「校長室で事情を聴かれています」
そして、くちびるを舐めてからつけ加えました。
「まあ、正確に言うと尋問ですね。あれは」
「尋問?」
この学校の校長である弓削にあまり良い噂は聞きません。教育者というよりも冷徹な官僚のような男です。
私は入れ替わりにここを出て行ったので、直接の面識はないのですが、対外的にもかなりのやり手として通っています。そういった方面に疎い私でも彼が次期教育長の有力候補と呼ばれていることは知っていました。現在の教育長も確かS校の校長を経ての就任だったはずです。
そこで羽生から、秋穂と弓削が教育方針を巡って、度々衝突していることをはじめて明かされました。そして、その発言はこの機に校長が妻を処分したい意向だということを匂わせるものです。
「私はあなた方の力になりたいのです。何があったのか、お話いただけませんか」
情報通を気取るこの男を校長の弓削は重用しているのでしょうか。だとしたら、滅多なことは言えません。
「秋穂は――秋穂はなんと言っているんだね」
私は質問には応えず、別のことを尋ねました。
羽生は親切の態を装ったまま、穏やかに答えました。
「一応否定されているようですよ。レイプされたことも、相手が高校生だということも」
私には羽生が素直にそう答えたことが意外でした。彼ならば嘘言をもって、私を揺さぶるくらいのことはやりかねません。
何か魂胆があるのではないかと勘ぐっている私に、羽生は微笑みかけました。
「いくら秋穂先生が気丈な方とはいえ、か弱い女性の身。隠したい気持ちはわかりますが……」
彼の余裕の態度から、それなりの確証をつかんでいることが察せられます。私からはウラを取りたいだけなのでしょう。
であればなおのこと、彼に誘導されるわけにはいきません。
「家内がそう言うのであれば、そうだろう。根も葉もないでたらめだ」
相手が誰であれ、秋穂は決して口を割らない。私には確信がありました。
言われるようなことは何もなかった――ここはあえて、それで押し通すしかありません。
それを聞いた羽生は困ったような笑顔を浮かべました。
「何かご存知かと思いましたのに……だから、こうやって駆けつけて来られたのではなかったのですか」
私は失言を怖れて、最低限の受け答えに徹しました。
「何もわからないから、驚いて来たのだ」
「まあ、いいでしょう」
羽生が太鼓腹を揺らして立ち上がりました。そして、窓辺の方へ歩いていきます。
すぐに行き止り、後ろ手を組んだまま、彼はゆっくりと振り返りました。
「二、三日くらい前からですか。校門の前に柄の悪い連中が屯していまして、うちの生徒に声を掛けるんだそうです。どうやら秋穂先生と浩志くんのことを聞いてくるらしい」
私は動悸を抑えるために、わざと外を見るようにしました。
「――で、その中のひとりが写真をみせられたのだそうです。――その、秋穂先生らしき女性が数人がかりで乱暴されているところを」
羽生は私の反応を楽しむように目を細めます。私は庭に向けていた目を足もとに落としました。
「彼らが言うにはもっとすごい絵や、さらには動画もあるらしい。休んでいる浩志くんの居場所をつきとめたら、それをみせてやる。そう言われたんだそうです。噂はまたたく間に校内に広がり、すぐに我々のところにも聞こえてきた」
羽生はそこで言葉を切り、私のほうへ向かってきました。足音と鼓動が微妙にずれて、不協和音を奏でます。
「話しかけてきた連中は高校生くらい。写真――携帯で録ったもののようですが、被写体はおそらく彼らと秋穂先生でしょう――どうですか?何か思い出されましたか」
羽生は嫌味なくらい、涼しい顔でこちらに近づいてきました。
少し前の私でしたら、ここで喚き散らしているところですが、この何日かの経験で、それを抑える術を憶えました。羽生が私のもとまで到達するわずかな時間で、心を静めることができたのです。
「それは確かに秋穂だったのだろうか」
私のいきなりの問いに、羽生から笑顔が消えました。
「――どういうことですか、それは」
「私は実物の写真を見たわけではないので、判断しかねる。君はどうなんだね」
表情こそ変りませんが、羽生の眼球がわずかに左右にぶれました。
「さあ、私も直接それをみたわけでは……。しかし、その生徒は秋穂先生本人だと証言しました」
「直接――ということは他に誰もその写真を見た者はいないということだろう?それにその子だって、相手にここに写っているのは秋穂だと先に聞かされたんじゃないのか。先入観をもっていたことは確かだ」
苦し紛れの言い訳ですが、羽生の苦笑いを引き出すことには成功しました。
「この学校の生徒が秋穂先生を見間違えるわけはないと思いますが」
「まあ似ていたことは確かなのだろう。でも――」
私は羽生の口撃がやわらいだことで、少し余裕を取り戻していました。
「今は首から下をすげ替えることなど簡単にできるそうじゃないか。性質のよくない悪戯と考えることもできる。実は私も昔よくやったクチでね。専らアナログの話だが」
私は追及をかわそうと必死につくり笑いを浮かべていました。
こんなことでごまかせるわけがないと思いながらも、そのときの私は他のことを思いつかなかったのです。
「そんな仕掛けはすぐにばれてしまいますよ」
「そのあたりのことはきっちりと調査してほしいものだね」
そう他人事のように嘯く私から、羽生はしばらく視線をはずしませんでした。
「木多先生、あなた変りましたね。私の知っている、あなたはこれほど用心深くはなかった」
私は負けずに言い返しました。
「君だって昨日までとは、まるで別人だ。私が見誤っていただけかもしれないが」
羽生がぞっとするような笑みを浮かべました。
「そうか――もう、知っているわけか……柴崎には会えたんですね」
私は何も答えず、睨み返しました。いえ、怖くて逆に目を離せなくなったのです。



遭難4
山男 3/21(水) 06:04:34 No.20070321060434 削除
「明るくなったらすぐに行動を開始しましょう」
尾谷さんのそんな一言でいろいろとあった夜が終わろうとしていました。
下がる気温と遭難してしまった現実のショックから寝れるはずがなかったのですが、それでも全員太い木の幹に身体を預けるように目を閉じて体力の回復に勤めたのです。
私と妻は身体を温めあうように寄り添い、完全に立場が分かれあった守屋夫妻は別々にと対照的でした。

何分くらい過ぎたのでしょう?
会話もなくなり静まり返った中で小さな女の声が聞こえてきたのです。
薄目を開ければ妻は私の方に身体を向けて目を閉じたまま。
声の正体はその妻の身体の向こうに見える瑛子さんのものだったのです。
「こ・・こんな時に何してるのよ・・・」
囁くような小さな声。
瑛子さんの身体に覆いかぶさるようにしている男の影は英喜さんでした。
尾谷さんや和田さんと同じようにオスの本能が上回り始めていた英喜さんは、我慢できずに妻でありメスの瑛子さんを求めたのです。
「いいじゃないか。よくわからないけど我慢できないんだよ」
「さっき助けてくれなかったじゃない」
「お前のあんな姿見たら余計になんだよ」
木々の間から漏れる月明かりがまるで2人を照らすように、その姿を浮き上がらせていました。
夫である英喜さんの今までの行動に瑛子さんは当然のように不信感や不快感を抱いていたことでしょう。
「そんな気分じゃないのよ」
「うそつくなよ・・」
瑛子さんは英喜さんからのキスを嫌がるように首を何度も反らしていましたが、胸の上に添えられた手を払おうとはしていません。
柔らかな肉に埋もれる英喜さんの指。それは服の上からでも瑛子さんの十分な膨らみを現していたのです。
「う・・うそじゃ・・」
「本当にか?」
オスがメスを欲するように、メスにも子孫を残そうとする本能があることを英喜さんもわかっているはずです。
胸元を覗かれながらも何も言えずに見せ続けた妻と瑛子さん。
認めたくないながらも、押し殺そうとしている心のどこかで感じているのでしょう。
「ほ・・本当に・・よ・・」
ここで英喜さんを受け入れてしまえば、そんな押し殺してきた本能に負けると思っていたのかもしれません。
しかし、そんな瑛子さんの牙城を簡単に崩してしまう言葉があったのです。
「何も変なことじゃないよ・・俺達「夫婦だろ?」」
そう・・夫婦という言葉。それは人間の理性が100%残ってたとしても夫と妻の関係ならば自然な行為なのです。
そして「夫婦なのだから」と瑛子さんの理由付けにもなってしまいます。
理性の残る瑛子さんはメスの本能を隠そうと
「だからってこんなとこじゃ・・無理だよ・・」
と口で抵抗しましたが、脱がせようとジーパンに手をかける英喜さんの手を振り解こうとはしません。
それどころかわずかに腰を上げるようにその行為を手伝ってしまったのです。
この瞬間、瑛子さんは自分でも認めたくないメスの本能に負けたのでしょう。
ジーパンを完全に脱がされると、最後の一枚になった下着をあっけないほと簡単に脱がされてしまったのです。

「ふぅ・・フぅ・・」
私は見てはいけないその光景に鼻息が荒くなってきてしまいました。
妻は起きてるのでしょうか?
こちらに身体を向けて横になる妻には、守屋夫妻の姿は見えているはずがありません。
それでも起きているのならば異様な気配は感じているはずです。
「ぁぁっ・・ァッ・・」
完全に晒された瑛子さんの性器を英喜さんの手は荒々しく何度も撫で上げていました。
わずかに上下する瑛子さんの腰・・。
漏れる声を堪えるように両手で顔全体を覆うのです。
感じている顔を見られるのが恥ずかしいのでしょうか? おそらく瑛子さんが無意識に出してしまう癖なのでしょう。
夫である英喜さんには何度も見ることがある分かり切った癖なのかもしれません。
それを証拠に・・私はとんでもないものを見てしまったのです・・。

これを待っていたと言わんばかりに、瑛子さんが自分の顔を覆ったのを合図に英喜さんが後ろを振り返って手招きをしたのです。
(まさか・・・)
私の予感は的中でした。いや・・予感なんてものではなかったのでしょう。
今までの状況ならば当然のように想像出来る光景だったのかもしれません。
「シーっっ」
抜き足差し足・・。小枝を踏むような僅かな足音も立てないように気遣いながら、尾谷さんと和田さんは口元で人差し指を立てて近づいて行くのです。
下半身はすでに脱ぎ捨てているらしく、まるでシルエットのように突き出したその大きさを見せています。
(で・・・・)
「でかい」・・と呟きそうになった私はその言葉を堪えました。
他の勃起した男性器など女性よりも圧倒的に見る機会が少ない私の対象比較は自分自身でしかありません。
私は無意識で自分自身と彼らの「モノ」を比べてしまったのです。
そんな大きなモノをすでに硬くしながら英喜さんの傍まで近寄ると、尾谷さんは英喜さんと場所を入れ替わったのです。
僅かに女性器から手を離した英喜さんの行動を、瑛子さんは不思議に思うことはなかったのでしょう。
「次は挿入される」そんな前準備の行動程度に思ったのかもしれません。
その瑛子さんの想像は見事に当たりました・・ただし英喜さんのモノじゃないと言うことを覗けば。

「えっ?」
尾谷さんが瑛子さんに覆いかぶさった瞬間、すぐに異変を感じたのでしょう。
当然です。尾谷さんは英喜さんよりも体格が良く、下で押しつぶされる瑛子さん本人にしてみれば、すぐに分かること。
「えっ? ぇっ? なに? えっ?」
状況の把握が一瞬遅れたのでしょう。
オスを欲していた本能と、荒々しい夫の愛撫で十分なほど濡らしてしまっていた瑛子さんの「穴」に太い肉の塊が侵入していったのです。
「ァッ・・はぅっぅっ・・」
押し広げられるその感覚に短い言葉を漏らした瑛子さんは、非難の声を上げる暇もなく、前後に揺すられる動きに身を任せるしかありませんでした。
「や・・やっぱりうちのとは違いますよ 瑛子のマンコ はぁっ・・ハァッ」
尾谷さんは腰を前後に動かしながら、その言葉を瑛子さんにではなく夫である英喜さんに言うのです。
「次私ですからね尾谷さん。もう我慢出来ないんだから早めに終わらせてくださいよ」
和田さんは羞恥心というものがないのか、まるで自慰行為の様に自分のモノを握って擦り上げながら瑛子さんと尾谷さんの姿を見ていました。
「瑛子・・素直になっていいんだよ・・気持ちいいなら気持ちいいって言えばいい・・」
そして英喜さんは、顔を手で覆い隠すという瑛子さんの癖を阻止するかのように両手を押さえ、顔を近づけながら囁くのです。

「あっぅ ぅっ ンッ・・・・・」
動物の交尾行動で隠し通していたメスの本能を無理やり呼び起こされた瑛子さんに抵抗する力はないようでした。
辛うじて私や妻に聞こえないように声を堪えているのはわかりましたが、両足は無意識に尾谷さんに絡みつき、英喜さんから開放された両手は尾谷さんの背中に廻されていたのです。
「おっおぉ・・いいぞ瑛子・・瑛子ぉ 瑛子ぉっ」
尾谷さんはまるで自分の愛する相手かのように何度も瑛子さんの名前を呼び続け、そして何度も腰を打ち付けていきます。
月明かりに照らされて浮かび上がるその姿・・。
覆いかぶさった尾谷さんの腰が前後上下に動いているのが見えました。
遭難という事故。もちろん避妊道具など持ち歩いているわけはありません。
私の見えないところでは、瑛子さんの肉ヒダが直接尾谷さんの肉棒に絡みついているのでしょう。
「ぅおっ 出るっ 出るぞぉ・・」
「アァッん ふぅっん あっぁっ・・」
腰の動きを早める尾谷さんに瑛子さんは背中に回した手にぐっと力を入れ、尾谷さんの胸元に顔を埋めたのです。
「次私なんですから 中は簡便してくださいよ?」
「わかっ・・わかってますって はぁっ はぁっ いっいくっっ!」
今までに聞いたことがないほど情けない声を上げた尾谷さんは、すばやく腰を引き抜くと、瑛子さんに抱き寄せられたままの体勢で腹部に射精したのです。
いや・・私からは射精の瞬間は見えませんでしたが、ビクッとなんども身体を動かす尾谷さんの姿を見れば射精を済ませたことを簡単に想像出来ました。
「あぁぁ〜 気持ちよかったぁ・・瑛子のマンコ最高ですよ」
尾谷さんは瑛子さんから離れると、月明かりを反射させるように濡れ光るそれを拭くこともせず、英喜さんの肩をポンポンと叩きました。
「そう言って貰えると嬉しいですねぇ ありがとうございます」
私は尾谷さんよりも、英喜さんの神経を疑いました。
他人に自分の妻が貫かれ、「ありがとございます」とお礼まで言っているのです。
さらに順番を待っていた和田さんもこれから射精を済まそうと、瑛子さんに覆いかぶさっていくのに。
「あっ・・マン毛に尾谷さんのザーメンかかってますよ ハハッ」
和田さんは尾谷さんとは違い、瑛子さんの両足を掴むと高く持ち上げ、そして広げながら照準を合わせていくのです・・。



悪夢 その45
ハジ 3/19(月) 23:04:58 No.20070319230458 削除
「昨日は申し訳ありませんでした」
昨夜の取り乱した姿はすでになく、妻の秋穂はいつもの落ち着きを取り戻していました。
私は声を出さないまま、頷きましたが、もちろん納得などしていません。
結局――――――――――
あの後、二人は食事もとらないまま、自室に引きこもりました。
ほとんど妄想に近い思いつきにとり憑かれたものの、冷静に考えるとさしたる確証もなく、そのときの私は引き下がるしかありませんでした。
ベッドに寝転びながら、妻のことを――いや、妻が今何を考えているのか、そればかりが気になります。悶々としたまま、次の朝を待ちました。
しかし、今日の彼女は表面上何事もなかったかのように振る舞い、私の苦悩など全くあずかりしらぬ様子です。それが居直りのように感じられ、さすがに私にも若干の苛立ちがこみあげてきます。
「少し早めに出ることにします」
秋穂は伏せ目がちのまま、こちらを見ずに食器を並べていきます。皿の上にはトーストと卵が、カップには湯気を立てたコーヒーと、いつもの朝の風景です。
陶器の触れ合う音が淋しげで、息子の不在を思い起こさせました。
「とりあえず出欠の確認をして、メールを送りますから」
食卓には一人分の食事しか用意されていません。妻は私と朝食を共にする気はないようです。
柴崎の話を信じるのならば、今日から浩志は学校に戻ってくるはずです。私は息子の帰還の前に、妻と昨日のことを話し合うべきか迷いました。
罪と罰――。
妻は私と結婚したことを罪と――レイプ事件を自らに降りかかった罰となぞらえました。
私にはまったくもって理解しがたいことですが、彼女には彼女なりの苦悩があるのでしょう。
確かに秋穂は浩志と上手くいっていなかったようですし、そのことを彼女自身が気にしていることも私にはわかっていました。不和の原因を私は息子の思春期からくる一過性の反抗と捉えていたのに対して、妻は実母に対する冒涜を責められているように感じていたようです。
それは全く妻の思い過ごしなのですが、当事者である彼女にとってはそれだけでは片づけられないなにかがあるのでしょう。また、彼女の口ぶりから前妻に対する後ろめたさのようなものも感じました。後妻として親友の後釜に座ることを裏切りと考えているのかもしれません。
しかし、それにしても――です。
あまりにも罪と罰の間にある落差が極端のような気がします。
家族と上手くいかないにしても、この場合、彼女ひとりの問題ではないのはあきらかです。それでも秋穂は罪をひとりで背負い込もうとしています。
何が彼女をそうさせるのか――
それがわからなければ、私は手を差し伸べることもできません。
秋穂が後妻として我が家に入ってくる――それが起因となって、家族の関係がおかしくなる。
やはり両者の隔たりになにかがあるとしか思えません。
浩志と秋穂の間にあったこと。それを確かめる方法を考え込んでいた私は妻を見送ることもしませんでした。



放課後――
私は急いでいました。
朝の授業前に秋穂からメールが届いていました。息子・浩志が約束どおり、登校したようです。
私は柴崎に感謝しながら、二人のいる学校へ向かいます。顔を見るまでは安心できなかったからです。
幸い、午後の予定は答案づくりや父母からの要望メールチェックなど後回しにできるものばかりでしたので、久しく訪れることのなかった前任校へと赴くことができます。やがて、見覚えのある校門がみえてきました。
寸分の懐かしさを感じながら、私はふと足を止めました。
妻と子を迎えに来たものの、羽生と出くわす可能性を考えたのです。
羽生とは昨日、秋穂への尾行を巡って口論したばかりでした。こちらに非はないとはいえ、相談を持ちかけた手前、もう少し気の利いた断り方があったのかもしれません。幾分後悔する気持ちもないではありませんでした。
否――
今更、取り繕っても仕方ありません。
私が気後れしているのは人伝とはいえ、羽生の本性を聞いてしまったからです。
私は羽生に対して、言い知れぬ畏れを感じるようになっていました。
――正門の前の公園で待つ
妻にメールを送ると、私はその場所へ移動します。古ぼけたベンチをみつけて、腰を下ろしました。
正体を隠していた友。心の通い合わない妻。そして、何を考えているのかわからない息子。
よくもこれほど得体のしれない連中に囲まれて、暮らしていたものです。全ては私の無関心が起こしたことなのですが。
懐の携帯電話が鳴りました。傍を散歩中の親子が通り過ぎます。
私は電話に出ようとして、表示に目をやりました。呼び出しはなんと羽生です。
私はしばらく固まっていました。あまりにタイミングが良すぎたからです。
着信音はそのうち鳴り止みました。
私は思わず、ため息をつきました。結果的に彼からの通信を拒否する形になってしまいました。
しかし、私の苦笑は長続きしません。
またしても、電話が鳴りはじめたのです。
今度は私も意図して電話をとりませんでした。しつこくメロディーが鳴りつづけます。
先ほどの親子が不審げにこちらを振りました。私はその間、その視線に耐えなければなりません。
かなり長い時間鳴りつづけた電話が急に途絶えました。それだけで、辺りがしんとした気がします。
私は風景を見るふりをして、親子から目を逸らしました。彼ら、特に子供の方は興味津々の様子でしたが、やがて飽きたのか、私の視界から消えていきました。
このときには私は確信していました。必ず、もう一度電話が鳴るであろうことを。
予想通り私の懐で、機体が震えはじめました。
ひょっとして、羽生からはこちらがみえているのではないか。そう思わせるしつこさです。
「もしもし」
私はうんざりした調子で電話に出ました。多分にそれは怯えを隠す演技だったと思います。
相手は例によって、こちらを探るように間を置きます。
「もしもし」
私は苛立ちの声を上げました。それは自分でもわかるくらい震えを帯びていました。
「もしもし――羽生くんだろう。なにか用かね」
「――木多先生。今、どこですか」
羽生は私の言葉など聞いてはいません。自分の用件だけを伝えるつもりのようです。
「いいかげんにしろ。質問しているのはこちら――」
「近くにいるのなら、早く学校まで来て下さい。奥さん、大変なことになっていますよ」
私は言葉に詰まりました。今、この男はなんと言ったのか。
「今の話は――」
私は話のつづきを待ちました。携帯を握り締め、耳を傾けます。
「おい」
羽生はなかなか先を話そうとしません。焦れた私は声を荒げました。
「なんだというのだ。妻がいったい、どうしたと……」
「妙な噂が流れています」
散々勿体ぶった挙句、羽生はそれだけ言いました。
「噂?」
私は羽生の声の響きで、判断しようとしました。これも彼独特のブラフかもしれない。
「奥さん――秋穂先生が高校生にレイプされたという噂が……」



遭難3
山男 3/4(日) 19:13:06 No.20070304191306 削除
子供たち用に用意してあったチョコや飴では、空腹を誤魔化せても満たすことなど出来ません。
これで明日も山を下りれなければ・・。
私たちの不安はそんな空腹と共に大きくなっていきました。
その不安感はさらに生命の危機を感じさせ、子孫を残そうとメスを欲するオスの本能を強くさせていくのです。
私たちは人間の理性と動物の本能の間を彷徨っているのかもしれません。
でもそれはオスである私たち男だけでしょうか?
ひょっとしたら妻達も?
動物の世界ではメスはより強いオスを求めることは珍しいことではありません。
今、荒々しくお世辞にもガラがいいとは言えない尾谷さんや和田さんを心のどこかで「頼りになる強いオス」と感じているのではないでしょうか?
残っている理性でそれを抑えることは出来ても、現実にこれほど露骨な視線を送られながら何も言えない妻達の姿を見れば、心のどこがでそう思っているのではないと考えてしまいます。
「なんだか尾谷さんと和田さん怖いわ・・」
「わかります・・」
この妻達の会話がどこまで本心なのか?
いやおそらく本心なのでしょう。妻達は自分達でもわからない感覚を「怖い」の一言でまとめたのかもしれません。
妻も瑛子さんも夫である私や英喜さんが目の前にいるのです。
人の妻としての理性が、より強いオスを求めるメスの本能を上回っているのでしょう。
しかしそんな天秤状態を試すような出来事が、すでに人間の理性よりオスの本能が上回り始めた彼らによって引き起こされたのです。

「玲奈さん。瑛子さんちょっといいですか?」
それは「川元さんの奥さん」「守屋さんの奥さん」と呼んでいたのが名前に変わったことから始まりました。
尾谷さんが手招きで妻と瑛子さんを呼びます。
「どうします・・・・・?」
「私は・・行きたくないです」
問いかける瑛子さんは英喜さんの方を、そして行きたくないと言った妻は私の方に視線を向けました。
すでに尾谷さんや和田さん側にいる英喜さんは、尾谷さんと同じように手招きで瑛子さんを呼んでいます。
「私はうちの主人も呼んでますし・・」
瑛子さんは立ち上がると、ジーパンのお尻部分に付いた土をパンパンと手で軽く叩き落としてそのまま妻の方を見たまま動きません。
「ねえ・・」
妻は相変わらず私の方を見てきます。
妻はここで私に「行かなくてもいい」と言って欲しかったのでしょう。
夫である私が誰よりも強いオスであることを妻のメスの部分が望んでいたはずなのです。
(い・・・行かなくていい・・ここに居ろ・・)
そう言えたのは心の中だけでした。
臆病者で気の弱い私は、より強いオスに屈服するように妻から視線を反らしてしまったのです。
私の視界ぎりぎりで見えている妻は、寂しそうな表情をしているようでした。
「玲奈さん」
相変わらず呼び続ける尾谷さん。
「一緒に・・・」
1人で卑猥な視線を向けていた彼らに近寄るのを、理性で怖がる瑛子さんからの誘い。
シーンと静まり返る空間で妻は静かに立ち上がると、瑛子さんと同じようにお尻に付いた土を払い落としました。

私は1人ポツンと少し離れた場所に残されました。
自分から彼らに歩み寄っていく勇気がなかったのです。
何より妻に合わせる顔がないように思えていました。
向こうでは、尾谷さん・妻・瑛子さん・和田さん・英喜さんと言うなような並びで丸く円陣のように座っています。
しばらくそんな状態で彼らの会話が続いた時でしょうか。
「実は奥さん達を見てたら興奮してきてしまうんですよね」
いきなり切り出したのはやはり尾谷さんです。
「な・・何を」
妻達はと言えば当然のように不快感を露にし、立ち上がろうとします。
でも尾谷さんが、そして和田さんがそれぞれ妻と瑛子さんの手を掴み立ち上がるのを防ぐのです。
「いやね・・いいんですよ。こんな私たちが嫌ってなら別行動でも」
普段の何不自由ない生活の中でなら当然そうこう行動になるでしょう。
しかし非力な妻達にとってはそれは生命の不安を増大させる大きな問題になるのかもしれません。
「なあに・・ただ奥さん達と仲良くしたいだけなんですよ?」
そんな尾谷さんの言葉に英喜さんが言葉を被せました。
「瑛子。ここで別行動したら危ないぞ?お前1人で山を下りれる自信があるのか?」
そう言われてしまえば誰もが「自信ある」と答えられないでしょう。
「玲奈さんも良く考えた方がいいですよ・・フフフッ」
彼らのそんな言葉に妻と瑛子さんは力が抜けたように、立ち上がろうとするのをやめたのです。
「一緒に行動してた方がお互い助け合える。そうでしょう?」
そう言うと、和田さんは瑛子さんの、そして尾谷さんは妻のシャツの指元に指を入れてきます。
山菜採りだった為2人とも動きやすいTシャツ姿。
首周りなど広く上げたシャツでもありません。
「じっとしててくださいよ。動いたりしたら奥さん達を見捨てちゃうことになりますよ?」
2人はシャツの首元に引っ掛けた指を少しずつ前へと引っ張っていくのです。
「やめ・・・って・・」
人のしての理性は口から出ますが、メスの本能は身体を動かしませんでした。
より強いオスに見捨てられるのを拒むかのように、妻達の身体は硬直するのです。
(玲奈・・)
私は1歩2歩と歩み寄りましたがそれ以上近づけませんでした。
私が近づいて何が出来るでしょう?「止めろ」と叫べるでしょうか? いや・・私は臆病な私を責めるだけしか出来なかったのです。
そんな私の姿に気づいたのか妻は一瞬私を見ましたが、すぐに目をつぶり、顔を横に反らしてしまうのです。
それはシャツの首元が完全に引っ張られてしまったことを私に伝えてきました。

「暗くてよく見えませんよ。尾谷さんの方どうですか?」
「こっちもですよ。辛うじてブラジャーが白ってのはわかりますけどね」
そんな2人の会話を察してか英喜さんが携帯のカメラのライトを照らしたのです。
「おぉ〜良く見えますよ」
「玲奈ちゃんは意外とオッパイ大きいんだから、もっとピッタリした服着てアピールしたらいいのに アハハハッ」
妻を呼ぶ名は「玲奈さん」から「玲奈ちゃん」に変わっていました。
42歳の尾谷さんにとって29歳の妻は「ちゃん」と呼ぶのになんの抵抗もない相手なのかもしれません。
しかし妻はそんな呼び名が変わったことなど気にする余裕はありませんでした。
膝の上で作られた両拳をさらに硬く握り締めるように、胸元を覗かれている羞恥に耐え続けるのです。
「今日の瑛子は赤か・・お前こんな時になかなか派手なの付けてきたな?」
英喜さんはまだ瑛子さんの胸元を見ていない尾谷さんに伝えるように大きな声で笑いました。
「どれ・・見比べてみましょうか?」
並んでお互い顔を背けるようにして硬く目をつぶる妻と瑛子さん。
彼らはその2人の前に立つと覗き込んで見比べました。
「ほんとだ瑛子は谷間もしっかり・・あっ・・呼び捨てにしちゃいました すいません アハハハッ」
「いやいいんですよ。尾谷さん」
「それじゃ私も呼び捨てで構いませんか?」
「もちろんです」
何故自分は動けないのか?瑛子さんはそんな会話を悔しい思いで聞いていたことでしょう。
夫以外の男に呼び捨てにされたことに唇をかみ締めたのです。
「でも見てくださいよ。玲奈の方も意外と・・」
瑛子さんが呼び捨てにされれば、妻も同等と言わんばかりに「玲奈ちゃん」に変わったばかりの呼び方が「玲奈」に変わりました。
「玲奈のオッパイやわらかそうですね フフッ」
しばらくの間妻達の胸元を見比べる鑑賞会は続いたのです。

「ごめんなさい・・・」
それ以上何もされることのなかった妻と瑛子さんは、ポツンと1人残された私の方へと戻ってきました。
妻は目に涙を浮かべ、何も出来なかった自分を責めるように私に謝ってくるのです。
(何謝ってるんだ・・謝らなきゃいけないのは俺の方なのに・・)
もしあれ以上のことをされていたら、残っている妻達の理性によって拒絶されていたことでしょう。
しかし、あれで止めることで何も出来ずに夫の目の前でシャツの首元を引っ張られ、胸元を覗かれたことの罪悪感を妻達に植えつけることになったのです。
「ごめんなさい・・ホントにごめんなさい・・・」
謝り続ける妻と夫にさえ裏切られた感情を抱いて呆然とただ座っている瑛子さんは涙さえ出ないようでした。



悪夢 その44
ハジ 3/3(土) 14:12:04 No.20070303141204 削除
「警察へはやはり……」
協議の結果、私たちは思いとどまりました。
もともと警察への通報は私の方が積極的に賛成していました。しかし、いざとなると二の足を踏んでしまいます。
ひとつには、そこに息子・浩志の存在がありました。彼が今回の妻への強姦事件に関与している疑いがあるのです。
まだ、はっきりとしたことはわかっていませんが、それがあきらかになったとき、私たちは被害者から一気に加害側の関係者へとたちまち役どころを変えるでしょう。つまり私と秋穂はより一層辛い立場へと追い込まれることも覚悟しておかなければなりません。
また、そういった世間体とは別に我々が怖れていることがあります。それは警察への通報が自らの手で我が子を断罪することになってしまうことです。こんな残酷な仕打ちが他にあるでしょうか。
それらのリスクを冒してもなお、私たちは正義を行うべきなのか。最終的に話はいつもそこへ行き着いてしまうのです。
妻の秋穂はそれはできない、と言いました。義理とはいえ、母である彼女の心情は当然と言えるものでしょう。
かくいう私も当初は怒りで自分を見失っていましたが、時間が経つにつれ冷静に考えざるを得なくなってきました。嫌なことは後回しにという気分が全くないわけではありませんが、事実関係をしっかり把握した上で対応すべきだと今更ながらに気づかされました。まずは息子の口から、どの程度この事件に関わっているのか直接聞くつもりです。
そんな気持ちの私をさらにある人物の言葉が後押しします。
物悲しげな横顔を持つ彼は、息子は自分のところにいると私に告げました。
秋穂はレイプ犯四人が息子・浩志との確執から彼に危害を加えるのではと危惧しています。親心からすれば、例えそれによって、こちらに不都合が生じても警察へ保護を頼むことは仕方ないのかもしれません。
しかし彼女自身から聞いた柴崎と彼らとの力関係を考えれば、さほど危険はないのではないでしょうか。私はつい期待も手伝って、そう考えてしまいます。また、あの少年ならばきっと身を挺して息子を守ってくれるにちがいありません。
そのことを全て説明するわけにはいきませんので、私はある程度情報をぼかすことにしました。
「実はついさっき浩志から連絡があったんだ」
私の意表をついた一報に秋穂は気色ばみました。テーブル越しに向かい合う彼女の瞳が次の言葉を急かします。
「あ、いや。明日には必ず戻るから、これ以上探さないで欲しいと言っていた。――それから、しきりに君のことを詫びていたよ」
私の目はおそらく泳いでいたにちがいありません。しかも急ごしらえの嘘をつけ加えたため、肝心なところが抜けていました。
妻はまだ報告のつづきがあると思ったのか、しばらく待ってから口を開きました。
「それで、今どこにいるんですか?」
妻は抑えた声で、報告の不備を指摘しました。そこには嘘や誤魔化しが介在する余地のない厳しい目がありました。
「ああ、はっきりと居場所は聞かなかったのだが、一番信用のできる友達のところにいると――」
私はしどろもどろになりながらも、なんとか取り繕いました。
秋穂はそれ以上は聞かず、うなづいていました。全てではないにしろ、だいたいのところは察したという感じでした。
用は済んだとばかりに席を立とうとした妻を、今度は私が呼び止めました。
「勘違いしないでほしい」
私の言葉に彼女は仕方なしに座り直します。
「浩志のしたことはある意味自業自得だ。はっきりと非はあいつにある。しかし、息子を庇うことと君の気持ちとは別問題だ」
妻はこれから先の話に気乗りしないのか、表情に精彩がありません。それでも構わず、私はつづけました。
「君は十分怖い目に遭っている。悔しい気持ちもあるだろう。それが許せないのなら、警察へ行くべきだ」
私はあの事件以来、これ以上ないほど誠実に彼女に向き合っているつもりです。私の気持ちが必ず彼女の心に届くと信じて。
しかし、あいかわらず手ごたえは感じません。妻は黙ったままです。
私が諦めかけたころ、ようやく彼女は口を開きました。
「私のことは放っておいて下さい」
台詞ほど、きつい感じではなかったのですが、私は驚きました。
「おい、何を言っているんだ」
「あなたは浩志くんのことだけを考えて下さい。今は他の余計なことは気になさらないで下さい」
秋穂が感情を込めずにしゃべった一言が冷え冷えと私に突き刺さります。
「私のことを気遣っていただく必要はありません。これは私の問題です」
私は最初下手な同情に彼女が反発したのだと思っていました。慰めもやり方を誤れば、相手は却って苛立つものです。
だが話を聞いていると、どうもそうではないようです。
「――私にそんな資格はありません」
彼女の声は少し震えていました。
「どういうことだ?資格?何を言っている……」
私には彼女が何を言っているのか、理解できません。妻はいつも理路整然と話すタイプだったはずです。
「私が浩志くんを追いつめたのです」
「秋穂、落ち着きなさい」
私は妻の気を静めるために、立ち上がりました。テーブルをまわって側へ寄ろうとしますが、私には目もくれず、彼女はひたすら独白することに没頭しています。
「これは天罰かもしれません」
彼女が口を滑らせた一言が私をその場に縫いつけました。
不吉かつ、こんな不可解の言動をとる彼女をみたことがありません。妻の様子をうかがおうと顔を覗き込むと、彼女の目はこれ以上ないというほどに鋭く細められています。
「天罰?」
私が発した言葉に妻はハッとした様子で顔を上げました。そして、私を一瞥すると、ばつが悪そうに目をそむけます。
「天罰だと?一体なんのことだ?」
口籠る妻を私は問い詰めます。
私には妻が「自分は罰せられても仕方がないことをした」そう告白したように聞こえたのです。
「レイプされたのが、罰だと言うのか」
私にはこれが傷を受けた者の自虐行為であるとは思えませんでした。被害者の中にはこういう症状に苦しめられる例があるとは聞いています。
しかし、妻にはこれは当てはまらないと私には確信めいたものがありました。聞き流すことなどできません。
「何故なにも言ってくれない?どんな罪を犯したというのだ」
妻は答えません。
私はこれまでの不満を押さえきれず、ぶちまけました。
「何故いつも、ひとりで抱え込む?どうして相談してくれないのだ。私はそんなに信頼できない男なのか」
秋穂は口を結んだまま、何も答えません。しかし顔がどんどん青ざめていきます。
「なんで答えられないんだ。天罰――罰とはなんなのだ」
堪えきれなくなったのか、彼女はぼそりとつぶやきました。
「あなたと結婚したことです」
私はあまりのことに絶句しました。これほどひどい言葉を投げつけられるとは思っていなかったのです。
「どうしたんだ?何故そんなことを急に言い出すんだ」
「…………」
「それほど、僕のことを嫌っているのか」
妻の顔がはじめて辛そうに歪みました。
「あなたのせいではありません。私があなたの妻にはふさわしくないだけで――」
「誤魔化すな。結婚したことを後悔していると今言ったじゃないか」
「違います。ただ前の奥さまは決してこういうカタチを望んではいなかった……」
思いがけない名前を出されて、私はたじろぎました。
「前の――香苗がなんだというのだ」
生前の前妻の姿が目に浮かびました。こうして彼女のことを思い出すことは、ここ最近なかったことです。
前妻の香苗と秋穂は年の離れた親友でした。香苗が今際の際に、浩志のことを秋穂に託したのです。
むしろ結婚は秋穂の方から、言い出したはずでした。
「今更、そんなことを言われても」
「すみません。今日の私はどうかしています」
ウソだ―――
涙ぐむ彼女をみて、私の勘がそう告げます。
彼女は嘘を言っている。途中から錯乱した様子を装いましたが、本当に知られたくないことは最後まで隠し通した――私はそのことを確信しました。
妻が珍しく感情を露わにした言葉――天罰。そこには確かに真実の響きがありました。
秋穂はなにか他人に言えない秘密を抱えています。それも自らが押しつぶされそうになるほどの。
私はあの事故から妻に対して感じてきた違和感の正体に気づきつつありました。
あのことで受けた傷を、彼女は気丈にも耐えて他人にみせないようにしている。私はずっと、そう信じていました。
しかし、それさえも霞むもっと大きな影が彼女を覆っているとしたら――普段から罪の意識に苛まれている彼女にとって、今回の件は却って受け入れ易かったのかもしれません。彼女の信じる報いを受けることで、ようやく心の均衡を保っている――そう考えるのはいささか早計に過ぎるでしょうか。
私が彼女の中にみた深淵。
潔いまでの諦観と悲壮な覚悟――漠然とした不安が急速に現実とリンクしはじめました。





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記憶 7
牙 3/1(木) 22:27:46 No.20070301222746 削除

 翌日の昼、私は美佐子さんの家を出て、近所の川に向かった。
 子供の頃から、この川にはよく来ていた。都会のそれのように味気ない舗装がされていない、本物の川だ。
 川の流れを見ながら、私はぼんやり考え事をした。

 美佐子さんのこと。

 そしてあの男のこと。

 考えてどうなるものでもないし、たとえ美佐子さんがあの男と男女の仲になっていたところで、自分はどうしようもない。そもそもどうにかする立場でもない。
 頭では分かっていたが、波立つ心は静めようがなかった。
 美佐子さんと男がキスをしていたあの朝の光景が浮かんでくると、もういけない。心は鷲掴みにされたようで、胸の動悸が苦しいほど感じられるのだ。
 それにしても、と私は考える。
 二年会わないうちに自分の中での印象が固定化されていたのかもしれないが、以前の美佐子さんはそれこそ話す声もか細く途切れがちなほど、本当におとなしい女性だったように思う。小動物のような、という表現がぴったり似合うひとだった。
 しかし、今の美佐子さんは以前と変わっていないようで、やはりどこか違っているように見える。雰囲気が明るいのだ。若い頃から半隠居のような生活を続けていた彼女が、いまようやく日の当たる場所へ一歩踏み出しているかのような、そんな溌剌としたものを感じるのだ。
 それは彼女が恋をしているからなのだろうか。彼女の明るさは、あの男がもたらしたものなのだろうか。
 私には分からなかった。
 河原の砂を一掴み握り締め、川の中へ投げ込んだ後で、私はまた歩き出した。

 蝉の鳴き声の嵐をくぐりぬけながら、私はアスファルトの山道を歩いていた
 場所は公民館裏手の山だ。山といっても、たいした高さではない。
 子供の頃、ここには何回か来たことがある。虫取りに来たのだ。
 そういえば、そのとき、人がいなくなって廃墟と化した山小屋を見たような気がする。
 あの男、画家をやっているらしいあの男は、その中の一軒に住み着いているのだろうか。
 しばらく歩いた頃、道の右手に小さな小川が見え、その横手に記憶にあった山小屋が見えた。
 私は斜面の道を下り、その山小屋へ近づいた。
 近くで見ると、小屋は綺麗になっていて、その裏手には新しくもう一つの小屋が建てられていた。明らかに人の住んでいる気配がある。あの男が住んでいるのは、ここに間違いない。
 私はまず、恐る恐る、もとからある小屋の窓を覗き込んだ。この小屋は男の居住空間のようだ。意外に様々な家具が置いてあり、水道もちゃんとある。人の姿はなかった。
 私はもう一つの小屋に近づいた。少し離れて開いた窓から覗き込むと、そこはアトリエのようだった。こちらも人の姿はない。
 大小さまざまな絵が、あるいはキャンバスに立てかけられ、あるいは乱暴に床に放り出されている。床や戸棚には、絵を描く道具らしいカッターや筆やその他色々なものが、ぐちゃぐちゃと置かれている。部屋の隅には、仮眠用のベッドらしきものが置かれていた。
 私は辺りをうかがいながら、ようやく窓に近づいた。油絵の具の匂いが、室内の熱気と相まって息苦しく感じられる。
 そうして部屋を見回すうちに、私はようやくあることに気づき、息を呑んだ。
 窓の正面に立っている一番大きなキャンパスの絵。その絵に描かれている、女性の姿に見覚えがあったのだ。

 その女性は小屋のベッドらしい床の上に裸で寝そべっていた。その素肌には白いシーツが妖しく絡み付いていて、申し訳ばかりに露わな裸身を隠していた。女性は右手をむきだしの胸の下に、左手を髪のほうにやったポーズで、恥らうような媚びるような目で笑っていた。

 白く豊かな胸。
 ぽつんと尖った赤い乳首。
 滑らかに輝く腹。
 肉付きの良い太腿。
 優雅な曲線を描く尻。
 シーツで扇情的に隠された股間。
 形の良いきゅっとした唇。

 そして、意味深な微笑―――。

 ぞっとするほどリアルで、淫蕩な雰囲気のある絵だった。

「美佐子さん・・・・」

 私は思わず呟いていた。
 そうだった。その絵に描かれ、裸身を晒している女は、美佐子さんに違いなかった。
 

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